4-1 ──連続殺人が起こっている。どうやら1級呪霊が人に憑いたらしい。すでに七人の死亡者と多数の怪我人が出ている。早急に被呪者を保護、状況によっては抹殺も許可する。 そんな任務が五条に下された。 厄介なのは人に憑いているという点だ。 人の中に潜んでいる状態だと見つけづらく、特定できても祓うのが難しい。最悪憑いてる人間ごと止めを刺さなければならない。 「(さて、どこに隠れていることやら)」 自分なら視ればわかるだろうから、と取り敢えず今までの被害情報から人の目が届きにくい場所を回っていた。 たとえ呪霊が人に潜んでいようとも、その憑かれた人間が建物の中にいようとも、近づけば呪力を感知してそこから探し出せる。 適当にブラブラして数十分── 不意に、何とはなしに違和感があると感じる神社を見つけた。 興味を持った五条は任務の途中ではあるが気になって足を向ける。 三が日に人がごった返すような大きい所ではないが古くからありそうな厳かな神社。 特有の静けさの中を砂利を踏む音を鳴らしながら歩いていくと、箒で地面を掃く音が聞こえてきた。 遠くで巫女が落ち葉を掃いているのが見える。 「(・・・あ、この呪力。相変わらず気付くのが遅れるなぁ)」 覚えのある呪力を感じて近づいていけば、砂利を踏む音が聞こえたのか相手が顔を上げた。 「あれ?五条さん?」 「やぁ雲雀。この神社だったんだ。巫女さん姿初めて見た」 アプリでちょくちょく連絡は取るが(主にスイーツ談義)会うのは久しぶりだ。 掃除の手を止めた雲雀は少し驚いたような表情のまま体を五条に向けた。 「どうしたんですか?うちの神社に何か・・・?」 「いや・・・ちょっと立ち寄っただけだよ。雲雀さ、変な奴とか見てない?」 「変な奴、というと・・・霊的な意味でですか?」 ゆるりと首をかしげる雲雀。 話が早くて助かる。 「そう。最近さ、連続殺人起きてるじゃん?」 「テレビでひっきりなしに報道されていますよね。犯人については調査中って言うばかりで何も分からないですけど・・・もしかしてあなた達関係の事案です?」 「そういうこと。人に憑いた呪霊がやらかしてるんだよ」 「・・・私、ただの巫女なのでそちらの事情話されても」 「少なくとも"ただの巫女"じゃないから大丈夫」 二人ともがニッコリ笑って見つめあう。 しかし先に雲雀が表情を崩して、困ったように眉を下げた。 「残念ながらと言うべきか幸いと言うべきか・・・この神社はいつも通り平和ですよ。怪しい人も怖い幽霊も見ていません」 「そっかー。人通りの少ない所に出るみたいだから雲雀も出歩く時は気をつけてね」 きっと雲雀は視えるだろうから会ったら襲われる可能性が高い。しかも相手は一級だ。 割と本気で心配する五条の気持ちは露知らず、雲雀は「五条さんも気を付けてくださいねー」と緩く心配している。 「大丈夫、僕最強だから」「油断大敵って言葉もありますよ」なんて、そんな会話をしていたところで──急に、五条がハッとして厳しい顔つきになった。 神社の入り口の方向を睨んでいる様子に雲雀は訝し気に彼を呼ぶが、五条は「気を付けて」と目を外さず警戒も解かない。 そのあと少しして彼が睨む方向から砂利を踏む音が聞こえてきた。 しかも随分焦ったような足取りなものだから二人は何事かと集中する。 ──神社に駆け込んできたのは一人の男性だった。頬や目元が窪み痩せこけた見るからに不健康な男。 五条はそんな男を見て「あいつか」と小さくつぶやいた。 対する雲雀はその異様な容貌と必至な形相に心配気な目を向ける。 走ってきた男は巫女姿の雲雀を見て希望を見つけたような表情になり、「すみません!」と声を上げながら二人のもとに向かってきた。 小さく舌打ちをして構える五条だが、雲雀がそっと手を添えて制止する。 