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アリスの死が正式に発表されて数日が経った夜、マダラは火影岩の上から里を眺めていた。手元には戦場から戻ってきたボロボロになった木ノ葉の額充てとあの日の手紙がある。

最後に此処に来たのはもう二年以上前だ。その時は隣にアリスがいたのに。
あいつは此処から見る景色が好きだと言っていた。そして自分は里を眺めるアリスを見るのが好きだった。
だがあいつは世界への怨恨を自分に残してこの世から去って。
久しぶりに眺める里は、同じ景色なのにひどく味気ない世界になっていた。

目を背けるように手に持っている手紙に視線を落とす。書き連ねてある文章の中で、自分にとって意味があるのは“愛してる”という文字だけだ。彼女が隠し通してきた、本当の心。
嗚呼、だからだろうか。地下に閉じ込めても無理矢理抱いても見捨てられなかったのは。
上に立っていたが為に心の内を隠し、里のために生きて。そして最後の最後にほんの少しだけ零して里のために死んだ。

「・・・この世は余興だ」

そう、アリスのいないこんな世界が本物なわけがない。此処はただの通過点だ。本当の夢はその先にある。

「アリス・・・お前の望む、争いのない平和な世界を創ってくるよ」

そうしたら、もう同盟だの政略結婚だのを気にしなくていい。難しいことなど考えず一緒になれる。幸せな家庭を築くことができる。

「必ず迎えに行く。だから待っていろ」

手元の額充てを握りしめて誓ったマダラはその晩、里を抜けた。

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「マダラが里を抜けてもう二度も季節が巡ったか」
「なんだ兄者。あいつのことなど思い出して」
「いや、何となく近々会うような気がしてな」

窓から見える月を眺めながら柱間が言う。あの二人がいなくなってからは静かになったものだ。

「あいつに会うなど冗談ではないぞ。厄介事しか起きん」
「そう言うな。マダラとはまた酒を酌み交わしたい」

アリスが亡くなってマダラが里を出てから、里はさらに栄えた。新たに同盟を組んだ国もある。もちろん決別した国も。
話しづらい話題もあるが酒の席ならば少しは口も軽くなるだろう。

「もし、アリスが生きていたらな・・・」
「今更言っても仕方のないことだ」
「だがあいつがいたらマダラとの擦れ違いは起きなかった」
「・・・それは否定しない」

何だかんだでアリスがマダラのストッパーになっていた。そして柱間の甘さとマダラの危うさを取り持つ存在で、扉間とマダラを近づけた存在でもある。

「・・・もう夜遅いが墓参りにでも行ってこようか」
「それなら俺も行こ──いや、墓参りはまた後日だ、兄者」
「どうした扉間。何か急ぎの仕事でも「違う!マダラだ。マダラのチャクラを里の近くに感じる」」

少し焦りを含んだ扉間の言葉に、柱間は目を見開いた。帰ってきたわけではなさそうだと言う弟の助言を聞いてすぐさま鎧を着こむ。

「扉間、里を頼む」
「分かった」

準備をした柱間は靴を履いて飛び出した。目指すは木ノ葉の外の森だ。

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「──おや、どうしたんだい?窓の外なんて眺めて」
「いえ、少し外が騒がしいと思って」
「騒がしい?あたしには虫の音しか聞こえないけどねぇ。お前さんは忍だから、いろいろ聞こえるのかもしれないね」
「そうかもしれませんね・・・すぐにでも、向かわなければならないようです」
「おや、そういうことかい。虫の知らせってやつだね。行っておやり。待ち人がいるんだろう」
「はい。・・・長い間、お世話になりました。この御恩は必ず」
「気にしなくていいよ。あたしも楽しかった。また何かあればうちへおいで」
「ありがとうございます。では・・・」

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「「はぁ…はぁ…はぁ…」」

川を挟んで息の上がった柱間とマダラが対峙する。周囲の地形は荒れに荒れ、木ノ葉創設以前のような激しい戦いとなっていた。
次が、最後だ。
互いが地面を蹴る。水飛沫を上げて二人の刃が交差した。

地に伏したのは柱間だった。

「立っているのは俺だ。あの時とは逆だな」
「届いたばかりの夢を・・・守りたいんだ、俺は。これ以上は・・・」
「随分と落ち込んで見えるぞ、柱間」

口角を上げるマダラ。しかし次の瞬間、後ろからの衝撃に目を見張った。自分の体を見下ろせば胸元を刀が貫通している。その持ち主は言うまでもなく柱間で。自分が切ったのは木遁分身だったのだと悟った。

