押して駄目なら押し倒せ | ナノ


マダラが目を覚ましてからも、アリスは殆どの時間をマダラの治療に充てていた。勿論少しずつ休憩を挟みながら。その甲斐あってか今では支えありでなら上体を起こしていられるほどに回復している。

「おはよう、マダラ。傷が痛んだりということはない?」
「あぁ、問題ない」
「お湯を持ってきたから顔を洗って」

盥に入ったお湯とタオルを持ってきたアリスがマダラの隣にやってくる。盥とタオルを置いた彼女は木遁の印を組んでマダラの体を起こしてそのまま支えにした。マダラが顔を洗ってタオルを手に取ったところで、アリスはもう一枚のタオルをお湯に濡らして絞る。

「まったく、毎日毎日・・・わたくしは貴方の治療をするために此処にいるのだから、日常の世話は使用人に言い付けていただきたいのだけれどね」
「お前がやることに意味がある」
「だからといって毎朝体を拭くことはないのではなくって?」

まるで今までの穴を埋めるように我儘とも言える様々な頼み事をするマダラ。体を拭くのだって夜に使用人がやっているのだから、本当は必要ないというのに。
首や腕、身体を順に拭きながらアリスはため息を吐いた。

「夜にお前がやってくれるのであれば朝やる必要はなくなる。が、お前はその時間風呂に入ってしまうからな」
「当たり前でしょう」

呆れ気味に言ったアリスは背中に取り掛かるためマダラの体を自分に寄りかからせる。抱きつくような格好で拭いていると首元にちくりと痛みが走った。

「ちょっとマダラ、これをやるために態々拭かせているのではないわよね」

お蔭様で首の辺りには赤い斑点が散らばっている。迂闊に首元の開いた服を着られやしない。

「構わないだろう。俺とお前は好き合っている」
「貴方を伴侶にするつもりはないわ。それに、婚姻前に手を出してくるような男は好かなくってよ」

背も拭き終わったアリスはマダラを横たえてツンとそっぽを向いた。そんな仕草さえも可愛く思えて、マダラは口元を綻ばせる。

「心配するな。お前の気持ちは十二分に分かっているさ」
「話を聞きなさい」

伸びてくる手を躱したアリスは盥とタオルを持って立ち上がった。部屋を出る直前、「あぁそういえば」と振り向く。その表情は少し楽しそうだった。

「今日は柱間達が来るわよ。わたくしはまたミトとお茶に行くから貴方も柱間と扉間とゆっくりしてね」
「なんだと?あんな奴等とゆっくりなどできるか。おいアリス!」

マダラの抗議を無視してアリスは部屋を出ていく。小さく舌打ちしたマダラは柱間達に八つ当たりしようと心に決めた。


それから約二時間後──

「おう!邪魔するぞ!」
「いらっしゃい、三人共」
「全員さっさと帰れ」

にこやかに迎え入れるアリスとは反対に眉間に皺を寄せて千手兄弟とミトを睨むマダラ。それを宥めたアリスはマダラの体を起こして支えを作った。柱間が感嘆の声を上げる。

「本当に木遁が使えるんだな。やはりアリスの能力は不思議ぞ」
「でも貴重な木遁の活用法が背凭れよ?宝の持ち腐れだと思わないこと?」
「ハハッ!そう言うな。十分役に立っているじゃないか」
「もう少し技術があれば戦闘にも使えるのに、中途半端にしか使えないんだから・・・」

残念そうに息を吐いたアリス。珍しい属性のチャクラがあっても技術が伴わなくてはどうしようもない。

「ふふ、私は今でも十分すごいと思うわよ」
「ありがとう、ミト。あぁ、わたくし達はそろそろ出ましょうか。柱間達も積もる話があるでしょうし」

アリスがそう言って立ち上がればミトも同意してそれに続く。行ってくると、二人が柱間達に声を掛けるが納得しないのが一人いた。

「ちょっと待てアリス!こんな奴等を残していくな!」
「こんな奴等とはなんだ。俺だって来たくて来たわけじゃない」
「まぁ落ち着け。二人共俺達のことは気にせず存分に楽しんでくるといい」
「ありがとう、柱間。マダラ、喧嘩ばかりは駄目よ。せっかく友人が来てくれたのだから」
「扉間様も、これを機にマダラ様に歩み寄る努力をしてはいかがでしょうか」
「「誰がこんな奴!」」

