「おい、お前、それ、何度目だ。」






手元にあったガードレールがミシリと音を立ててその形を歪める。
なんだかいつもよりガードレールを引っこ抜くのが容易い気がした。
気づいたら、すっぽりと。






「…待ってよシズちゃん。今更でしょ?こういう」

「今更ぁ…?だから、それが今更になるほど、お前はそれを繰り返してんだって…」






言葉を紡ぐのも面倒だと、頭は言う。
なんてったって溢れる怒りに手一杯なんだから。仕方ない。



じっとしているとどうしようもなくて、とにかくこの目の前の男をどうにかしようと思った。



ガードレールを奴めがけて思い切り振り下ろす。
それこそ今更、こんな攻撃にやられる気もさらさら無いんだろうさ
苦い顔をしてひらりとかわす。
私だって諦める気は毛ほども無い。連撃。
奴がその無駄に綺麗な顔に浮かべている焦りは、攻撃に対しての焦りではなさそうだった。
あくまでも冷静に、臨也は距離を取りガードレールから逃れる。
さあて、それも限界。後ろに迫る壁に気づかない程には、焦りは奴の頭を埋めてくれているのだろうか。
今度こそ逃がすかと、ガードレールを刺又の要領で壁に突きつける。
が、臨也の細い体躯はそれを物ともせずにするりと抜けた。
…しまった。こういうのは奴の十八番だったか。


全速力で駆け出した背中に舌打ちを一つ。






「待てこらまだ話は終わってねえぞ!」

「話も何も、先に手え出してきたのはシズちゃんでしょ!」






苦笑混じりに返される言葉だって、振り向いて困ったように歪められた顔だって
私の神経を逆撫でするには十分すぎる。
ああ、殴り飛ばさないと気が済まない。1発、いや、2発、いや10発いや
今日こそは殺してやる。絶対殺してやる。



追うのには邪魔だろうと、ガードレールを手放した。
足元でからからと空しい音を立てる。サングラスも落としそうだったので胸ポケットに収める。
服をくれた幽に心の中で「わりい」と手を合わせ、走りにくかったバーテン服のスカートのスリットを少し破って広げた。



止まる気はないのだろう。
ためらい無く駆けるその後姿をがっつり睨みつけて、全力で走った。
ハンデを付けてしまった。なんだかんだアイツに追いつけたことは一度もないってのに。
男女の脚力の差のせい、なんだろうか。
それを思えば女に生まれてきてしまったことには苛立が募った。



ああ、男だったら、男だったら!アイツに追いつけたかもしれないのに!



それでも私は男にだってまけない腕力が身についてしまっているのだが。
これも努力次第なのかなとか見当違いな事を思いつつ、自分の息が上がっていることに気づく。
私の視線の先でくるりと反転、臨也は涼し気な顔をして私の顔を一瞥。
ニヤリと笑った。



…腹が立つ!



体力でも勝てない、脚力だって、頭だって、なんだって。
あの優越感に浸った巫山戯た顔を何とかして苦痛に歪めたくて、
目の端にとまった、コンビニの店先に固定されているゴミ箱に咄嗟に手をかける。
走っていた勢いを左足で殺し、両手でゴミ箱を掴み、遠心力に任せて投げる。
ゴミ箱が手を離れてからはたと気づく。ああやばい、他の人に当たりませんように。
幸いアイツの周囲には人は居ないようだったが。



標的はといえば、スレスレでゴミ箱をかわしてしまった様だが、少しバランスを崩していた。
転ぶまでにはいかなかったものの、体勢を立て直すのに少しの時間を食う。
ロス。十分。好機とばかりに駆け出す。
奴は本当に往生際が悪い。また逃げる気だ。狭い路地へ姿を消す。
気が急いていた私は建物に手をかけ無理矢理方向転換。背中が見えた。
追い詰める。上がった息も忘れて突っ込んだ。ココで逃がすわけにはいかない。



が、唐突に奴の背中が止まる。

余りにも急な行動にどう対策を取ればいいか決めあぐねてしまって、ギリギリまで近づいたが身を屈めて私も動きを止めてしまう。
臨也はちらりと背後の私に目をやり、右手を私の顔の丁度横辺りの壁についた、途端
踏み切って跳び、私の視界から姿を消す。直後背後に衝撃。
バック転の要領で私の頭の上を一回転した勢いで蹴りを入れられたのだろう。
昔一度使われた手だ。
予想外だった衝撃に体勢を崩す、が、同じ手を使われて引っかかるのはめちゃくちゃ癪だ。
素直には倒れない。咄嗟に手を付く。奴の着地ざまに思いっきり足払いをかけた。
流石に避けられなかったのだろう。小さなうめき声と共に地面に倒れ伏す音が聞こえた。



一息。
優越感に自分の顔が歪むのを感じた。






「捕まえた」






先程から募りに募っていた怒りが頭の中で爆発して手元へ伝う。
胸ぐらを掴み上げようと左手を出した、瞬間、その手をがちりと拘束される。
まだ抵抗する気なのかと驚きに目を見開いた。時、


眼前に奴の顔が迫り、
唇に何かが触れる感触。
見開いた瞳をさらに驚きに歪めさせられる。
臨也の真っ黒な眼が微かに赤を孕む。そこに映る自分の無抵抗な顔が恨めしかった。



口内に舌を入れられそうになって、やっと我に返った。
奴の舌を噛み切る勢いで思い切り噛んだ。
痛みに顔を歪めて少しだけ顔を離す。
眉を顰めてぺろりと舌を出す。少しイラついたような声色。






「…これ地味に痛いんだからね。知ってた?」

「知らねえよ。舌噛まれるようなことやった覚え無いからな。」






憎まれ口を一つ。ああ、こうして顔を突き合わせているのがどうしようもなく不愉快だ。







「ねえシズちゃん。」

「………」

「シズちゃんがどんだけ俺を想ってるのかは分かったよ。」

「…は?」

「許して」

「生きてて一度だってお前を許そうと思ったことはない。だから、殴り殺させろ。」







腹部めがけて拳を放つ。左手で手首を掴まれた。
殺しきれなかった勢いで拳はぽすりと情けなく臨也の腹に当たる。







「思ったよりしおらしい拳じゃない」

「黙れ」

「ねえシズちゃん」

「煩い」

「愛してるよ」

「その口を閉じろ!」






聞いていられなくて声を荒げた。
次は思い切り顔を殴りつけようとした。
なんのことなしに避けられる。






「今度は本気だ。」






くつくつと笑う。イラつく。






「巫山戯た事言うのもいい加減にしろよ。」

「何言ってるの。全部心の底からの本気だよ。」






いつもだ。
コイツはいつもその綺麗な唇で嘘に塗れた言葉を吐く。
ああ、喉を潰してやりたい。






「そのとてつもなく不愉快な芝居口調をどうにかしろよ」

「芝居なんかしてないでしょ。全部本心だって言ってるのに」






真っ黒な瞳に真っ直ぐに射抜かれる。
この眼のせいで騙されそうになる。
眼を潰せばそんなこともなくなるのだろうか。






「…しず」

「黙れ」









ああ、ああ、もう、どうしようもなく、尽々











「目障りだ!」












この一言に限る。












喧嘩上等






(嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いだ。)





Title by 喧嘩上等/東京事変




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