「俺は俺達の、いや、俺の里を守る。──友であろうと、兄弟であろうと、我が子であろうと、里に仇なす者は許さん」

力なく水面に膝をついたマダラは「変わったな」と呟くように言うとそのまま前に倒れた。

ここまでか。アリスにもう一度会いたいと、そう思ってこの二年間がむしゃらに探して、やっとその目処が立ったのに。

笑った顔を見たい。
声を聴きたい。
この腕で抱きしめたい。

それだけだった。ただただ、アリスと共にあり続けたかった。

ここで死んだらアリスと会えるだろうか。死後の世界ならば何の憂いもなくこの手を取ってくれるだろうか。
「マダラ」とアリスの呼ぶ声が聞こえる。霞む視界にあいつの色が見える。

「全く、仕方ないんだから」

呆れたような声と、頬を滑って髪を梳く指。
迎えに行くと行ったのに迎えに来られてしまったようだ。
それでも良かった。恋焦がれた人に迎えられて、これほど安らかな眠りはないだろう。今なら夢を手放して死を受け入れられそうだ。

「アリス・・・」

やっと、会えた。
暗くなる視界に一瞬だけはっきり見えたその姿に胸が熱くなった。

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ヒタリと額に冷たいタオルを乗せられて、マダラの意識は浮上した。ここはどこだろう。死んだかと思ったが何処となく見覚えのある室内だ。

「マダラ、起きた?」

ぼんやりとしているマダラをアリスが覗き込む。虚ろな目をこちらに向けた彼はしばらくして「アリス」と音にしないまま唇を動かした。

「相変わらず無茶ばかりするんだから。手当てはしたけれど、傷が傷だから癒えるのはずっと先よ。怪我からくる熱も出ているから安静にね」
「・・・また夢、か」

アリスが隣にいる夢なら何度も見た。目が覚める度に空しさは募って、期待しても無駄だと理解するまでに時間はかからなかった。

「ねぇ大丈夫?夢でもないし、貴方は死んでないし、わたくしは本物よ」
「死んでない・・・本物・・・?」
「そうよ。ついでに言えば此処は貴方の家」
「嘘だ・・・お前は、あの戦争で」
「わたくしがそう簡単に死ぬわけないじゃない。ほら、きちんと触れられるでしょう」

そう言って布団の中のマダラの手をとるアリス。視線を彷徨わせたマダラは最後に彼女と目を合わせた。

「アリス、本当に」
「・・・ただいま、マダラ」

小さく笑ったアリスに、マダラの双眸から涙が溢れる。アリスは時折それを拭いてやりながら髪を梳き続けた。しばらくしたら落ち着いたようでゆっくり息を吐く。

「なぁアリス、なんでおま、ッ」
「傷が深いんだからあまり喋らない方がいいわ。もう休んで。次に目が覚めたら貴方の問いに答えてあげるから」
「だが・・・」
「大丈夫よ。ここにいるから」

手をつないだまま、マダラは寝息を立て始めた。

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「アリス、マダラの容体はどうだ」
「まだ寝ているのか」
「柱間、扉間。ミトも・・・来てくれたのね」
「アリス様、また寝ていないのですか。マダラ様の看病も大切ですが貴方まで倒れてしまっては本末転倒ですよ」
「もう、アリスで良いと言っているのに。せっかく女の子同士なんだから仲良くしたいわ。マダラなら柱間のお蔭で生死の境目を彷徨っている状態だったから、気を抜けなかったのよ」

訪ねてきた千手兄弟と先日知り合ったばかりのミトを部屋にあげたアリスが小さく笑って言う。柱間は気まずげに頬を掻いて彼女から視線を逸らした。

「ふふ、別に怒っているわけではないわ。悪いのは間違いなくマダラだもの。あぁ、そういえば数時間ほど前に一度起きたわよ」
「それは本当か!?」
「扉間ったら声が大きいわ。マダラが起きてしま「もう起きている」あら、おはよう」

目を覚ましたマダラが柱間達を見て顔を歪めた。反対に柱間はニッと笑って扉間とミトと共に腰を下ろす。

「相変わらずゴキブリ並みの生命力だな、柱間。もう動けるようになったのか」
「もうと言っても一ヶ月近く経っているぞ」
「アリスに感謝しろ。お前を連れ帰ってきて今日まで、ほぼ休みを取らずに治療を続けていたんだからな」
「そうか・・・礼を言う、アリス」
「これに懲りて二度と暴走はやめてほしいわね」

