「とりあえず、立花仙蔵とは恋仲になりました」
「うん。よくやった」
夜中の密会。
学園の外の雑木林、大樹の枝の上。
私達は二人で同じ枝に乗っていた。
いつもならば雑渡さんが距離を取って他の枝に移るのに、何故か今日はすぐ隣にいて私の手を握り締めている。
指と指を絡ませて、その指で私の肌を撫でた。
夜は冷え込む。
私の吐息は白い靄に変わった。
風はない。
「これから逢瀬を重ねて、学園の情報を聞き出します」
「うん」
「ただ、もう情報を吸いとれないと判断したとき、あるいは肉体関係を迫られた場合には臨機応変に対応します」
「あまり殺さないでね」
「…本当に忍たまには甘いですね。わかりました。なるべく生徒は殺害しないように心掛けます」
「うん」
「では情報を手に入れ次第、ご連絡します。それまでは沈黙しましょう」
「うん。そうだね。アラシが優秀で助かるよ」
「どうも」
先に立ったのは私だった。
寝ているとはいえ、あまり長時間、留三郎達のいる部屋を空けたくないからだったが、どうしてか雑渡さんが手を離してくれない。
仕方なく、もう一度座った。
「もう立花くんとは触れ合った?」
「…まあ、多少は」
「そうか」
口惜しいなあ。
そう言いながら雑渡さんは、結んでいない私の髪を撫でた。
「案じないでください。私と立花の間に恋慕はありません」
「わかってるけど、それでもアラシに触れられるのは悔しい」
「…雑渡さんのそれって、どういう意味で仰ってるんですか?」
「伝わってなかった? わかるまで、今ここで伝えようか?」
「いえ、いいです。雑渡さんは嘘が上手いですから。では――」
そうして再び立ち上がろうとしたのを、また阻止された。
今度は掴まれていたままの髪の毛をぐんっと引かれたのだ。
気が付けば、雑渡さんの妖しい右目が月明かりを反射して、至近距離に浮かんでいる。
にやにやと笑うあの目ではなく、力を込めた真剣さが孕んでいた。
「嘘じゃないよ」
雑渡さんは静かに、でも力強くそう言った。
包帯と頭巾のせいでくぐもっているけれど、その声は嘘には聞こえなかった。
「わかりました、信じます」
それ以外に言葉が見付からなかったし、それ以外の言葉を許さない迫力が、雑渡さんの目と声にはあった。
しばらく見つめ合ったあとで満足したのか、ぱっと解放される。
「生徒に愛着、持たないようにね。ボロが出るよ」
「肝に命じます」
今度こそ、私は長屋へと戻った。
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