森山中編 | ナノ

距離は縮まる

ミョウジはいつも森山を見ていた。
高1の春、初めての練習試合の日ミョウジは森山と一緒に先輩達の試合を見ていた。あまりにも二人の仲がいいから、森山の彼女なのかな、と思った。本人達にそのことを言うと森山は「そんなんじゃない」と笑っていた。ミョウジも「こんなやつが私の彼氏とか死んでも嫌だ」と笑いながらいっていた。
そのときのミョウジの顔を見て、ああ、この子は森山が好きんだと思った。
最初の印象はそんなのだ。


公式戦はどの試合にもいた。
IHはさすがに県外だから来ないと思っていたのに、普通に観客席にいた。
いつからミョウジを意識したかなんてもう分からない。
いつもいるミョウジを「ああ、今日も来てる」ってそうやって目で追ってて、森山の隣にいるのってきっとつらくて泣きたくて仕方ないはずなのににいつも隣で笑っていた。それを遠くから眺めて、ああ、愛しいなと思った。自分のことを見ない森山へのその思いをただひたすらに持ち続けている女の子が可愛かった。


この感情に気づいたとき、最初は戸惑った。
中学から好きな人がいる人を好きになるなんてありえないとも思った。でも、そんなの関係なしに本当にかわいくて、誰にでも同じように接していて、自分を飾らない、そんな素敵な女の子。
彼女が森山を見つめるように俺も彼女を見続けた。高校生活が終わったら馬鹿な片思いだったなって笑おうとそう決めていた。





廊下で泣いているミョウジを見たとき、ああ、このタイミングで見つけたのが俺でよかったとどれだけ思ったか。泣きそうな顔は何回も見てきたけど、本当に泣いているのは始めてみた。この子を泣かすことが出来るのは森山しかいないだろうから、森山と何かあったんだろうって思った。ずるいけど、すごくずるくてださいけど、本当に好きだから好きで好きで仕方がないから、だから俺は彼女に告白しようと決めた、この瞬間に。
だから、放課後付き合ってって言われたときはなんて好都合なんだとも思った。本当にずるい男だな。
マジバで聞いた話は俺の予想通りの話だった。森山に彼女ができたという話。それが本当かどうかは分からないけど、慰める気は毛頭なかった。どうして、こんなにいいチャンスをわざわざ自分から手放す必要があるんだろうか。そこからの展開は速かった。『かわいい』や『好き』という言葉を今まで言われたことがなかったんだろう。とてもかわいい反応だった。まあ、俺も誰にも言ったことはないんだけど。


そして昨日、ミョウジに告白の返事をもらった。
最初はなんでこのタイミングで言うのかな、大切な試合の前に振られたら俺立ち直れないのにって思った。でも、ちゃんといろいろ考えてくれていたみたいで、俺が少しでも頑張れるようにって。そういった心遣いも全部全部うれしかった。


晴れて恋人という関係になった。


抱きしめたり、手をつないだり、初日にここまでしたことはすごく申し訳ない気持ちがあった。だって、きっとまだ森山のことが好きだから。でも待っていられないって気持ちでそういうことをした。


玄関先でなんだかもの足りないなって、だからキスをしようと思った。でも、唇にはできなかった。最後にへたれてしまった。ちゃんと俺のことを好きになってもらったら。今度は頬じゃなくてしっかり唇にしようと思う。







昨日の幸せパワーを詰めて、今日は絶対に勝って、そして、IHに進もう。


支度を済ませて家を出ようとしたとき、携帯にメールが届いていた。






ミョウジナマエ





ドキッとした。名前を見るだけでドキっとするなんてこと今まではなかったんだけどな。ゆるんでしまった頬を正し、本文に目を通した。



『今日、絶対に勝ってきてよね。
 そしたら、帰りにご飯おごる。
 あと、明日の休みデート行こう。



 なんで昨日最後へたれたし。今日覚悟しろよ馬鹿』




ああ、もう、どれだけ振り回す気なんだ。
送られてきたメールをすぐに保護した。
ああ、かわいい。本当にかわいい。あんなに口が悪いくせにすぐに赤くなるところもかわいい。口が悪いというか少し男の子ぽいのかもしれない。だからこんな男前のメールがくるんだ。かわいいな。


今日絶対に勝たなきゃいけないな。

















いつものようにウォーミングアップを終わらせ、控え室で各々集中していた。今日の試合に向けてのメンバーの気持ちの入れ方は普段とは違う。


「おはようございます、小堀先輩」
「おはよう、黄瀬」


俺が今日の朝届いたメールを見ていると黄瀬が話しかけてきた。


「今日機嫌よさそうッスね」
「あれ?分かる?」
「顔にやついてるッスよ」
「今日勝ったら、明日ミョウジとデートなんだ」


そう言ったとき、レギュラー陣が俺のほうを向いた。まあ、そうだよな。みんなあいつが森山のことを好きなの知っているし。


「え!?今小堀先輩なんていいました!?」
「ん?今日勝ったらミョウジとデートなんだ」
「ど、どういうことッスか!?」
「ああ、ちょっと前にミョウジに告白して、それに昨日オッケーもらったから付き合いだしたんだ」
「え!?え!?」
「まあ、そんなことどうでもいいだろ?とりあえず集中しろよ」


「集中しろって先輩が爆弾落としたんじゃないんスか」とぶつぶつ何か言っているが俺は無視した。本当はこのタイミングで言ったら、森山のプレイに影響が出るんじゃないかなって思ったけど、ただの幼馴染なんだからそんなの気にしないよな。
視線の先にいる森山は普段と特に変わった様子もなかったが、俺たちが目を合わせることはなかった。









「今日でIHに進める高校が決まる。誰よりも練習してきた自信はある。でも、それはどの高校も一緒だ。あと一戦。これに勝てばIH。それぞれ思うところもあるだろう。だが、これまでのバスケ人生を振り返るのは早い。海常はさらに上に行く。いいな。」


笠松の言葉に誰しも思うことがある。


「俺は後悔するのは最後だって決めているんだ、まだ後悔する時間じゃない。まだ次がある。さあ、前に進むぞ」


そう、まだ次がある。俺たちのバスケ人生はこんなとこで終わらない。全国優勝。それが俺らのすべてだ。



















「で、森山、明日のデートなんだがどこに行くんだ?」
「あれ、ミョウジが決めてくれるんじゃないの?」
「そんな経験ないからよくわからない」
「俺も」


はあ、とため息をついてミョウジは真剣に明日のことを考えていた。今日は、いつもお世話になっているマジバに来ている「おごるっていったけど、やっぱほら、それなりに空気読めよ!?今日疲れているだろうし、たくさん食べたいだろうけど、その、ほら!!」と慌てているのは見ていて飽きない?
幸せだなと思いながらミョウジのことを見ていた。


「なんだよ、こっち見て笑って。なんかついてるか?」
「そんなことないよ。幸せだなって。」
「あ、あっそ。ま、まあ、なんでもいいけど」


顔を赤くして下を向くミョウジに説得力なんてものは全くなくて。そういうのもかわいいな、なんて。俺の彼女はこんなにもかわいい。


「明日なんだけど、黄瀬に聞いたらおっきいショッピングセンター行くのが無難じゃないかってさ。ご飯食べるところもあるし、映画館もあるし、まあ、小堀がそれで退屈しないなら普通のデートぽいのでもいいか?」
「うん、そうしようか」










もちろん俺だってわかっていたんだ。こんな関係続くわけがないって。それでも、やっぱりミョウジが好きだから。こんな夢みたいな時間が少しでも長く続いたらいいな、なんて思っていたんだ。






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