「雲雀、危ないから──」 「困っているようですから。まずは話を聞かないと」 「話なんて聞く必要ないってば」などと抗議する五条だが、雲雀はお構いなしに「どうされましたか?」と走ってきた男に声を掛けた。 「この神社、厄払いで有名だと聞いたんですけど・・・すぐに出来ませんか!」 「大丈夫ですよ。とりあえず話を聞きますのでこちらへどうぞ」 「どうかお願いします・・・!俺・・・こんなつもりじゃ!」 ひどく取り乱した様子の男。 雲雀はそんな男の背をさすりながら「大丈夫ですよ」と声を掛けて祓殿へ案内していった。 五条も警戒しながら後をついてくる。 「時間がなさそうなのでお祓いは私が務めさせていただいてもよろしいですか?」 「どうにかしてくれるなら誰でも・・・!」 「ありがとうございます。これでも評判はいいので任せてくださいね」 「(なーんでこんな余裕かなー。あ、呪霊潜んでるから分からないのか。一級だよ?そこら辺にいる雑魚とは違うんだよ。まぁ僕がいるから最悪の事態にはさせないけどさ)」 少し歩いて畳が敷き詰められている広い建物に入った。 座布団を敷いて、向かい合って話を聞く体制を整える。 「さて、ではまずどういった状況なのか教えていただいてもよろしいですか?」 「・・・二週間ほど前のことなんですけど、」 勤めている会社で酷いパワハラと長時間労働があって自殺を考えていたのだが、通勤中に電車に飛び込もうとした直前に化け物に声を掛けられて「助けてやる」と言われた。 明らかに危ない奴だと分かったが、今の状況から逃れられるという淡い希望と、自殺直前で判断能力が落ちているということもあって、化け物の言葉を受け入れてしまったらしい。 化け物にすべてを話して、そして気付いたら酷いパワハラを受けていた上司が目の前で死んでいた。 その後も度々意識の主導権を握られて、一人、また一人と人殺しをしているのを自覚して、とんでもない奴を受け入れて憑かれてしまった。とようやく正気になった。 ──とまぁ、男の話をまとめるにこういうことらしい。 「(ううん・・・この呪霊、完全に被呪者に根付いてるな。引っぺがすのは難しいか)」 雲雀と男が話しているのを、五条は静かに観察していた。 出来ることなら男と呪霊を分裂させて呪霊だけを祓いたかったが、どうやら深くまで根付いているようで最悪の選択をしなければならなさそうだ。 五条自身は呪術師として割り切れるが、雲雀はどうだろうか。 呪霊を祓うことはあろうとも、呪霊もろとも人間を殺したことは流石にないだろう。 やるとしたら彼女の目が届かないところに移動しないといけない。 彼がそんなことを思案している間にも雲雀と被呪者の話は進んでいて、ではそろそろお祓いしましょうかというところまで来たらしい。 「で、雲雀。どうやって祓うの?」 いつも纏ってるその術じゃ一級は祓えないけど。そもそも被呪者に潜んでて呪霊だけ祓うのが無理なんだけど。分かってる? 何か考えはあるのかと五条がひっそりため息をつく。 対する雲雀は「まずはですね」と被呪者に目を向けた。 「あなたに憑いてる呪霊とお話できますか?」 「「は?」」 被呪者と五条の言葉が被った。 何言ってるのこの子、と言いたげな二人の視線もなんのその。 もう一度「できますか?」と首をかしげる雲雀に、被呪者は戸惑ったように目を彷徨わせた。 「どうでしょう・・・いつも向こうからコンタクトがあるばかりで」 自分の意志で表に出すことができるのだろうか。と被呪者も悩みだしたところで、彼の体が脱力したようにダラリと座ったまま項垂れた。 その瞬間、五条が素早く雲雀の腕を掴んで後ろに下がらせる。 「ちょ、五条さん」 「奴さん、話に乗ってくれるみたいだよ」 [ back ] |