押して駄目なら押し倒せ | ナノ


あのような出来事から時は流れて。
始めはちょくちょく会いに来てくれた柱間とマダラも戦が激しくなるにつれてその回数は次第に減っていった。
とはいえアリスの生活が大きく変わったかと聞かれたら答えはノーだ。運良く戦場にはなっていないこの土地で静かに生活している。
そしてその容姿は、波打つ髪が膝辺りまで柔らかく広がり、大人の麗しさを湛えた華やかな顔立ちへと変貌を遂げていた。

「あの二人は未だ戦場に立っているのかしらね」

艶やかな声で呟く彼女はしかし、ひどく心配そうな表情で窓越しに外を見つめる。もう半年以上もあっていない嘗ての同志達は幾多の戦場を乗り越えられているだろうか。
そんなことを考えていたアリスの耳に、フと微かなノックの音が届いた。別々とはいえ遊びに来てくれていた彼等はもっと威勢のいい叩き方をするから森に迷いでもした忍か商人かもしれない。
念のため警戒して玄関まで行き、「どちら様?」と声をかける。

「アリス・・・」

疲れきった様子の声だった。しかし聞き覚えのあるそれに彼女はすぐさま扉を開けて彼を招き入れる。

「どうしたの、そんなに窶(ヤツ)れて、」

アリスに腕を引かれて入ってきた彼──マダラは、彼女が言うように酷く窶れていた。立っているのも辛そうで早々に部屋のソファーへと誘導する。温かいミルクでも入れようかとキッチンへ行こうとしたアリスだが、マダラに腕を引かれて彼の胸元に沈みこんだ。

「マダラ」
「・・・」

何も言わない彼に取り敢えず大人しくしてみれば、更に強い力で抱き込まれる。彼がこのようなことをするなんて本当に何事だ。
顔を上げて暗い瞳と目を合わせるがしかし、そこからは何の感情も読み取ることは出来なかった。


「──イズナが死んだ」

長い沈黙の末、掠れた声でポツリと零された言葉。息を呑んだ彼女はそのまま何も言えずに黙り込んだ。

「(イズナ・・・サスケに似たマダラの弟ね)」

柱間とマダラが決別した日。あれが彼の弟を見た最初で最後の日だ。彼の何より大切な、最愛の弟。そうか、彼が亡くなったのか。

「・・・マダラ、今日は泊まっていくといいわ」

うちはの長となった彼が集落を空けるのは褒められることではないが、ここまで衰弱している人間をさっさと追い返してしまうのはあまりにも薄情だろう。
頭領であるが故に誰にも頼れなくて最終手段としてここへ来たのだろうから少しくらい羽を休めていっても罰は当たるまい。

「(そういえばイズナが亡くなってどのくらい経つのかしら。マダラは彼の眼を貰っていたはずだから、それが亡くなる前後のことだと考えると少し前になるわね)」

そのままマダラは喋ることも動くこともなく、アリスの首元に顔をうずめたままジッとしていた。そして数時間が経って日が沈む頃、彼女がマダラの腕を軽く叩く。

「ねぇマダラ、そろそろ夕食の支度をしなければならないわ。──あぁ、貴方は食事をあまりとっていないようだからお粥でいいかしら」

腕の力を抜いたマダラから抜け出したアリスはフと気付いたように問う。予定していた肉料理は彼の胃には重いだろう。
だがしかしマダラはいらないと呟いた。食べる気にはなれないらしい。
彼女は怒ったように溜め息を吐いてマダラの頬を両手で包み込んだ。暗い闇が広がる瞳と、昔と変わらない強い瞳が混ざる。

「あのねマダラ。貴方はうちはの頭領なの。貴方に何かあれば、貴方についてくる一族が揺れるわ。上に立って命を預かっている以上、その命を守らなくてはならない。何があっても平然として、一族の理想でなくてはならないのよ。
・・・まぁそれでも、どうしても押し潰されそうになることだってあるだろうから。その時は少し休みに来ても良いと思うわ。此処なら弱音を吐いて良いし泣いても良い。ただ、貴方のためにも一族のためにも、食べるものは食べてもらうし休養もきちんと取ってもらうわ。わたくしだって今の状態の貴方を見るのは辛いもの。・・・いいわね」

珍しく長々と語ったアリスはマダラが小さく頷いたのを確認すると満足そうな表情でキッチンへと消えていった。
数十分後、食事が出来たからダイニングへ移動してほしいと言われて移動するマダラ。食卓に着けば目の前に湯気を立てる椀が置かれる。彼の向かい側にアリスが座って食べるよう促した。

──────────

「マダラ、先にお風呂に入っていらっしゃい」

食事を終えて洗い物をシンクに運んだアリスはスポンジと洗剤を手にそう言う。素直に従ったマダラを見送って洗い物を終えた彼女だが、不意に「あ」と声を漏らした。

「そういえばマダラの着替えがないわ・・・」

女一人の家に男物の部屋着があるわけがなく、アリスは困ったように口元に手を添えた。大きめの浴衣ならばあるがそれだって肩幅が合うとは思えない。まったく、何故あんなにも大きくなってしまったのだ。

