押して駄目なら押し倒せ | ナノ


マダラを家に泊めて以来、彼は今まで顔を出さなかったのが嘘かと思うくらい頻繁に訪れるようになった。始めは三日に一回、一週間後は二日に一回、二週間後には一日一回という、それはもう頭領としてきちんと働いているか心配になるくらいに。

「ねぇマダラ、そんなに抜け出して集落は大丈夫なの?」

そう聞いても彼から帰ってくる返事は「お前が心配することはない」の一点張り。そのうち寝泊りも此処になって、“集落からうちに来る”から“うちから集落へ行く”になってしまいそうで心配だ。

そして頭を抱えることがもう一つ。

──────────

始まりは二日に一回来るようになった頃である。

「なァ、アリス」

来る時間はいつもバラバラで。今日は三時のお茶を楽しんでいたところにやってきたから、彼にも熱いお茶と饅頭を出して一緒に一息吐いていた。そんな時に少し緊張を含んだ声で呼びかけられたアリスは内心何事かと首を傾げる。

「うちはの集落に来ねェか」

手に持った湯呑に視線を落としたまま出された言葉。驚いたのち眉を寄せて「行かないわ」と即答したところでマダラは漸く顔を上げて此方を見た。その顔は何故だとでも問いたげだ。

「どこぞの一族かも分からぬわたくしを、うちはの人間が受け入れるわけがないでしょう」
「アイツ等には俺から言っておくから問題ない」
「いいえ。いくら頭領の口から言われたとしても、それでも納得できない者は沢山いるはず。いつ戦になるか分からぬこの時代、一族内での結束を緩めるべきではないわ」

そう諭すとマダラも分かっていたのか少し黙る。しかしここで引くような素直な男でもなかった。

「だが此処とていつ戦場になるかも分からないだろう」
「大丈夫よ。不穏な空気になればすぐに此処を離れるし、万が一巻き込まれたとしても生き延びるだけの実力はあるわ。わたくしは強いもの」
「どんなに強い奴でもいつ死ぬかなど分からない」

「事実、イズナは強かったが死んだ」と、そう呟いたマダラの表情が次第に険しくなる。

「アイツのせいで・・・、柱間の弟のせいで、命を落とした。他の兄弟も、守ると誓ったイズナも、殺したのは千手だ。アイツ等がいるから俺の兄弟は・・・!」
「・・・そうして恨み辛みが募って、次の戦に繋がるのでしょうね。とはいえ大切な人が殺されたら仕返ししたいと思うのが自然な感情。行動に移すのも貴方の自由。わたくしは菩薩ではないから、世界中の人間よりもまずはマダラと柱間、貴方方二人の無事を一番に願うわ」

この時代の深い仲はマダラと柱間の二人だけだ。戦は好きではないけど、マダラが仇を取りたいと思うならそれも仕方ないだろう。そうして殺し合って、それも果てになった時、今まで自分達が行ってきた所業を振り返ればいい。
失敗と成功を重ねて人間は成長していくのだから。

「あぁもう、暗い話はここまでにしましょう。それよりマダラ、そろそろ集落に戻った方がいいのではなくって?あまり長く開けていては示しがつかないわよ」
「あ、あぁ。・・・また来る」

話を逸らせて強制的に切り上げる。マダラは少々渋りながらもアリスに背中を押されて家を出た。

──────────

それからというもの毎回「うちはの集落に来ないか」と誘われるようになり、一日に一回来るようになると「うちはの集落に来い」という命令形になった。
最近のマダラは首を縦に振らないアリスに苛立ち気味だ。そして遂に彼の我慢が限界を超える出来事が起こった。


「アリス、何があった」

地を這うような彼の声が響く。アリスは困ったように笑って割れた窓と一部が荒れた部屋を見渡した。

「ちょっと、ね。どこかの一族から襲撃を受けて。まぁ数はそれほど多くなかったし、外からクナイを投げられた後すぐに制圧にかかったから被害は大きくないわ」

それより片付けが面倒よね、などと呟くアリスの声がマダラには届いていたかは分からない。

「・・・やはりお前を此処に置いておくべきではなかったな」

その無感情な呟きに、アリスは眉を顰めてマダラを見る。荒れた所を眺めていた彼と目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「マ、ダラ・・・いつも言っているように、わたくしはうちはの集落には行けないわよ」
「これ以上此処にいても危険なだけだ。大人しく俺についてこい」
「一族の人間が納得しないわ」
「する必要はないさ。何かある前に全て黙らせる」
「っいい加減にしなさい!貴方は多くの命を預かっている身でしょう!ご自分の一族を危機に追い込むつもり!?」

我慢できなくなった彼女が眉を吊り上げて怒鳴る。怒りを湛えた彼女も悪くないとマダラは口角を上げてみせた。

「そう怒るな。実はもうお前を迎える用意は済んでいる。あぁ、勿論お前の要望通り一族の反感を買うようなマネはしない」
「そんなの無理に決まっているわ。集落へ行けばどうしてもこの目と髪は目立つ」
「お前が奴等に会う必要はない」
「・・・マダラ、貴方何を考えているの」

何故だかとても嫌な予感がして自然と呼吸が浅くなる。じりじりと数歩後ずさればその分を彼が詰めてきた。
割れた窓は、あちらか。

「アリス、最後にもう一度だけ言う。──俺の下へ来い」
「断るわ、っ!」

言い終わった途端、アリスの立っていた所が音を立てて破壊される。外したことを特に気に留めずマダラは移動した彼女を振り返った。少し目を細めて此方の動向をうかがっている姿が目に入る。

