押して駄目なら押し倒せ | ナノ


光の届かない暗い部屋の中、アリスは静かに目を覚ました。ここはどこだろう。
視線を彷徨わせて事態の把握を試みるも自分の身体さえ見えない。
一つ分かるとしたら、この空間は外に通じていないと言うことだ。でなければここまで何も見えなくなることはないはずだから。

フと違和感を感じて己の左腕に触ると添え木のようなものが包帯か何かで括り付けられていた。あまり慣れていないように感じるこの処置はマダラがやったのだろうか。
一応治癒力は人よりも優れているから、もう動かせるほどには治っているのだけれど。きっとここに来て数日経っているのだと思う。

「・・・誰か来た」

隠しもせずに近づいてくる気配に眉を顰めていれば、キィと扉が開いて蝋燭の灯りが揺らめいた。

「漸く目が覚めたか」
「えぇ」

燭台を持ったマダラが部屋に入ってくる。閉じられる寸前に見た扉の向こうには、両脇に炎が並ぶ薄暗い階段が続いていた。持っていた燭台の蝋燭から部屋の篝火(カガリビ)を灯していく様子を大人しく眺めるアリス。

「──さて、ここが何処か気になるか?」

全ての篝火を灯したマダラはアリスの布団の前に座り込んだ。一瞬その行動に肩を強張らせたアリスだが、今のところは攻撃してくる様子はないようでホッと胸を撫で下ろす。

「それも気になるけれど、何故このようなことになっているかも聞きたいわね、是非」
「理由は言っただろう。お前を守るためだと」
「守ってほしいなんて一言も頼んだ覚えはなくってよ」
「それでもだ。外の世界は危険すぎる。何時命を落とすか分からない」
「必要ないと言っているの。一刻も早く、わたくしを解放しなさい」
「なんで分からねぇんだ」

苛立ったような、何とも言えないような表情でマダラは自分の前髪をクシャリと掴む。なんで分からないんだは此方のセリフだ、と心の中で反論したところで、彼が「昔・・・」と小さく呟いた。

「昔、崖の上で柱間が俺を呼んだことがあっただろう。お前にもいつか教えてやると言ったやつだ」
「え?えぇ、そんなこともあったわね」
「・・・あの頃からお前を好いていた。柱間と決別した後も変わらない。いつかいつかと思いながらやってきて、そろそろイズナにもお前のことを話していいかと考えていた・・・その矢先だ、アイツが扉間にやられたのは。両親も死んで弟も残ってねぇ。俺にはもうお前だけなんだ。・・・わかるだろう?」

アリスを引き寄せて頬をなぞる。
わかるだろうと言われても。気持ちは分かるがこの行動までは理解できない。

「マダラ・・・貴方が何を言おうと、何をしようと、此処に長居する気はないわ」
「・・・そうか。まぁお前がそう言うのは予想の範囲内だ。どちらが先に折れるか、見物だな」
「ちょ、と!」

喉元に舌が這って顔を強張らせる。これは、なんだか酷く危機を感じる。無論貞操的な意味で。
冗談ではないとマダラを引きはがしに掛かった。が、ここであることに気付いた。

「ねぇ、今気づいたのだけど・・・わたくしが着ている服、ここに来る前と変わったわよね」
「あぁ、そうだな。お前には鮮やかな色が似合う」
「・・・着替えさせたのは」
「俺だ」
「、な・・・!」

羞恥に顔が染まる。気を失っている間に服を脱がされたなど、こんな恥辱は初めてだ。怒りやら何やらで一瞬頭がクラッとなる。取り敢えず一発叩いておかなければ気が済まないと手を引いた。ところで、体が布団に倒された。

「あの時犯しても良かったが、やはりそれでは面白味がないだろう」
「嫌いになるわよ」
「フン、それは困るな」

さして気にしていない様子で嗤ったマダラは、そのままの体勢で「そういえば」と話題を移した。

「ここだ何処なのか、まだ言ってなかった」
「・・・そうね。聞いて差し上げてよ」
「一言で言えば地下だ」
「地下?」

予想外な答えにアリスが大きく顔を顰める。そうか、だから窓がなくて光が届かなかったのか。となると脱出経路はマダラが入ってきた扉ただ一つ。チャクラが使えない現状では非常に厄介だ。