「あぁ、バスローブなら問題ないかしら。あとは・・・あ。下着。下着はどうしたら良いのよ。この時代ってどうしているの?」

ナルト達と同じ型ではないだろう。随分と昔だから。そういえばいつかの日、柱間とマダラが川に落ちて服を脱いだ時見えたっけ。

「褌、だったかしら」

それならば確か木ノ葉の祭りで男達が身に着けていた気がする。神輿を担いだその光景は酷く印象的だった。

「・・・晒し木綿であればあったわね」

本来の素材は何を使っているのか知らないが、これなら通気性に優れているし柔らかいから代用できるはずだ。
バスローブと晒し木綿とバスタオルを持って脱衣所の扉を開ける。

「マダラ、着替えとタオル、置いておくわね。寝衣はサイズがなかったからバスローブを着てちょうだい。あと・・・下着をどうしたら良いか分からなかったから晒し木綿を置いておくわ。歯ブラシは洗面台に置いてあるコップに入れてあるから。不都合があったら言って」
「あぁ」

相変わらず覇気のない声に眉を下げて小さく溜め息を吐く。何かしてあげられることがあればいいが、こういう時は何を言っても効果はないだろう。自分の時もそうだったから。ただ、傍に誰かがいたら人肌を感じられるし、生活音がしていたら多少気は紛れる...のではないかと思う。

出てくるころを見計らって少し冷えたお茶を用意しておけば、後ろで扉を開く音が聞こえた。

「──アリス」
「ちょうどいいわね。お茶を入れたからどうぞ。わたくしも入ってくるけれど、髪はきちんと拭かなくては駄目よ。あぁ、マダラの服は洗濯して夜の内に干しておくから、明日には着替えられるわ」

新しいバスタオルを彼の頭に被せると、アリスは部屋を出ていった。

──────────

約一時間後、部屋に戻ってきたアリスはソファーに座ったままボーっとしているマダラを見て本日何度目かの溜め息を吐いた。
あの調子だと髪も拭いていないだろう。タオルは肩にかけてあったからバスローブは無事だと思うが。

「マダラったら、髪を拭かなくては駄目だと言ったでしょう」

そう言いながら肩にかけてあるタオルで無造作に伸びる黒髪を包む。ポンポンと叩きながら水気を拭き取っていれば、大きな犬を世話しているようで少しだけ頬が緩んだ。尤も、犬というより猛獣かもしれないが。

「・・・すまない、アリス」
「いいのよ。わたくしも最近一人で寂しかったから。──はい、おしまい」

粗方拭き終えてバスタオルを脱衣所に置いてきたアリスは、マダラの隣に座って書物を読み始めた。
ページを捲る音と風が枝葉を揺らす音だけが耳を通る。次に時計を見たアリスは寝る時間が近いことに気付いて手にしていた書物を閉じた。

「マダラ、明日も早いし、そろそろ寝室へ行きましょう」
「どうせ眠れない」
「横になって目を瞑るだけでもいいわ。とにかく体を休めて」

そう言って手を引いて寝室まで連れてくると大きなベッドに二人で横になった。まったく、猛獣でも犬でもなくて大きな子供だ。

「マダラ、お休み」
「あぁ・・・」

そのまま手を繋ぐでも寄り添うでもなくアリスは寝入り、マダラはその様子を暫く眺めてから目を閉じた。

──────────
────────
──────

「ふぁ...あ、おはようマダラ。起きていたのね」
「あぁ。少しは・・・眠れた」
「・・・それは良かった。朝食の用意をしてくるわ。貴方はどうする?時間がかかるから、まだ横になっていても良いけれど」
「いや、行こう」

昨日に比べたら良くなった顔色に一安心してベッドから抜ける。先に顔を洗って着替えたらキッチンへ行ってエプロンをつけた。今日の朝食はご飯に味噌汁、それとだし巻き卵とヒジキ煮だ。

「──どうぞ、食べられるだけ食べて」

机に並べて食べるよう促せば一つ頷いて箸に手を伸ばす。彼が手を付けたのを見てアリスも手を合わせて食べ始めた。


それから朝の支度を終えるとマダラは大人しく玄関に向かった。頭領としての仕事があるのだから多少無理にでも送り出さなければと思っていたが、どうやらその必要はなさそうである。

「・・・また来る」
「えぇ、いつでも」

来た時よりも大分穏やかになった表情で言うものだから、つい嬉しくなってそう答えてしまった。去っていく背中を見てやはり「“やることをやったら”いつでも来ていい」と言った方が良かったかと思ったが、まぁ過ぎたものは仕方ないと自分も修行に向かう。

思えばこれが分岐点だったのかもしれない。



始まりの鐘が響く
(今度こそ、他の全てを犠牲にしても)

(彼の中の何かが狂ったことに)
(この時の自分は気付けなかった)

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