シャッとカーテンを開けて窓越しに空を見る。
「あら、小雨だわ」
青空は雲に隠れ雨粒が地上へと降り注ぐ様子にアリスは眉を寄せて呟いた。今日は二人との約束があるのに残念だ。
「・・・なんだか、嫌な雨ね」
前が見えなくなるほどの大雨でもなければ雷が鳴っているわけでもない。しかし何とはなしに感じる嫌な気配にアリスは酷く不安になった。
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クナイや手裏剣などの忍具を確認して約束の時間近くになった頃、いつもより暗い気持ちでドアを開けるアリス。
「あ、雨やんでる」
濡れることを覚悟で家を出ようとしたがどうやらそれは杞憂だったらしい。空を見上げれば白い雲がポツリポツリと浮かび、太陽が高く昇っていた。
朝の雨も長く降っていたわけではなさそうだし、これならすぐに地面も乾いて修行中泥まみれになるということもないだろう。
さて、自分がつく頃には挨拶代わりの水切りが済んでいるはずだ。そろそろ行かなくては。
深呼吸を一つして、チャクラで足場を弾いた。
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「いたいた・・・、」
二人の姿を見つけて表情を緩めたアリスはしかし、その近くに感じる殺気に気配を消して身を隠す。よくよく見ると川を挟んで向かい合っている二人の雰囲気は妙に緊張していた。
「(なんだか、あまり良い状況とは言えないようね)」
「早速だがよ、まずは挨拶代わりの水切りからいくか」
「おう」
来たばかりらしい二人は懐から石を取り出す。いつも笑顔の柱間さえも固い顔をしていることに、自然とアリスの表情も険しくなっていった。
投げられて互いの手に収まった水切りの石。その表面を見た二人は咄嗟に目だけで辺りを見渡してから行動を起こした。
「柱間、悪ィ、今日駄目だ。急な用を思い出してよ」
「そ、そうか・・・じゃあ俺も今日は帰るとするぞ」
互いに背を向けて、そして一気に地面を蹴る様子にアリスは目を見張った。
何が起こったのか分からぬままそこにいれば、森から二組の忍が飛び出てきて川の上で対峙する。
その姿に柱間とマダラは足を止めてそちらを振り返った。
「考えることは同じようですねェ、千手仏間」
「それと扉間だったか」
「のようだな、うちはタジマ」
「それからイズナだな」
「(うそ・・・千手仏間とうちはタジマですって!?彼等は確か二人の父親じゃない。何故このようなことに)」
口元に手をやって考えている間にも双方が走り出す。やめろ、と叫ぶ柱間とマダラに構わず彼等は一度ぶつかり合い、仏間とタジマは一旦距離を置いて水面を強く蹴り武器を構えた。
それを放った先にいたのは相手の子供で。
しかし彼等の武器は後方から投げられた石により扉間とイズナに届くことはなかった。
控えていた二人が最前線に出てくる。
「弟を傷つけようとするやつは誰だろうと許せねぇ!」
「それは俺も同じだ!」
睨み合う柱間とマダラ。アリスは完全に出ていくタイミングを失って隠れているしかなかった。尤も、あの二人の親が出てきている時点で姿を現すという選択肢はないも同然だったが。
「・・・柱間よ。俺達が言ってた馬鹿みてェな絵空事には、所詮、届かねぇのかもな」
「マダラ・・・お前!」
「少しの間だったが楽しかったぜ、柱間」
咎めるようにマダラを呼ぶ柱間に対し、マダラは冷静だった。短い沈黙ののち、タジマがマダラに視線を向ける。
「三対三か・・・どうだ、いけるか、マダラ」
「いや、柱間は俺より強い。このままやればこっちが負ける」
「兄さんより強い子供が・・・?」
「そうか・・・それほどとはな。──退くぞ!」
「(どうにか戦闘は回避できそうね。ただ、これから先どうしたら良いのかしら)」
タジマが合図を出したことでこれ以上のことには発展しないだろうが、これを機に三人集まることもなくなるだろう。これもまた千手とうちはの運命か。
柱間が賢明にマダラを説得している姿に何とも言えない表情で溜め息を吐く。
「次からは戦場で会うことになるだろうぜ、千手柱間。俺は──うちはマダラだ」
