押して駄目なら押し倒せ | ナノ


ここに来て既に幾日かが経った。曖昧なのは時間という概念が薄れているからだ。朝も昼も夜もない、いつもほぼ同じ光度の室内。それを計るとしたら日に三回運ばれてくる食事のみである。
そんな終わりの見えない生活を、書物を読んで腕立て腹筋程度の運動をして湯あみをして。やることの限られる室内では頭を使うことも体を動かすこともままならず、自分が何なのか分からなくなってくる。

因みにマダラは日に何度か訪れる。何か用事がない限りここで過ごしているようだ。長居する気はないと言ったものの、今回ばかりは彼も本気なようで隙など微塵もない。
あぁそれと。あの日、マダラを水差しで殴りつけた日以来、彼に求められることはなくなった。恐らく日を追うごとに大人しくなっていく様子に、焦って枷をはめる必要はないと判断したのだろう。今の彼は恋情よりも“兎に角守らなくては”という心理が働いているから。
要するに自分の下で真綿に包んでおけば一安心ということだ。誰にも取られる心配はないし壊されることもない。全てが終わって下準備も済ませた後に正式に迎えてやれば万事解決である。

事実、彼のやり方はこの上なく良い手順を踏んでいると言えるだろう。元々守る側であり民草に生きてきた自分にとって守られて生きてゆくなど論外だ。しかしこの時代に来て守るものはなくなり、更には知識も力も必要ないこの鳥籠に閉じ込められた。となると自分が生きている意味は何か。
光が届かない場所では花は枯れるしかないように、捨てられた動物が外の世界では生きていけないように。民と力と知識。自分が存在するにはこの三つ無くしては成し得ないのだ。

だから彼の計画通りには動けない。じわじわと空間の侵食が進み気力も削がれていく中、どうにかして解放される方法はないかと考えていた。
しかし最近ではそれさえも億劫になりつつある。無気力、というのがピッタリだ。それでも自棄にならないのは、生まれとプライドがその末路を許さないからだろう。


そして“今日”もマダラが朝食を持って来たことで始まった。

「アリス、ここ数日あまり食べていないようだな」
「身体を動かすことがないもの。食欲も自然に落ちるわ」

淡々とそう述べて食事に手を付けるアリス。痩せたというよりも窶れたといった方が正しいその姿に、マダラは思い詰めた表情で箸を取る。

「・・・なぁ、何か欲しいものはねぇのか」
「わたくしが欲している物を貴方が用意できるとは思えない」
「なんでもいいんだ。お前の気が紛れるものなら。このままじゃお前まで手の届かないところへ行ってしまいそうで夜も碌に眠れやしねぇ」

ポツリポツリと零すマダラに、アリスは「そう」とだけ返して食事を進める。こうなっている辺り自分もそろそろ限界かもしれない。早くにどうするかを決めなくては。
そう思って食事を終えた後マダラに向き直った。苦手な正座をして。

「ねぇマダラ、やはりわたくしは守られるばかりというのは性に合わないわ。此処に来てからの自分を見ていて分かったの。自分を自分たらしめる要素が全て欠落した今、わたくしは“アリス”という存在を保つことが出来なくなったのよ。だから、ね、わたくしはもう──」

最後まで言う前に、鈍い音を立ててアリスが壁に押し付けられる。首を掴まれて苦しむ彼女は真正面にいる怒り狂ったマダラを見据えた。

「貴様まで・・・!貴様まで俺の下を去る気か!? 何のために此処に連れてきたと思っている!絶対にそんなことはさせねぇ!」
「無理ね。理由は分かるでしょう。わたくしは本来チャクラを保有しなくても生きていけるから、脳に直接作用する術でなくては操ることは出来ない。つまりお得意の写輪眼は通用しないということよ。貴方が選べる選択肢は次の三つ。まず一つ、わたくしを貴方の保護下から解放する。二つ、わたくしが此処で自ら命を絶つ。三つ、貴方がわたくしを殺す。これ以外はないわ。うちは一族のためにも、マダラのためにも、そしてわたくし自身のためにも、貴方にはこの選択肢から選んでもらう」

無情に響くその声に、マダラはギリと歯を鳴らした。
この女はどうあっても自分から離れていくつもりらしい。だがそんな事許すものか。漸く守りきることが出来そうなのに。
外の世界にいた弟たちは死んで、自分の保護下にいるアリスまで死んでしまうとなっては、一体どうやって大切な人を守れというのか。

「どの選択肢も却下だ。お前は俺の下で安全に生きていればいい」

低く唸るように言ったマダラは、アリスから手を離すと食器を持って地下を出ていった。

「・・・欲しいもの、ね。ものではないけれど、柱間とマダラとわたくしの三人で、昔見た夢を叶えたかったわ・・・」

──────────

それからというもの、アリスは食事をとることを止めた。無理やりにでも食べさせようとする彼を振り切り、胃に入れたとしても自然と戻す。すっかり拒食症になってしまった彼女は言うまでもなく体力が落ちて、日がな一日布団に身を起こして読み物に耽っていた。

