3話



翌日。特にする事がない僕は本を片手に、またあの桜の木へ向かうことにした。
「……そういえば、澪音居るかな?」
また、会う約束もせずに昨日は、あの神社のところで別れてしまった。どうせまた会うだろうと言うことで、僕は口に出さなかった。……恥ずかしかったってのが主かも知れないが。てか、もうなんもためらいなく、澪音って呼んだことに対して多少自分に驚く。女の子を名前で呼ぶなんて、幼なじみを含めて二人目だ。こんな簡単に呼んでもいいのだろうか。しかし、あっちが名前で呼べって言ったし、呼ばないと無視されるし。
「……ま、いっか」
考えるのを止めて、早足で桜の場所へ向かった。





結果から言うと、澪音にはまた会うことが出来た。正確には、僕が木の幹に体を預けて、本を読んでいたら昨日と同じように松葉杖をつきながら来た。
「悠って読書が好きなの?」
挨拶も無しに開口一番にそう言ってくる。
「うん。なんせ暇だからね」
「悠って友達いないの?」
「……いるよ、一応ね。それに幼なじみもいる」
いきなりイタいところをついてくる。
僕だって友達ぐらいいる。確かに少ないし遊ぶような仲じゃないけどさ。
「ふーん。てか、さっきから何読んでるの?」
いきなり、体を寄せてきて今読んでいる本を覗き込んでくる。
うぅ……澪音が近づいてきたことによって女の子特有の匂いがして体が硬直してしまう。今までの人生でこういう経験がないから緊張してしまうのだ。
「え〜と……何これ?」
「料理の本……ってかお菓子の本かな」
「お菓子作れんの?!」
「うん。てかそれが趣味だしね」
「へー」
それ以降、僕は本を読み澪音は僕のすぐ隣に座って寝ていた。
……何ですぐ隣に座るんだろう……?

そんな疑問を持ちながらも、僕は黙って本を読んでいた。当然の如く、澪音も黙っていた。





それから20分ぐらい経っただろうか。いきなり、僕の肩に重みがかかった。
「……澪音……?」
首だけを動かして横を見ると、僕の肩に澪音の頭があった。
「って、えぇ……!?ちょ、ちょっと澪音!?」
「……ん、うぅん」
肩を揺らして起こそうとするが、あることに気付く。なんか、少しだけど体が熱い気がする。そして、澪音は寝ているわけではなかった。荒い息をして、苦しそうな表情を浮かべていた。
まさか、と思いおでこに手を当てると案の定、熱があった。
「み、澪音!大丈夫なの?!」
「……大声出さないで。頭に響く、から」
「あ……ごめん。……大丈夫なの?」
「……大丈夫、だよ」
そう言う、澪音の顔は熱があるせいか赤くなっていて、苦しそうにしているが、確かに小さく笑っていた。
……何でこういうときに笑っていられるんだ、この娘は。
本当は辛いはずなのに、笑っている。
本当は大丈夫じゃないくせに笑って誤魔化してる。
「――大丈夫じゃないよ」
「え……?」
「大丈夫じゃないよ。だって……澪音の顔は辛そうだし、熱だってある。これのどこが大丈夫なのさ」
「……」
僕は澪音の前に立って澪音の手を取る。そのまま、勢いをつけて、二人一緒に立ち上がる。その時、澪音はふらついたけどそこはしっかりと支える。そして、傍に倒れていた、松葉杖を渡す。
「澪音が入院してる病院って青葉病院だっけ?」
「え、あぁうん」
「じゃ、そこに行こっか」
一緒に僕等は歩きだす。しかし、澪音の足取りはふらついていて、上手く歩けていなかった。
絶対にこのまま、行ったら危険な気がする。途中で絶対に転んだりしそうだ。


「……やっぱ、こうしなきゃいけないのか」
「重いって言ったら承知しないからね」
結果から言うと、僕は澪音を背負うことになった。
先程、澪音は重いって言ったら承知しないと言ったが、こう言うと不謹慎だが、事故に遭って入院生活が長い澪音は重いはずがなかった。逆に軽すぎるのでは、と思うぐらいに。
「全然重くないよ――って痛い痛い!どうしてつねるのさ!」
「なんかノリで」
「理不尽すぎる!」
「あんま、大きな声出さないで。頭に響く」
「あ、ごめん……って、こうなったの澪音のせいでしょ……」
反射的に謝ってしまったが、こうなった原因の一番は澪音だと思うんだ。なんかこっちも理不尽すぎる。
「あはは、なんのことかなー」
「うわっ、わざとらしい」

こうして少し騒がしいものの、僕たちはゆっくりだが、少しずつ病院へ向かっていた。
その間、澪音は終始笑顔だった。その事がとても不思議に思う。どうして、自分が辛いはずなのに笑っていられるんだろう。僕だったら、無言を貫いてるはず。それなのに、彼女は笑っている。
「……強いんだね、澪音って」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでもないよ……てか、大丈夫?」
「……うん、まだ平気、だと思う」
「そっか……じゃあ、ちょっと速く歩こうか」
「……ん、わかった」



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