声をそろえた二人にアリスとミトは「息ピッタリね」「仲良くなるのも時間の問題だわ」などと笑いながら部屋を出ていった。

──────────

「それでアリス、マダラ様の調子はどうなの?」
「順調よ。隙あらば服の中に手を入れてくるくらいには回復しているわ」

甘味処にて個室で餡蜜と善哉を片手に話に花を咲かせる二人。扉間とマダラが心配だがいざという時は柱間がどうにかしてくれるだろう。あぁ見えてやるときはやる男だ。

「積極的ね。柱間様とは大違いだわ」
「柱間は奥手そうだものね」
「そうなの。大事にしてくれているのは分かるのだけど、少し押しが足りないというか・・・わかる?」
「いえ、残念ながらマダラは押しが強すぎるから」
「住み込みで治療しているのでしょう?その、大丈夫なの?」

少し声を潜めて言ったミトにアリスは何の事かと一瞬首を傾げるが、すぐに男女の事情かと察して「あぁ」と声を零す。
今のところはマダラがリハビリ中であるため問題ない。が、もう少しして動けるようになったら考える必要があるだろう。
それを伝えればミトは大きく一つ頷いた。

「そうね。女の子にとって初めては大切だもの。勢いだとか雰囲気だとか、そういうのに流されては駄目よ」
「とはいってももう随分前に経験したけれどね」
「それでもよ・・・って、え?うそ、本当に!?」

口に入る直前でスプーンがぴたりと止まる。そのまま腕を下ろしたミトは顔を赤くして身を少し乗り出した。『誰とっ?どうだったっ?』と目で問いかけてくる様子にアリスは苦笑いを零してなんと説明しようか思考を巡らせる。

「ミトが木ノ葉に来るよりもずっと前よ。マダラが嫉妬して無理矢理ね」
「まぁ、マダラ様が?柱間様と扉間様からいろいろと話を聞いて心配していたけれど、とっくに手を出していたなんて」
「本当に困った人よ。体が動くようになってから花瓶で殴り付けておいたわ。避けなかったから一応は悪いことをしたという自覚はあったようね。後悔はしていないと言っていたけれど」
「信じられない。女の敵だわ。文句の一つでも言わなきゃ気が済まないわよ」

プンスカ怒ったミトが席を立つ。このままでは本当に乗り込んでしまいそうだとアリスは慌ててそれを止めた。席に着いてからもご立腹のミトは湯呑のお茶をグイッと呷る。

「もう、何故アリスがあの人を好いているのか分からないわ」
「そうね・・・でも愛情深いところはあるわよ。少し歪んでいる気がするけれど」
「好き合っているのに結ばれないなんて切ないわね」
「そう?わたくしは里のために嫁ぐ方が幸せよ」
「・・・何だかマダラ様がかわいそうだわ」

見舞いに行くたびに見せつけられる攻防を知っているだけあって、ミトは少しだけマダラのことを不憫に思ったのだった。

──────────

一方のうちは家では──

「お前達のせいでアリスと過ごす時間が減った」
「そう言うな。毎日殆ど一緒にいるんだろう。アリスと茶をしに行ったミトから聞いたぞ?お前が色々と言い付けているとな」
「フッ、この状況を利用しないわけがないだろう。お前に感謝したいくらいだ柱間。怪我のお蔭で何をしても強く拒まれることがない」
「アリスがこの上なく不憫だな。地下に監禁され里のために嫁ごうとしたのを阻止され貞操を奪われほぼ一日中治療と世話をさせられ・・・お前いつか愛想つかされるぞ。というかつかされろ」
「黙れ扉間。欲しいものを手に入れるには多少の強引さも必要だ」
「マダラは強引過ぎぞ。アリスの意思も尊重するべきではないか?」