「あぁ、因みにあの階段は俺の家の中に繋がっている」
「見たところこの地下、まだ新しいわね」
「お前のためについ先日完成させたばかりだからな」
「なんですって」

マダラがうちはの集落へ来ないかと誘い始めて今日まで約三週間。それの少し前から建設を始めたとしても一ヶ月前後だ。そんな短い日数で設計から着工、完成?ありえない。

「・・・一族の人間を使ったのね」
「幻術を掛けてやれば難しいことはない」

予想通りの答えに大きく息を吐く。一ヶ月間ずっと忍術をフルに使わせてこの地下を造らせていたのか。全くこの男は人より優れているぶん質が悪い。
そんな男をどう出し抜くか考えていると、不意に体に掛かっていた重みが引いた。

「さて、俺はまだやることが残っているからそろそろ戻る」
「え、と・・・そう」
「なんだ、期待していたか?」
「いえ・・・貴方が本当に引くなんてと思って」
「ククッ、怪我人に無体を働くほど下衆ではないさ」

そう言って出ていったマダラを見送るとアリスは息を吐いて立ち上がる。そして彼が出ていった扉とは違う、もう一つ付いていた扉に足を向けた。開いてみれば更に扉が二つある洗面所。その先は浴場とお手洗いだった。まるでワンルームだと思ったが、返せばここからは絶対に出すつもりがないということだ。

「本当、厄介なんだから。──あら?首元赤くなってる」

何気なく鏡をのぞいたアリスは浴衣の襟に少し隠れた赤い痣を見つけてそこに触れる。痛くも痒くもないし、ここに来る前の日の朝にはなかった。虫に刺されたかカブレだろうか。そう考えて少し肌蹴させたところで、絶句。

「な、な、な・・・!」

鎖骨から胸辺りにかけて広がる赤い斑点。否、キスマーク。執着を感じるそれに頭を抱えたくなった。
その後、気分転換に軽く湯に浸かろうと服を脱いで浴場の鏡を見た時、全身にもそれが広がっていることに気付いてゾッとした。

──────────

タオルを肩にかけて部屋に戻ってきたアリスは改めて部屋を見渡す。机に座布団、タンス、書物の詰まった本棚、布団、篝火、そして通気孔。壁は何の材質かよく分からないけど、床は畳だ。
何か読もうかと本棚に手を伸ばしたその時、再び気配を感じて出入り口を振り向く。暫くして部屋に響いたノックにアリスは内心首を傾げながら入室許可を出した。

「失礼します」

入ってきたのは食事を盆に載せた女性だ。うちはの人間には知らせないと言っていたはずだが、やはり世話係でもつけたのだろうか。
机に食事を並べていく彼女を見ながらボンヤリと考える。

「・・・ねぇ貴方」
「なんでしょう、アリス様」
「マダラに言われてきたのよね」
「はい」
「彼は何処にいるのかしら」
「マダラ様は会合に出席なさっています」
「貴方はわたくしがうちはの集落にいることに反対ではないの」
「はい」
「・・・ここから出る方法はある?」
「お答え致しかねます」

事務的な対応にアリスは顔を顰めた。まさかこの人も操られているのか。
支度を終えた女性の顔を覗き込めばその双眸には光が宿っていなかった。道理で簡素な会話になるわけだ。余計なことは言わないようにしてあるらしい。

「ありがとう。もういいわ・・・あ、湯あみをしたから洗濯物を持っていってくれる?」
「かしこまりました」

やはり事務的な返事をした彼女は持つものを持って部屋から出ていった。

「このような部屋では食欲も出ないのだけどね」

アリスは小さく呟いて仕方なさそうに箸を手に取る。献立からして夕食か。食べる気がしないとはいえ、食べないわけにもいかない。こんなところでマダラの人形になるなど真っ平御免だ。

