8話 僕が澪音のことを話した夜、部屋にはまだ瑞希がいた。 「ふーん、それで悠はその娘の力になってやりたいって訳ね」 「……うん」 恥ずかしいけども確かに頷く。ここまで話をしたんだ。いまさら隠したところで意味がない。 「で、私は何すればいい?」 「いや、何もしなくていいよ。僕一人でやる。瑞希に迷惑かけたくないし」 「……そう」 彼女は小さく呟くと、無表情の顔を向けてくる。 「な、なに?」 「悠はその娘のことが好きなんだろうね」 「…………へ?」 瑞希が言ったことに理解することものの五秒。 「いやいや、そんなことないよ!」 「嘘。だいたいわかるよ、悠のことなら」 「"好き"とかって訳じゃないよ。……多分」 「ほら、否定できない」 ……それはまぁ瑞希が言うから、頭ごなしに否定はできないとは言えない。 しかし、どうなんだろう? 僕は本当に澪音のことが好きなんだろうか。だからこそ、こんなにも助けたいと思うのだろうか。 「……わかんないよ、本当に」 「でしょうね」 「え?」 「だって悠が誰かを好きになったことなんてないじゃない」 確かに瑞希の言う通り、僕は誰かを好きになったことなんてない。だからこそ、今澪音の事を思う気持ちが"好き"なのかわからない。 わからないけども、助けたいと思う気持ちは確かだ。 「……本当に"好き"なのかわからないけど、頑張ってみる」 「そう。悠が決めたなら私は否定はしないわ。……何か協力してほしいときは言いなさいよ。私は悠の幼なじみなんだから」 「うん、ありがと」 ◇◆◇◆ 真っ暗な病室でわたしは電気も点けず、ベットの上で佇んでいた。 「わたしはどうしたいんだろう……」 今日、悠に言われた一言が頭の中で何度も蘇る。 このまま、思い出さないっていう選択をしたいという自分がいる。しかし、思い出したいという自分もいる。 その狭間で自分の心が揺れ動く。できれば、自分で選びたくないのが本音。誰かに決めてほしい。誰かに後押しをして欲しいのだ。 でもそんな人どこにいる?咲希さんか?それとも悠?でも、そんな誰かが選んだ選択にわたしは素直に納得するだろうか? 「わからないことだらけだね……」 自分一人で悩み、苦しむ。 だけど、誰かに相談したいとは思わない。だってそのせいで誰かを悲しくさせたくないから。 そんなものはただの自己満足だってわかっている。しかし、これだけは譲りたくないのだ。何故なら、もう二度と誰かの泣き顔は見たくないから。 あの日――わたしが事故から迎えた初めての朝――目の前で、泣いた母親。自分が誰か分からず、その人が母親とも気付かず、どうしていいかわからなかった。しかし、どうしてもその泣き顔に耐えられなかった。 だから、笑った。 相手にも笑ってほしいから。それから、わたしは常に笑い続けることを心掛けた。わたしのせいで誰かが悲しまないように。 「……もう寝よう。疲れた」 ベットに横たわり、布団を頭までかぶる。明日もしっかり笑えるようにと願いながら。 ◇◆◇◆ 今日もいつも通り、澪音の病室へ向かう。昨日あんなことを言ったから、少し気まずいけど向かわない訳にはいかない。 「……あれ?いない……?」 病室に入ると、いつもベットにいるはずの澪音がいない。 どこ行ったんだ。てか、勝手に出歩いていいのか。仕方ないから、いつものように備え付けの椅子に座りながら、澪音が帰ってくるのを待つ。 「まぁ……整理するには丁度いいかな」 昨日の昨日で、気まずさはやっぱり残っている。普通にここまで来たけど実際に直接会って何を話していいかわからなかった。 少しの間だけでも、しっかりと心の準備はしておきたい。 「しっかし、澪音は何やってるんだろ――ってうわっ!」 いきなり後ろから何か冷たいものを押し付けられた。あわてて振り向くと、缶ジュースを片手に持っている澪音がいた。やっぱりと言うか、普通に楽しそうに笑っている。 「何やってるんだよ……」 「あははー。面白いかなって、やってみた」 はい、これ。と言いながら、その缶ジュースを渡してくる。 「いいよ。自分用に買ったんじゃないの?」 「ちゃんと、わたしの分もあるから大丈夫よ」 「あ、そう。なら貰っておくよ」 「どうぞどうぞ」 そう言って缶ジュースを受け取る。すると、澪音は冷蔵庫へ向かい缶ジュースを取り出してきた。 二人でそれぞれの缶ジュースを開け、飲みはじめる。 「どこ行ってたの?」 「ちょっと、検査に行ってた。そういえば、昨日言うの忘れてたね」 「ふーん。大丈夫なの?」 「まぁ大丈夫でしょ。……そろそろ退院もできるし」 ……なんか普通に会話してるな。もう少し、たじろぐと思ってたけど意外なほど普通に接している。確かに気まずさは全部消えた訳ではないが、普通に会話できるぐらいならたいして気まずさはない……と思う。 「そうなんだ。よかったね」 「うん。……で、その事なんだけど……」 「どうかしたの?」 その時の澪音の顔はこの先忘れることが、できないだろう。精一杯、マイナスな感情を隠した笑顔を。 「――わたし、記憶を取り戻すことにした」 「……え?ほん、とうに……?」 「うん。昨日一晩考えたの」 終始、笑顔を絶やさない澪音。その笑顔は痛々しくて、それでもとても綺麗な笑顔。 その笑顔を見てはっきりとわかる。そして、納得した。 ――僕は澪音のことが好きなんだ。 だから、助けたいと思った。 だから、笑顔が見たいと思った。 だから、強がりの笑顔を見て胸が痛いんだ。 簡単なことだったのだ。全部。こうやっていつも、澪音のところに来ることも当たり前のように澪音と話していたいのも。なにもかも。 「――ははは」 思わず笑いが込み上げる。自分の気持ちに整理がつき、やっと自分のやるべきことが見つかった。 僕じゃ何が出来るか分からないけど出来る限りのことはしよう。 「……どうしたの?」 「……別になんでもないよ」 そう。澪音には言わずに行動したいから今は言わなくていい。 ずっと隠したままでもいい。第一に優先すべきは自分のことではなく、澪音なんだから。 「あ、そうだ。悠、明日はあの桜の下で会おうよ」 「外出て大丈夫なの?」 「うん。やっと外出許可出たから」 「それはよかったね。じゃ明日は桜の下だね」 |