アリスが出て行った後のマダラはムスッとした表情で鬱陶しげに二人と会話をしていた。彼が怪我をしているお蔭で、柱間はともかくとして扉間と手足が出るような状況にはなっていない。この程度であればまだ微笑ましいと見ていられる範囲だ。

「そういえば柱間、俺は今後どうなるんだ」

不意にマダラが少しだけ真剣な表情になって柱間に問う。意味が分からずに首を傾げる柱間に、マダラは面倒くさそうに「うちはの頭領の件だ」と補足した。
自分が里を抜けてもう二年も経っているだ。当然うちはを纏める新しい代表が決まっているだろう。

「あぁ、そういうことか。それならもう話はついている。お前を再び頭領の座に据えるとな」
「一度一族を捨てた身だぞ、俺は。そんな男がのうのうと納まっていいものか」
「そうは言ってもやはり一族で一番力があるのはマダラだからな。お前を差し置いて頭領になろうと言う者はそういないだろう。・・・それで、本音は?」
「何を言っている今のが本音だ。まぁ頭領でない方がアリスとの時間をとれるし遠慮なく迫ることが出来るというのもあるがな」
「むしろ九割方そっちが本音だろう」

しれっとした顔で言ってのけたマダラに扉間は呆れ顔になる。
今でも行き過ぎなのにこれ以上どう時間をとってどう迫ろうというのだ。過去の過ちを思い出した柱間はここで引き止めておかなければと説得の体勢に入った。

「しかしだなマダラ。いくらアリスがお前を好いていると言っても、ミトから聞くにあいつはお前よりも同盟を組んだ一族との婚姻を望んで「柱間」」

言葉を遮ったマダラに柱間は「なんぞ」と返す。しかしその顔に歪んだ笑みを浮かべていることに気付いて扉間と共に眉を顰めた。

「あいつは俺のものだ。当の昔に契りも籠んだ。無理矢理とて事実には変わらない・・・違うか?」
「それでもアリスは里のためにありたいと思っている。あいつの意思はどうする」
「誰が何と言おうとあいつは渡さん。ガキでも出来れば流石に諦めるだろう」
「あいつが二度も逃げそびれるとは思えんがな」
「扉間、知っているか。俺はあいつが思っているよりもずっと回復が進んでいる状態にある」
「相変わらず卑怯な」
「策士だと言え」

そう言って唇を舐めるマダラは正しく獲物を狙う目をしていた。


その日の夜──

「なぁアリス、やや子は何人欲しい」
「は?」

マダラの濡れた髪をタオルで包んでポンポンと叩いていたアリスはいきなりの質問に気の抜けた返事を返した。止まった手にマダラが振り向くとちょうど金の瞳と視線が交わる。

「・・・やや子って、子供よね」
「あぁ」
「・・・言っておくけれど、貴方とはもう契りを籠むことはしないわよ」
「聞くだけだ」

そう言ってマダラが前を向いたところでアリスも髪を拭くことを再開する。少し沈黙があった後、アリスは口を開いた。

「人数は気にしないわ。ただ、男の子が生まれてくれなければ困るわね」
「相変わらずだな」

どこまでも現実的な彼女にマダラは小さく笑う。アリスも「そうね」とため息のような笑みを零した。

「──はい、終わったわ。あとは寝るまでの時間を治療に充てるわね」
「あぁ。もう一月もしたら走れるようになるか?」
「走るのは無理じゃないかしら。わたくしの見立てじゃ二月はいるわね。日常生活くらいなら不便はなくなるでしょうけれど。これでも早い方だと思うわよ」
「・・・二月、か」

口角を上げて呟いたマダラに、アリスは怪訝な表情を浮かべたのだった。



怪我と思惑と
(気付くのが先か、動くのが先か)

prev / next
[ back ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -