落忍 | ナノ


それにしても、男と男が恋仲になるというのはどうすればいいのだろうか。
しかも忍術学園という閉鎖された空間で、肉体関係もなく、誰にも悟られないように。
無理じゃないか?
そもそも恋というのは人間の性欲を満たすための錯覚であって、情事がなければ不満が噴出するだろう。
しかも仙蔵にどう伝えればいい?
私も男でも仙蔵ならば構わない。とでも言えばいいのだろうか。

いつ?
どこで?

こういうとき色恋の術に関してはもっと学んでおくべきだったと後悔する。
忍術学園に潜入すると決まってからは、戦闘訓練しかしなかった。まさか男が男を好きになるとは思わなかったのだ。考えが浅はかだった。

思考に馳せながらも、とりあえず自室で課題だった書き物を終わらせて筆を置く。


「ふんっ!」


と、はかったようなタイミングで妙な掛け声と共に後ろから抱き締められた。

おかしい。
気配では伊作と留三郎しかいない筈だったのに。

首だけで振り返れば、なんだ、拍子抜けした。
留三郎が私の胴体に抱きついているのだ。


「……留三郎…何やってるんだ?」
「やはりな。お前――」


バレたか?
緊張が走る。ごくり、と生唾を飲んだ。


「細すぎる!!」
「…なんだって?」
「鍛えないと駄目だ! 細すぎるぞ!」


そうだ。
そういえばこいつはこういう奴だった。


「今から走りに行くぞ!」
「もうすぐ夕食の時間になるぞ」
「だからそれまで全力で走ればいい! 腹が減って飯もいっぱい食える!」
「遠慮する」
「課題は終わったんだろ? さあ行くぞ!」
「嫌だ。おい、ちょ、待っ! 伊作、助けてくれ!」
「いってらっしゃいー」


呑気な伊作にあっさりと見送られて、私は学園内を走らされる羽目になった。何周も何周も。
しかも彼は体力バカなのかスピードも衰えないどころか速くなる一方だ。

山道まで行って雑渡さんとの会合があった身からすると、なかなか疲れている。


「留三郎、もういいよ」
「何をバテている! 引っ張ってやるから、最後まで走るんだ!」


そう言って私の手を取った留三郎の掌も汗でぬらついていた。
なるほど、顔に出ないだけで留三郎も何だかんだで鍛練になっているらしい。
けれど、いつもの留三郎ならばこれくらいは余裕であるはずなのに。
そう思って観察してみると、ふとひとつの可能性に行き着いた。


「留三郎、まさか走るの二回目なのか?」
「そうだ」
「私のために、わざわざ二回目?」
「そうだ!」
「何で?」
「アラシが実技が苦手なのは筋力が足らないからだ!」


わざと下手を演じているとは知らない人間から見れば、私は劣等生だ。実技に関しては、だが。
しかしそれを留三郎が気に掛ける意味はないようにも思える。


「だからって留三郎がこんなことしてくれなくていいのに」


言えば、留三郎は相変わらずの台詞を吐いた。
同室じゃないか、と。
私が故意に歩こうとすれば、留三郎の手はさせまいと握る力を強める。牽引する自分が辛くなるくせに、怠惰な私を鼓舞しながら、ずっと前を走り続けた。

あともう少しだ。
ほら、門が見える。あれで一周が終わるぞ。
ラストスパートだ。

そう言いながらゴールを指を差して、きらめく眼差しを私に向けてくる彼は眩しすぎた。
夕暮れの橙色に汗が光って、輝いていた。


「よし!」


ゴールに着いた瞬間、私が倒れ込むとでも思ったのか留三郎は私を抱き止めた。
私の足が宙にぷらぷらと浮くほどには抱き上げられて、子供にそうするようにくるりと一回転して地面に降ろされる。
留三郎の行動は予測が出来ない。
対処も出来なくて、私は文字通りされるがままになっていた。


「よく走りきったな!」


走るのをやめ、歩きながら呼吸を整えていると留三郎がまるで自分のことのように私を褒めた。
彼はいつも笑っている。不思議で堪らない。
思わず首を傾げてしまった。
同室だからといって、そこまで尽力して楽しそうに笑える留三郎が理解の範疇を超えていた。


「先に風呂に行くか?」
「いや、もう少し歩いていくよ」
「そうか。明日から毎朝走るからな!」
「え」
「大丈夫、付き合ってやるから!」


ばんばんと私の背中を叩いて風呂へと走っていく留三郎を見送りながら、頭を抱える。
ありがた迷惑とはこのことである。

掌を見つめた。

握られていた右手に、引かれていた心地よい力がまだ残っているような気がした。

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