改めて姓を名乗ったマダラ。彼の眼は紅く光る写輪眼で。友でありライバルである柱間を、完全に消すことに決めたのだった。
「──あぁところで」
不意に、イズナと共にマダラの写輪眼開眼を称えていたタジマが目の前の敵から視線をそらす。仏間も考えは同じようで上流の方へ視線を向けた。
「お前達が会っていたもう一人の女・・・あれは誰だ?」
「(気付かれてる・・・!)」
「「アリス!?」」
仕方ないとばかりに森から出てきた彼女にマダラと柱間は声を上げる。水切りの時に辺りを見渡していないことを確認したのに、どうして。
「あの女は初めから居ましたよ。途中で気配を消したところを見ると、俺達が潜んでいたことを感知したのだろう。女のくせによくやる」
「加えていくら調べても情報が全く入らない。柱間、奴はどこの一族だ」
「分からない・・・けど!アイツは一人でこの森に住んでんだ!絶対に敵じゃねェ!」
柱間がそう説明するも仏間はさらに顔を険しくさせるだけで。対するタジマは鼻で笑った。
「千手の子息は随分と甘い考えをお持ちのようだ。それが相手の狙いやも知れずに・・・」
「でも父さん、アイツは本当に戦とは関係ねェんだ。今まで探られることはなかったし、監視されることもなかった」
「マダラ、お前まで」
柱間に続けて自分の息子までが彼女を庇うなんて。しかしこの戦乱の世の中、100%安全だと言えないものをそのままにしておくわけにはいかない。疑惑の芽は摘んでおくに限るのだ。
だから、
「柱間」
「マダラ」
「「奴を殺せ」」
二人が同時に息を呑む。チラリと互いの顔を見合わせて、アリスに視線を移した。眉を下げて「仕方ないんじゃない?」とでも言いたげに肩を竦める姿が目に入る。
だってこの言葉に従わなければ裏切り者として扱われるかもしれないから。
窮地に立たされてなお、どこか余裕な彼女に柱間とマダラの心も落ち着いてくる。深呼吸をして武器を構えた二人に、その親と弟もそれぞれ構えた。どうやら今は互いのことよりも正体不明な彼女を討つことに専念するらしい。
「・・・容赦はしねェ」
「覚悟はいいか、アリス」
「えぇ。いつでも」
口角を上げるだけの笑みを浮かべた彼女は、次の瞬間その場から消え去る。一瞬そのスピードに面食らった千手とうちはだが、すぐに先に地を蹴っていた柱間とマダラに続いた。
──────────
果たして、生死をかけたその鬼事は数十分で完全に決着がついた。跡も残さず完全に姿をくらませたアリスに森を駆け巡っていた双方が悔しげに舌打ちをする。対する柱間とマダラはホッと胸をなでおろした。
「(戦闘になった気配もないし、アリスは上手く逃げられたみたいだな)」
「(さっすがアリス。千手とうちはの両方を撒くなんてな。やっぱアイツのスピードは伊達じゃねぇや)」
今まで勝負してきた中で、どうしても速さだけは彼女に敵わなかった。だからこそ「殺せ」という命令に全力で取りかかれたのだ。追いついて戦闘にでも持ち込まない限り、彼女が負けることはありえない。
納得していない表情の父に続いて柱間とマダラは帰路についたのだった。
──────────
「ふぅ・・・」
千手とうちはが森から居なくなって暫く、身を潜めていたアリスは自分の家へ帰ってきた。見つからないよう張っていた目眩ましの結界を解いて中に身を滑り込ませる。
「あぁ、疲れた」
森中を全力疾走していた彼女は紅茶を入れたカップを持ってソファーに沈んだ。「まさしく“dead or alive”だわ」なんて茶化して言ってみるも結構シャレにならなかったために小さく息を吐く。
しかしまぁ、千手とうちはが出てくるとは思ってもみなかった。あの様子だと互いに敵の情報を集めるか殺すかの予定だっただろう。最近自分の近くにもチラホラ翳があったが、そういうことだったのか。
「・・・あの二人、これからどうするのかしら」
柱間はともかくマダラの様子だとこれ以降の集まりはないと分かる。木ノ葉の里は千手とうちはが手を組んで創立したはずだが、このままで大丈夫だろうか。
炎を連想させる夕日が何とも言えない表情の彼女を赤く照らした。
夕闇に消ゆ
(それでも諦めきれない夢が、)
(心の中で燻る)