「アリス、なんでもいいから食べろ。お前がいなくなっては俺にはもう何も残らねぇ」
「貴方には貴方を慕う一族がいるでしょう。これからは、わたくしとイズナに向けていた愛情を一族に注ぎなさい」
「そういうことじゃない。分かるだろう。直系血族に対する想いとそれ以外の血族に対する想いとでは差がある。そしてお前もまた特別な存在だ。お前とイズナに向けていた想いは一族の人間に向けるものには成り得ない」
「それでもこの先一族の存在が貴方の生きる意味になる。自分を失って空っぽになり消えて逝くわたくしではなく、これからも栄えるであろう一族の命を守ってほしい」

痩せ衰えてなお強い意志の宿る双眸がマダラを捕らえる。彼は悔しげに唇を噛みしめてアリスを抱き寄せると大きく息を吸って吐いた。何故大切な人はいつも指の間からすり抜けてしまうのだろう。

「・・・さっさと子を生(ナ)しておけばよかったな。そうすればお前は俺から逃げることも死に急ぐこともなかった」
「あとから後悔しても仕方のないことよ。それに、どの道子を生したとしても一族の人間に認められるわけではないわ。いづれ貴方はどこぞの一族の女性と身を固めなければならない。情ではなく血で繋がって、戦を減らしていくのよ。わたくしと共にいることは貴方のためにならない」

マダラは何も言わず、アリスの首元に顔をうずめた。

──────────

「珍しく来ないわね・・・」

本を読んでいたアリスは不意に顔を上げてそう呟く。誰がって、勿論マダラがだ。毎日時間が空けばやってくるのに昨日からは何故か来ていなかった。
外の状況を教えてくれない彼だが、最後に見たとき妙に殺気立っていたからもしかすると戦に行っているのかもしれない。
それならば大きな怪我をすることなく無事に帰ってきてほしい。強く願いながら、アリスはゆるりと天を仰いだ。


さてはて彼女の読み通り外の世界でマダラは戦っていた。相手は因縁の深い千手だ。
マダラは須佐能乎を、柱間は木遁を駆使してぶつかり合う。森を消し飛ばし大地を抉る戦いは一日続いて終息を迎えた。
地面に背を付けたのは、マダラである。

「──なぁ、もうこんな戦いは終わりにしないか。俺達は約束したじゃないか。いつか理想の里を作るって。また昔みてぇに、水切りできねぇか、一緒に」
「そりゃ無理ってもんだぜ。俺とお前は、もう同じじゃねぇ。・・・今の俺にはもう兄弟は一人もいねェ。惚れた女も守りきれねェ。それに、お前等を信用できねェ・・・!」
「どうすれば、俺達を信用してもらえる」

柱間の静かな問いにマダラは空を仰いで考える。そうして出した条件が、弟を殺すか、柱間が自害するか、だ。
周りからの非難の声を制した柱間は体を覆っていた鎧を脱ぎ捨てた。クナイを手にして扉間に向かい合う。

「良いか扉間、俺の最後の言葉としてしっかり心に刻め。俺の命に代える言葉だ。一族の皆も同様だ!──俺の死後、決してマダラを殺すな。今後、千手とうちはは争うことを許さぬ」

全員に強く言った柱間はクナイを己に向けて構える。「さらばだ」と、そう言葉を残して腕を引いた。

──柱間とマダラとわたくしの三人で、昔見た夢を叶えたかったわ

いつか微かに聞こえた声がマダラの頭をよぎる。潮時かもしれない。体を起こしたマダラがパシリと柱間の手を取った。柱間も扉間も、その場にいた全員が驚いた表情で彼を見つめる。

「もういい・・・。お前の腸は見えた。あいつのためにも、先程の約束とやらを守ってやる」

起き上がるのも辛そうなマダラだが、その顔には確固たる決意が満ちていた。柱間の表情が明るくなる。と、ここで話を聞いていた扉間が口を開いた。

「おいマダラ、兄者と手を結ぶのは良いが、あいつとは誰だ」
「まさかアリスか?さっき出てきた惚れた女ってのもそうだろう!もうずっと会ってねぇからな。今は何処で何をしているか・・・」
「あいつなら俺の家の地下にいる。柱間、迎えに行くぞ」
「ちょっと待てどういう意味だ。お前アリスのことが好きすぎて監禁でもしたのか?」
「少し違うが大体合っている。千手とうちはが手を結んだと聞けばあいつも喜ぶだろう」

