9話



澪音の病室から帰り始めたとき、いつもの看護士さんと出会った。

「また澪音のところか?」
「はい。帰りですけどね」

そう言うと、看護士さんは男らしく笑う。本当にこの人は僕より男らしい。

「んで、最近お前から見た澪音はどうだ?」

そういえば、看護士さんから澪音のことで協力を頼まれてたんだっけ。

「……澪音は思い出すことを決意したようです」

少し悩んだ後、素直にさっき澪音に言われたことを伝える。

「……そうか。お前が何かしたのか?」
「いいえ。前日に澪音はどうしたい?って聞いただけです」
「また直球だな」
「それは……」
「でも、まぁあたしは嫌いじゃないよ。そういう真っ直ぐなところ」

近くの椅子に座り、僕もその隣にあった椅子に促される。それに素直に従って僕も椅子に座る。

それにしても、この看護士さんこんなことしててもいいのだろうか?仕事はいいのか。

「んで、お前さんはどうするんだ?」
「どう、とは?」
「だから、澪音に協力するのしないのかどうなんだ?」
「……そりゃあ、澪音に協力しますよ」
「何故少年はそこまで澪音に協力する?お前さんはまだ、澪音に会って1週間も経ってないだろう」
「そうですけど……」

僕が澪音のことが好きだから、なんて言ったら絶対に笑われるから言えない。

「放っておけなくなったんです。確かに澪音に会ってから時間は経っていないですけど、出会ってからには無視することなんて出来ません」
「ふーん……。やっぱ澪音が気に入る訳だ」
「ど、どういう意味ですか、それ」
「そのまんまの意味だよ。珍しいんだよ、澪音と普通に話してる奴なんて」

どういう意味だ?澪音と話してる人なんてたくさんいるだろう。現に、目の前の看護士さんだって澪音と普通に話してるではないか。

「あたしとお前さんの二人なんだよ。あいつを普通に扱う奴は」
「え?だって……両親とかがいるじゃないですか」
「両親は"今の"澪音を見ていない。見てるのは"三ヶ月前の"澪音だよ。だから、あたし達に記憶を戻すように言ってきた」

……それもそうか。自分の子が自分を覚えてないなんて辛すぎる。

だから、なんとしてでも記憶を戻して起きたい。もう一度、自分の子として触れ合いたい。


「……だから澪音は――」
「――かもしれない。けどあいつのことだ。何か他に理由があるかもしれない」
「理由?」
「人が何か行動するには絶対に理由がある。おかしいだろ、いきなり記憶を戻したいって言うのは。今まであたしが『どうしたい?』って聞いてもこのままがいいと言ってきたんだぞ」

そういえば、最初はこのまま戻らなくてもいいとか言ってた。けど、それは嘘だった。

あの時の澪音の本音は『わからない』と言っていた。ならば、この一晩で何かが変わったのだろう。

けど、僕が今何を考えたって、いくら予想を立てたって、結局は分からないだろう。出会ってから、1週間という短さだが、分かったことがある。それは絶対に澪音は悲しまないこと。いや、悲しまないではなく悲しいことを隠そうとする。

「――理由が分からなくても、僕は澪音に協力しますよ」
「はっ。それじゃあ、まるで少年が澪音に惹かれてるみたいだな」
「案外そうかもしれませんね」

案外ではなく、実際に澪音のことが好きなんだけど。けれども、それは言わない。多分、知っているのは瑞希だけだろうな。知っているというか、分かっちゃうんだろうな。

「……否定はしないんだな」
「えぇ、まぁ」
「ホントに面白いな、お前さんは」

ま、頑張ってな。と看護士さんは言い残して、仕事に戻っていく。

僕はその後ろ姿が見えなくなってから、立ち上がる。




今更、どう悩んでも結局、やることは変わらないんだ。澪音が記憶を取り戻そうとしたきっかけを知ろうが知らないが僕は澪音のことが好きなんだ。だから無条件で僕は彼女に協力しよう。


「単純なんだな……僕って」







◇◆◇◆





翌日。

言われた通り桜の木の下へ向かう。この間――と言っても一昨日だが――『遅い』と言われたので、約束の時間より、早く行くことにした。


しかし、いつまで経っても澪音は来なかった。約束の時間から一時間経っても一向に来る気配がない。澪音の携帯電話に連絡しても出なかった。

――澪音に何かあったのか?

そんな思いが頭をよぎっても僕は桜の木の下から動けなかった。もしかしたら、すれ違いするかもしれないと思うと迂闊に動けなかったのだ。


だけど……丁度明日から学校が始まる。本当は今日、それを言いたかったのだ。でもそれは叶わないだろう。

「……ダメだな。僕って」

何もかもうまくいかない。神様なんていないだろうけど、いたとしたら、僕は神様に見放されているのだろう。そんな気がした。

しかし、神様のせいにしてもこの状況は変わらない。変わらないのがわかっているのに、僕は動けなかった。自分の好きな人に何かあったかもしれないのに。

「……結局僕は臆病なんだ」

何をするにも確実がなければ行動できない。それもわかってる。わかってるのに――。



時間だけが、変わらずに進む。

「……帰ろう」

これでもう会えないのだろうか?自分で会いに行けば、会えるだろうけど、もう何もかも終わっていたら?協力すると言っておきながら、何も出来ずに終わってしまうのだろうか。

そうすれば、僕の初恋も終わり……かな。よく、初恋は儚いものだと言うけれど本当にそんな気がする。


そう思いながら、一人で帰り始める。






そうして静寂な街が僕を包んだ。




〈アトガキ〉

後エピローグを含め3話です。
もうすぐ書きおわるので書きおわったら一気に載せていきたいです。


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