呆れた表情のアリスにマダラは「善処する」と言って目をそらした。反省しないのかこの男は。
改善の余地が見られないマダラにアリスが頭を抱えたところで、柱間が「この二年間どうしていたんだ」と話を変えた。
真剣な表情の柱間にアリスも思考を切り替える。全員の顔を見渡すと記憶を辿るようにゆっくりと口を開いた。

「あの日わたくしが当たったのは雲隠れの総戦力だったみたいで──あぁ、雷影の口から聞いたから間違いないわ。場所は雲隠れの近くだったし、最初からわたくしを捕らえる計画だったのですって。木ノ葉の権力者で女だから捕虜に丁度いいと」
「チッ、その男、怪我が治ったら殺しに行く」
「まぁ聞きなさい。
 それで、流石にあれだけの戦力を相手にするのは厳しいと思ったから・・・だから動ける間にありったけの起爆札をそこらじゅうにばら撒いて起爆させたの」
「そ、それでアリス様はどうしたんですかっ。そんな爆発の中にいたらグチャグチャじゃないですか!」

半分くらい怖い話感覚に見えるミトが身を乗り出した。アリスはそれをどうどうと宥めて再びあの日のことを思い浮かべる。顔が少し曇った。

「逃げようとしたのだけど思ったよりも爆発が大きくて途中で巻き込まれてね、それはもう悲惨な状態だったわよ。右手右足が飛んで全身火傷、全身強打、内臓破裂、骨折・・・正直死んだと思ったわ」
「いや、死ぬだろそれ」
「・・・生き残ったわよ。虫の息だったけれどね。それから近くの町で診療所をやっているご老人に拾われて約二年間、治療を受けていたの。わざわざ手足も見つけてくれたわ」

右手右足を見下ろしたアリス。当時ぶら下がっていただけのそれはすっかり繋がって自分の思う通りに動く。自分のことながら驚きだ。「お前も大変だったな」と難しい表情で言う扉間にアリスは肩を竦めた。

「それでもこちらに比べたらそうでもないわ。ねぇ、マダラ」
「・・・すまない」

にっこりと、妙に威圧感のある笑顔を向けられたマダラは再び気まずそうに目を逸らした。

「何はともあれ無事でよかった。漸く全員そろったな!マダラの傷が治ったら酒でも酌み交わそうぞ!」
「しかしだな兄者、マダラは・・・」
「里に被害はないしアリスも帰ってきたから心配ない!子供の反抗期と同じと思えば可愛いものだろう」
「誰が子供だ。落ち込み癖の抜けない子供のような性格をしているお前には言われたくない」
「うっ・・・ミトォ、マダラが虐めてくるぞ・・・」

例によって落ち込んだ柱間がミトに縋り付いた。彼女は呆れたような表情をしながらも柱間の背をポンポンと叩いてあやす。その光景に扉間とマダラは情けないとため息を吐いたが、アリスはバランスが取れていていいじゃないかと笑った。

「さ、マダラの容体も分かったし、俺達はそろそろ帰るぞ。おい兄者、いつまで義姉上にくっついている!」
「ぐっ!扉間、首!首締まっているぞ!」

首根っこを引っ張ってミトから柱間を引きはがした扉間はアリスを振り向く。言うまでもなく柱間の首は締まったままだ。

「アリス、しっかり休め。お前まで倒れては困る」
「ありがとう、扉間。ミトも二人のことをお願いね。わたくしの体調がよくなったらお茶をしましょう」
「はい、楽しみにしております。ゆっくりお休みください」

部屋から出てうちはの使用人に送られていく三人を、アリスは手を振って見送った。見えなくなったところで押入れから布団を出してマダラの隣に敷く。

「・・・アリス、どうせここで寝るなら同じ布団で良いだろう」
「怪我人が何を言っているの。ほら、わたくしも疲れているのだから夕食まで一休みするわよ。何かあったら起こしてくれて構わないわ」

そう言ったアリスは本当に疲れていたようで、数分後には呼びかけても起きないくらい深い眠りについていた。少し考えたマダラは体をずらしてアリスの布団に潜り込む。胸元を鋭い痛みが駆け抜けたが、それもアリスを抱きしめたら治まった。
あぁ、幸せだ。本当に。

「アリス、愛している」

サラサラと流れる髪を梳きながら、マダラは熱に浮かされた表情で呟くように言った。



クルリと回ってもう一度
(今度こそ逃がさない)

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