森山中編 | ナノ

始まるお付き合い

あのてんこ盛りな一日から大分日数は経ち、神奈川県大会も残すのは今日の準決勝、明日の決勝だけになった。
これで全国大会に進める学校が決まる。

いつもより少しだけ早く目が覚めた。別に自分が試合に出るわけではないが、準決勝ともなれば少しばかり緊張しているみたいだ。
会場に着くと準決勝ということもあり、ほとんどの学校が全校応援をしている、うちの高校も例外ではなく、今日は海常高校の団体と一緒にいる。
選手達は前までの試合と変わった様子もない。さすが、強豪校ともなればメンタルも強い。

森山はというといつものように会場全体を見渡していた。いつもと違ったのは一瞬私と目が合ったかもしれないということ。
気のせいだとは思うけれど……。今日は茶髪のショートの女の子らしい。お前のことなんて眼中にないその子のために勝手頑張って勝手に勝利を捧げろよ。

小堀は私を見つけたのか私とがっつり目を合わせていた。うお、びっくりした。
届くはずのないことは分かっているが(コートと私がいる応援席は大分離れている)私は口パクで小堀に「がんばれ」と言った。
見えたか見えてないかはわからないけど小堀は微笑みそのまま真剣な表情でコートに立っていった。

準決勝ともなるとさすがの海常高校でも梃子摺るみたいだった。今までにはないほどの白熱した試合だった。












試合が終わり、私はいつものように会場の外で待っていた。全校応援といっても案外自由だ。でも、今日はもしかしたら選手の皆とは話せないかもしれない。バスケ部員は黄瀬を筆頭にかなり人気だ。
このまま待っていても小堀と帰れるか分からないな……。


「ミョウジ!」
「小堀?」
「ごめん、遅くなった」
「ううん。もっと時間かかるかと思ったから大丈夫」
「黄瀬を犠牲にしてきた」
「あはは、なるほど。確かに黄瀬君は大変だろうね」


モデル業もしている黄瀬ともなれば声を掛けたい女子も多いだろう。その黄瀬を犠牲にして小堀が会いにきてくれた。黄瀬には悪いことをしたけど待つ時間が減ったので私的には嬉しいことだ。


「じゃあ、帰ろっか」
「おう」


小堀に告白されたあの日から普段の練習の後もこういった公式戦の後も一緒に帰るようになった。そのときにいろんな話をしたし、小堀がどんな人なのか今なら少しだけど分かる。
小堀は顔に似合わず可愛いものが好きらしい。あと、動物には好かれるみたいだ。
この間、一緒に帰っていたとき、野良猫がいて、小堀にだけ集まった。私は昔から動物にはあまり好かれないので少し羨ましかった。


「明日決勝戦だね」
「ああ」
「どう?調子?」
「ミョウジがいれば大丈夫かな」
「なにそれ」


小堀が冗談交じりにそんなことを言うので私は笑ってしまった


「がんばってね、明日」
「うん」
「海常が優勝して、IH決定したら、また頑張って応援にいくから」
「毎年、来てくれてるもんね」
「まあね。WCみたいにIHも東京でしてくれれば簡単に応援にいけるのに」
「そうだな」


うん、よし、言うならこのタイミングしかないよな。雰囲気とかそういうの私は気にするタイプじゃないし。


「小堀」
「ん?」
「返事をする準備ができたの」
「返事?」
「だから、あれだよ、あの、私のことが好きだとかなんだとかそういうあれだよ」

「それ、今日言う?明日の試合に響くんだけど……」
「大丈夫だ、こういう返事は早くしたほうがいいだろ」


私は小堀のほうを向いた。


「えっと、こういうとき、どういうのが正しいのか分からないんだけど」
「うん」


大丈夫、普通に普通に言えばなんの問題もない。よし


「森山のことを忘れさせてください!」


思いのほか大きな声になってしまった。小堀のほうを見ると少しだけ顔が赤い気がした。
気がしただけだ。


「それって」
「私でよかったらこれからよろしくお願いします」

「そっか、よかった」


そう言って小堀は私に一歩近づいたかと思うとそのまま私の身体に手を回してきた。あれかこれがよく恋人達がやっているハグというやつか


「ちょ、こぼ「うん、ごめん。嬉しくて、もう少しだけいい?」


さっきよりも少しだけ身体に回す力を加え、そのまま耳元でそんな言葉をささやいてきた。その行為は私に許可をとっているように見えて、答えなんて最初から聞く気がないかのような行動だった。そんなことを言われて私が平常心でいられるわけなんてない。
黙って身を任せているともう満足したのか小堀は私から身体を離した


「ごめん。いきなりこういうことして」
「べ、別に、嫌じゃなかったから」


そう、すごくドキドキはしたけれど、別にそのドキドキは不快なものではなかった。


「うん、そういうかわいいこと言われると困るな」
「な、だ、誰がかわいいだ、う、うるさいな!!」


だから、そういうことは言われなれてないから、心臓が持たなくなる


「うん、そうやって顔が赤くなるところも全部全部かわいい」
「そ、そんな恥ずかしいこと!!」


だめだ、小堀のペースに流されている。


「と、とりあえず、そういうことだから!!」
「うん。本当によかった。断られていたら、明日の試合集中できなかった」
「断る気だったら今日言わないっての。私は海常に優勝してほしいんだから。まあ、これで小堀の調子が良くなったらとかそういうのだ。まあ、私がこんなことをする必要なかったかもしれないが」
「ううん、明日今までで一番頑張れると思う」
「そ、そっか。じゃあ私の思惑通りだな」


恥ずかしくて小堀のほうから目線をそらした。そのまま私たちは静かに帰路についた。

これで私と小堀は恋人という関係になるのか。恋人関係になったのはいいが、世間一般の恋人たちがしているような行為が私にできるだろうか。少し心配だな。


「恋人かー」
「なんだお前エスパーか」


びっくりした。私が考えていたことを小堀も考えていたということに対して。


「え?」
「いや、私もこれで小堀と恋人という関係になるのかーって考えていたから」
「そっか」


小堀は優しく笑って私の頭を撫でた。撫でたというかくしゃっとされた感じだった。


「ちょ、髪の毛ぐちゃぐちゃになる」
「うん、なんかいいね、こういうの」


私の言葉に返事をする気はないのか小堀は一人で何かに納得したように頭を縦に振りながら尚も私の頭を撫で続けた。


「もう!背縮む!小堀と目合わすの今でも大変なのにこのまま縮んだらどうしてくれんだ!」
「あはは、ごめんごめん」


そういうと小堀は私の頭から手を離した。


「じゃあ、こっちはいい?」


そう言って小堀は私の手を握った。


「まあ、それくらいなら別に」
「うん、よかった」


そう言って小堀は私に笑いかけた。小堀はやさしく笑うよなーってここ数日で思っていたけどその笑みは今までのどんなものとも比べ物がつかないくらいにやさしかった。これが恋人には普段見せないところを見せるとかいうそういうやつなのか。
そのまま小堀といつものように帰った。いつもと違うのはずっと手を握り合っていたことか。


「小堀、明日がんばって」
「うん、頑張るね」


玄関先で最後の応援をした。明日にはもう直接伝えることはできないから、これが最後


「じゃあ、また明日」
「うん、またね」


私が家に入ろうとすると小堀は私の手を引いて自分の方に向かせた


「お、おう、どうし」


振り向いて小堀を見上げると私が思っていたよりも顔が近くて、あれ、なんでこんなに近くに小堀の顔があるんだろうって考えている間に自分の視界から小堀が消えた。いや消えたわけじゃない、近すぎて焦点が合わなくなったのだ。そのまま自分の肌になにかの感触があった。


「じゃあ、またね」


そういってぼーっとしている私を置いて小堀は帰っていった。
なんだ今の、あいつああいうのなのか。そうか。
なんかまだドキドキしている。どういうことだよ。
小堀の感触があったのは唇ではなく頬だった。なんだよ、最後にへたれたのかよ、あそこまでしといて!!!あーもう!!!!!


小堀が最後に触れた場所をもう一度なぞった。そうか、ここに小堀が。



「明日覚悟しろよばかあああああああ!!!!!」


この叫びがあいつに聞こえているかは分からないが。









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