「やはり速いな。攻め撃つのは骨が折れそうだ」
「貴方とは暫く距離を置いた方が良さそうね」
「それを俺が許すと思うか?残念だが目を合わせた時点で──」

昔とは違う模様が浮ぶ、赤く光る双眸。目を合わせたアリスは力なくその場に膝をついた。

「お前の負けだ」

肩で息をして、それでも尚自分に抗おうとする彼女が愛おしい。
歩み寄って手を伸ばしたところでアリスは再び顔を上げた。

「わたくしを、あまり甘く見ないでよね」

スッと目の前に出された起爆札。アリスは割れた窓から、マダラは先程自分が壊した穴から、それぞれが一瞬で抜け出した。直後爆発音が響く。
そのまま姿を眩ませたアリスにマダラは目を細めた。

「そういえばチャクラ量も抜きん出ていたな、アイツは」

相手の力を上回るチャクラで己のチャクラの流れを乱し、相手から主導権を奪取することで幻術は解くことができる。
とは言うが、まさか万華鏡写輪眼を退けられるとは思わなかった。少しアイツを嘗めていたようだ。

「本当に、追いつめ甲斐がある」

愉しげに薄ら笑ったマダラは彼女が逃げたであろう方向へ向けて地面を蹴った。

──────────

「(やだやだやだやだ!何なのよあれ!狂ってるわ!!)」

垣間見た狂気に呼吸をするたび喉がヒューヒューと音を立てる。心配だの守るだの聞かされてきたが間違いなく本人が一番危ない。最初の一撃は当たっていれば間違いなく内臓までグチャグチャ、一瞬見えた幻術は彼に首を掻き切られるところだった。
奴は自分をどうしたいんだ。
兎に角全力で森を駆けるも、体が言うことを聞かなくて中々スピードが出ない。

「っ、ぁ」

幻術の作用が残っているのか退けた反動か、視界が揺れて足場を踏み外した。上手くバランスを取って地面に降り立てばその顔に安堵が浮かぶ。
しかしそのまま地を走り出そうとしたところで、今度は困惑の表情が広がった。

「炎の壁・・・」

視線の先に広がる燃え盛る炎。抜け道はないかとそれに沿って移動するが、どうやら大きな円を描くように燃えているようだ。言うまでもなく火遁を得意とするあの男だろう。

水遁で消せるか──否、川から離れたここではうちはの火遁に対抗するには些か心許無い。
ならば土遁で地中を進むか?

「・・・良い案かもしれない」

土の中なら炎も届かないはず。
そう思って印を結んだ、ところで。ス、と後ろから首筋を通って頬を包まれた。心臓が大きく跳ねて息が止まる。

「土遁か。悪くない選択だな」

耳元で囁かれた瞬間、振り向きざまにクナイを振るうも軽く距離を取って避けられた。ほぼゼロ距離であのスピードだったというのに掠りもしないとは。
険しい顔のアリスと薄ら笑みを浮かべたマダラが対峙する。

「マダラ・・・わたくしには今の貴方が分からないわ」
「心配するな。俺が、全ての害からお前を守ってやる」
「話を聞く気もないのね」

アリスはこれ以上はもう無理だとキュッと目を瞑って大きく息を吐いた。意を決した表情で、一瞬でマダラから距離を取って印を組む。

「氷遁・氷結息吹」
「火遁・豪火球」

吹き出した吹雪のような氷と灼熱の炎がぶつかり合う。水蒸気で辺りが真っ白になった。
そこから抜け出そうとした瞬間黒い影が目の前に現れて咄嗟に体制を低くすれば、マダラの蹴りが頭の上を通って隣の木を破壊する。

「取り込んだことのあるチャクラ性質なら全て使えるというその能力も貴重だからな。そのうち狙われるやもしれん」
「ここまでやるのは相手が貴方だからよ。普通なら使わないわ」

そんなやり取りを体術でぶつかり合いながら続ける。が、力勝負には滅法弱いアリスは大分押され気味だ。距離を取りたいが隙がない。だから近距離戦には持ち込みたくなかったのだ。

「──っ、」

視界が悪い中、殺気で相手の位置を感知して攻撃を防ぐ。気配など微塵にも感じられない彼を見定めるにはそれが全てだ。相手は気配の感知にも優れているし写輪眼もあるというのに。
そんなことを考えていたら顔の横に蹴りが迫っていた。両腕で間一髪防御するも、力任せにそのまま飛ばされる。

「い、っう(腕を一本持ってかれた・・・)」

よろよろと立ちあがって嫌な音を立てた左腕を見下ろす。正面に顔を戻すと数歩先にマダラが立っていた。

「言ったはずだ、目を合わせた時点でお前の負けだと。写輪眼の幻術を解いたところで戦闘に回す力など残っていないだろう」
「そうね。幻術に掛かる前に、行動を起こすべきだったわ」

木に寄りかかって肩で息をする。嗚呼、目の前に広がる赤い瞳が綺麗だ。
「やっと手に入れた」と、アリスを抱きしめて笑みを零す彼の双眸には、やはり昔とは違う鈍い輝きが宿っていた。



愛するお前に錨草を
(錨草と書いてイカリソウと読むのですって)
(花言葉は“貴方を捕らえる”“君を離さない”)
(貴方の愛に殺されそう)

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