久しぶりに笑った顔が見られそうだ。
そう言って立ち上がったマダラは柱間についてくるよう促した。

「兄者!まさか今からうちはの集落へ行く気か!?」
「久しぶりに旧友が揃いそうだからな。それにあいつも籠の鳥になってウンザリしているだろう」
「なりません頭領!マダラの策だったらどうするのですか!?此処にいる全員、頭領も含めて疲れ切っています。もし集落に入った瞬間取り囲まれでもしたら・・・」
「せめて傷を癒して、それなりの人数を連れていくべきです!」
「俺はマダラを信頼している。心配しないでお前達は先に戻っているといい。扉間、来るか?俺の古くからの友人でありマダラの想い人が見られるぞ。まぁ過去に一度だけ会っているがな」

笑ってそう言う柱間に、扉間は深く息を吐いた。こうなってしまってはこの兄は止まらない。自分は愚痴を言いながらもついて行くしかないのだ。
三人は千手を集落へ帰し、残った数少ないうちはを連れて帰路についた。

「なぁマダラ、いつからアリスを住まわせているんだ」
「少し前だ。およそ一月の説得の末、少々強引に連れてきた。だがそれからは衰弱していく一方でな。先日とうとう食事を抜き始めた」
「あいつも人の上に立つ性質だ。空を飛ぶ羽根を毟られちゃ生きる気力もなくなるだろうよ」
「お前に惚れられるとは、その女も災難だな」
「うるさい。冷血漢のお前よりはずっとマシだ」
「監禁までしでかす男が俺よりマシ?ハッ、ありえん」

意外と相性の良いらしいマダラと扉間の喧嘩を、柱間は朗らかに笑って見ていた。

──────────

一方のアリスはやはり布団の上で書物を読んでいた。あまり進んでいない様子の彼女の頭にあるのはマダラのことで、いくら自分をこんな状態まで追いつめた張本人とはいえ二人しかいない親友のうちの一人なのだ。心配にならない訳がない。
今頃どうしているだろうか。怪我をしていないだろうか。全力を出せているだろうか。
尽きない不安を抱えて一人悶々としていたところ、ふと外に通じる扉の向こうが騒がしくなったことに気付いて書物を閉じる。

「マダラ・・・ではないわよね。騒がしいし」

怪訝な表情で考えていたところで、視線の先の扉が勢いよく開かれる。一番に飛び込んできたその人の姿にアリスは目を見開いた。

「は、柱間!?」
「久しいなアリス!いやいや少し見ない間に随分と綺麗になった」
「はぁ・・・」
「兄者!俺を置いて先に行くな!何かあったらどうする!」
「柱間ァ!俺のアリスに触るんじゃねぇ!」
「いでっ!酷いぞマダラ・・・」

いきなり三人の男が入ってきて喧嘩のようなやり取りを始めるものだから、アリスは訳が分からず固まった。数秒後、何とか持ち直した彼女は改めて三人を見渡す。

「取り敢えずマダラはお帰りなさい。それとわたくしは貴方のではないわ。柱間は久しいわね。元気そうで何より。それと・・・貴方は千手扉間かしら。大きくなったわね」
「あぁ、昔は迷惑をかけたな。そして現在進行形で兄者が迷惑をかける」
「俺か!?」
「気にしないで。慣れているから。それより何故千手の二人が此処にいるの?うちはの本拠地でしょうに」

ゆるりと首を傾げる彼女はマダラに目を向けた。いつもより元気なその様子に彼の表情も和らぐ。
戦場では決して見られない光景を目の当たりにした扉間が奇妙なものを見る目をマダラに向けていたことに、柱間は小さく苦笑いを零した。

「アリス聞いてくれ。千手とうちはが手を組むことになった。昔言っていた夢が叶うぞ」
「、うそ・・・」

呆然とした彼女の呟きに、マダラは「嘘じゃねぇ」と言葉を重ねる。それでも信じられなくてアリスは千手兄弟に視線を移した。

「ハハッ、アリスの驚いた表情は珍しいな!だが本当ぞ!千手とうちはは近いうちに正式に手を組む。昔見た夢への第一歩が漸く踏み出せるんだ」
「そういうことだ。間違いない」
「・・・本当なのね。千手とうちはが・・・」

少し俯いて嬉しそうに泣き笑いするアリス。マダラは彼女をそっと抱きしめて安堵の表情を浮かべた。
集落が出来れば、もうアリスを衰弱させるだけのこの場所に閉じ込めておく必要はなくなる。柱間と協力してアリスの存在を両一族に認めさせて、彼女が立つべき地位に据えてやることができる。日の下で笑うアリスはさぞかし美しいだろう。


後日、大勢の千手とうちはが集まる中、双方の長である柱間とマダラが握手を交わした。アリスはその手を包み込んで二人の間で嬉しそうに微笑む。
こうして昔から夢見ていた木ノ葉創立への一歩が踏み出されたのだった。



旧友揃いて
(いつか見た夢を再び)

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