そう言い聞かせて食事を終えて、後は寝るだけの状態となった頃。扉が開いてマダラと先程の女性が入ってきた。
女性は盆に食器を乗せると頭を下げて出ていく。その様子を見送ったアリスはマダラに目を移した。

「マダラ、いい加減にして。同胞を欺いてこんなこと」
「それでも、いつ何があるか分からない外の世界にお前を置いておくわけにはいかない」
「それを決めるのはマダラではないわ。わたくしは今の貴方の傍には居たくない」
「まったくお前は強情だな。・・・それよりアリス、左腕はもういいのか」
「左腕?・・・あ」

殆ど治っていたから湯あみをした後巻き直すのを忘れていた。

「いえ、一人では巻き直せなかったから、」
「にしては綺麗になったな。始めに巻いた時は皮膚が盛り上がって内出血も酷かった」
「少し人より治癒力が高いだけよ」
「ならばもう気にする必要はないな」

その言葉に危険を感じて身を引くも左腕を掴まれて体を倒される。布団の上だったお蔭で腕以外に痛みはない。が、今はそんなことはどうでもよかった。

「確かに、殆ど治っていると言えるか。・・・ま、この程度ならば少し気を使えば問題ないだろう」
「ないわけないでしょう!やめてっ、放して!放しなさい!マダラァ!!」

浴衣の中に手を入れてくる彼を思いっきり叩く。この男、本気だ。どうしたらいいんだ。

「落ち着け。お前の身体ならこの前一通り見た」
「えぇ知っていてよ!体中に痕を残してあったのを見たわ!あんな恥辱始めてよ!」
「意識がない間にヤらなかっただけでも感謝してほしいものだな。あの時の俺の気持ちも考えてみろ」
「馬鹿言わないで!ちょっと、帯を解かないでったら!」
「そのままではやりにくい」
「知らないわよ!」

そんなやり取りをしている間にも前が肌蹴て、腰から太腿、内腿にマダラの手が這ってくる。そろそろ本当に不味い状況になってきた。
アリスは胸元に顔をうずめる彼を手で押しながら何かないかと辺りを見渡し、あるものを見つけて息を呑んだ。この状況を打開するにはあれしかない。

「、やっ・・・!マダラ何して、」

突然胸の頂に生暖かいものが這って身体が跳ねた。暴れるようにしてマダラの拘束を緩めると、腕を伸ばして机に置いてある陶磁器の水差しを掴む。
そのまま彼が顔を上げると同時に力の限り振り下ろた。流石のマダラもこんなことは予想していなかったようで。まともに喰らってアリスの身体に沈みこんだ。

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」

どうやら完全にノックアウトしたらしい。気を失ったマダラと割れて散らばった水差しを見て安堵の息を吐いた。自分の力では心配だったが、こういうのを火事場の馬鹿力というのだろうか。
取り敢えずマダラの下から抜け出すと割れた水差しを片付け始めた。

──────────

「──っう・・・」

数時間後、目を覚ましたマダラは小さく呻き声を漏らした。
何故自分は寝転がっているのだろう。・・・あぁ、そういえば頭に何か固いものが当たって、

「!、アリス・・・アリス!」

そうだ、あいつは・・・!

「はいはい、此処にいるわよ」

起き上がろうとしたマダラの肩を抑えて再び身体を横たえさせるアリス。彼女はマダラが寝ている布団の隣で書物を読んでいた。

「貴方が寝ている間に出ていこうと思ったのだけれどね、結界が張ってあったから」
「だろうな」
「それに友人に怪我をさせてしまったという負い目も感じて」
「それは良いことを聞いた。お前のせいで戦に支障が出そうだ」

マダラの言葉にアリスは呆れたように溜め息を吐く。怪我さえも利用する気か。

「まったく、冗談はやめて。さ、もう夜中だから部屋に戻ってお休みなさい」
「いや、今日はもうここで寝る。お前も布団に入れ」

手を引いて布団に入れると抱き枕のようにして再び寝てしまうマダラ。アリスは抜け出そうと暫くもがいていたが、その内疲れたのか諦めて掛布団を肩まで引き上げた。



篝火に照らされる
(そこはまるで二人だけの世界)

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