心とは裏腹に 11
俺は全てを話終えて一度深呼吸をした。
「カガリがどこまでジュール先生との話を聞いていたか分からないけれど。
俺がこの学校に来たのはカガリに会うためだよ」
蹲ったままだったカガリが驚いて顔をあげた。
「信じられない?
まぁ、半分本当で半分嘘。
後、2年しか生きられないと知って、思ったことは何年前も昔の瓦礫ばかりの場所で出会った女の子にもう一回会いたいということだった。
だからこの学校に入学した。
一度カガリの元を離れてしまった俺だから、
前みたいに仲良くなれないっていうのは分かってた。
あんなに癇癪起こしてどの口が言うんだっていう感じだけどな。
だから同じクラスになったときは嬉しかった」
カガリの柔らかい髪の毛を撫でながら、
俺を口を開けた。
「カガリと再会したときに最初にアスハさんと呼んだのは、
単純にカガリが俺のことを覚えている確証がなかったから。
もうひとつは怖かったから」
カガリがじっと俺を見つめる。
大好きな琥珀の瞳。
義父の養子になったのは感染症を治したかったからだ。
カガリとした約束を果たすために。
もう彼女自身覚えているかどうかさえ分からなかった子供のおままごとみたいな約束。
けれどその約束が俺にとっては生きようと思える力になった。
けれど殆ど助かる見込みがないと知ったとき、
約束が果たせないと知ったとき欲が出た。
もう一度彼女に会いたい。
あの泣き虫だった女の子は今も泣き虫なままなのだろうか?
それとも元気に笑っているだろうか?
もう俺がいなくても大丈夫だろうか?
遠くで見られるだけでよかった。
けれどカガリと同じクラスになった。
やっぱりカガリは俺のことを覚えていなかったけれど、それでもよかった。
また仲良く出来るだろうかそんな欲もカガリの拒絶で否定されて、
凄くショックで。
けれどそれもしょうがないと思った。
「怖かった。
また置いていくことになるって分かっていたから。
距離を置こうと思っていた」
そう、どうせ持って数年の命だ。
今更仲良くなったところで、またカガリを泣かせてしまう。
もう俺のことなんて覚えていないカガリをもう一度泣かせてしまいたくなかった。
「けれど、俺は欲張りだから。
置いていくって分かっていても、カガリが好きだっていう言葉が嬉しくて、
止められなかった」
「アスラン・・・?」
「カガリ、もう一度俺は君を置いていく。
今度はもう二度と会えない。
それでも、俺の残された時間は全てカガリにあげるから、
ずっと俺と一緒にいて欲しい。
・・・・・・・いて、くれませんか」
カガリの冷たくなった手をぎゅっと握った。
忘れられていることはショックだった。
けれど、忘れられているこにどこかほっとした。
もうカガリを泣かさなく済むと思った。
カガリの拒絶はショックだった、つらくて、悲しくて、痛かった。
あのとき屋上で吐き出した思いは本音だった。
新しい関係を作りたいと心の奥底で願ってしまったこと。
そしてカガリはそれを受け入れてくれた。
それが堪らなく嬉しかった。
自分を蝕む感染症のことなんて忘れていた。
ただカガリに手を伸ばしていた。
「・・・・・・・・・だ」
カガリがピクリの震えた。
「嫌だ」
泣き腫らして真っ赤になったカガリの顔はボロボロで、
それでも留まることを知らない涙は再び溢れだす。
「いやだっ,・・・いやっ・・!!
残された時間だけなんて、嫌だ。
ずっと、ずっと一緒にいるんだ!!
じゃないと、許さない・・・」
「カガリ・・・」
聞き分けのない子供を窘めるように、
カガリの頭を撫でてやる。
カガリは俺の胸に顔を埋めて震えながら泣いていた。
最初から分かっていた筈なのに、
俺がもう一度会いたいなんて思ってしまったから、
仲良くなりたいと思ってしまった。
また笑えたらいいと思ってしまった。
好きだと自覚してしまった。
一緒にいたいと思ってしまった。
カガリを泣かせたことにズキズキと胸は痛む。
「約束、・・結婚するんだろう・・?
後2年じゃ私たち結婚できないよ・・?
結婚するんだろ?」
「そうだな」
あまりのもカガリが現実味を帯びた話をするから、
なんとなく今にそぐわない様な気がして笑ってしまった。
約束を忘れたことなんてない。
けれど、それはいつからか夢でしかなくて。
そんな結婚という形式的なものよりも一緒にいればいいという願望に置き換わってしまっていた。
「後、3年生きなきゃ少なくとも俺は結婚できないな「治療を受けて」
「・・・・え」
呼吸が止まった。
笑みを浮かべていた自分の表情が一瞬について、凍りついた。
涙を止めて真っ直ぐな目で自分を見ているカガリと目があった。
「お願い」
俺の恋人は何て残酷なんだろう。
「話聞いてたか?
治療したとしても助かる見込みなんてないんだぞ?」
2年という短い時間でも一緒にいたいという思いをなぜカガリは分かってくれないのだろう。
治療を初めて2%の可能性に賭けて見るのもいいのかもしれない、
けれど、それはほとんど勝率のないあまりのも無謀な賭けだ。
2年の月日が零になってしまうのだ。
それが怖い。
「それでも私はアスランとずっと一緒にいたい。
ずっとずっと、2年でも5年でも10年でも、何年でもずっと一緒にいたい」
カガリは治療が失敗する可能性を語らない。
2%しかない成功する確率しか語らない。
本当になんて残酷なんだ。
そして、
「それで、本当に希望が沸くから俺もどうしようもないな」
あんなに怖かったのに。
先伸ばしにした死は現実感がなくて怖くなかった。
けれども今が無になる零が怖くて、立ち竦んだ。
誰にも知られることがなく死ぬのは怖かった。
死ぬ前に誰かに自分を知って欲しかった。
それは自分のエゴだった。
誰かに自分を残したかった。
今腕の中にいる置いていかれる人のことなんてひとつも考えていない、
俺の一方的なエゴ。
選んでもいいのだろうか。
それは爆発するビルから飛び降りるほどの賭けだ。
それでも。
「一緒に戦ってくれる・・?か」
「うん!!うん!!」
一緒に戦ってくれる愛しい人がいるならそんな無謀な賭けにも勝てそうな気がしてきた。
カガリはぎゅーっと俺に抱き着いてきて、
近くに聞こえる心音に安心して俺は目を閉じた。
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