綿菓子みたいな | ナノ

2

その日、五条は任務の帰りに人通りの多い繁華街に来ていた。
任務はなんてことない、一級を祓うだけのもので。

こんなの僕が出るほどの呪霊じゃないじゃん。なんて愚痴を零すも万年人手不足のこの業界。
手、空いてるだろ?"例の術師"にも遭遇できるかもしれないから行ってこい。とかなんとか言われて駆り出された。

「"例の術師"に遭遇できるかも、なんて言われてもなぁ・・・」

"例の術師"

数年前から東京を中心に登録済みの呪霊が消滅することが度々あった。
不審に思って調査するも、残穢が残っていることからおそらく呪術師であろうということくらいしか分からずじまい。
呪霊がいなくなるのは良いことだが原因不明というのは看過できず、しかしあまりにも進展のない調査に早々に痺れを切らした上層部が五条に丸投げしたというのが経緯だ。

面倒事押し付けんなよ、なんて文句を言いながらも引き受けたのは、有望な術師を上層部よりも先にこちら側に引き込んでおきたかったからである。
もっとも、呪術師ではなく呪詛師や呪霊の可能性もあるが。
結局今回の任務では何事もなく呪霊を祓ったため"例の術師"など影も形もなかった。

まぁ場所はランダムだし頻繁に祓われているわけじゃないから鉢合わせする可能性は低いよね。

いつ会えることやら、などと考えながら人混みを歩く。
ついでだからテレビでやっていた話題のパンケーキでも食べていこうかと遠くに見えるお店に足を向けた。

──その、道中。

ふと違和感が生じた。
それも五条が行こうとしていたパンケーキ店から。

報告にはなかったけど新しく発生した呪霊かな。

この感じじゃ強くなさそうだと五条は何ら気にせず店に──入ろうとして、視界の端にちらついたテラス席が気になって足を止めた。
顔を向けて、席に着く一人の女性を見て「おや」と布に隠れた目を見張る。

一瞬呪霊かと思った。

そう間違えてしまうくらい濃くて強い呪力を纏う人間だった。

この自分が、この距離まで気付けなかった事があり得ない程に。


じ、と数秒間彼女を見つめた五条は、店に入って店員にこう告げた。

「すみませーん、待ち合わせしてるんですけどぉ」

──────────

「こんにちはー!相席いいかな?」

五条が明るく声を掛けながら向かいの席に座れば、パンケーキを美味しそうに頬張っていた女性が驚いたように顔を上げる。

ううん、見た目は普通の女の子なんだけど。
やっぱり纏っている呪力、というより術が異様すぎる。
でも自分を守るための術みたいだし、こんな術を覚えなければ外を歩けないような怖い思いをしてきたのかもしれない。

とりあえず悪い子じゃなさそうだ。と判断した五条。
対する彼女も彼をじっと見ていて、数秒の後戸惑ったように緩く辺りを見渡した。

「あの、席、ほかにも空いてますけど・・・」
「うん。でもお互い一人だし丁度いいでしょ?」
「いやどこら辺が丁度いいんですか」
「あ、すいませーん!ベリースフレパンケーキお願いしまーす!あとホットコーヒーも」
「えっ、ちょっと・・・!」

女性の控えめな抗議も何のその。
オーダーを通してしまったため席を移動するわけにもいかなくなり、女性と五条の相席が決定してしまった。

未だに頭に「?」をいくつも浮かべている様子の女性に対し、五条はテーブルに肘をついてニコニコと彼女を見ている。

「あの、なんでここ座ったんですか」
「ちょっとお話してみたいなぁって。あ、僕五条悟。君名前は?」
「八雲雲雀です、じゃなくて・・・!」
「雲雀ね。よし、自己紹介したから僕達お友達」
「えっ、距離の詰め方」

コミュ力お化けかな、と小さくつぶやく彼女に、五条は「素では案外ノリのよさそうな子だな」と雲雀の印象を追加する。
何はともあれ気になるのは彼女の力だ。

「ねぇ、これ凄いね。入ってきた奴ら片っ端から蒸発するんじゃない?」

雑魚はもちろん、四級と三級──二級はギリ祓えるか否かってところか。
それ以上の強い奴には、この術の呪力に近い力を持ってる奴程、自分の存在を認識しづらくなる術式を施している。

「ううん?えっと、」
「かなり印象に残る術だけど東京校じゃ見たことないから京都校の人かな。これだけの術を常時展開できるだけの実力を持ってるなら僕の耳にも入ってきそうなんだけど、全然知らなかったからさ。つい声を掛けちゃった」
「はぁ・・・」
「こっちには仕事で来たの?」
「仕事というか趣味兼副業ですけど・・・ブログでここのパンケーキの記事を書こうと思って」
「・・・うん?」

互いが互いの発言にハテナを飛ばす。
数秒思考を巡らせた五条は、まさかコイツ呪術師じゃない?という考えに至って、しかしすぐに「まさかそんなはずは」と自分の仮定を否定した。

だって、これだけの複雑で強力な術を使える才能があるなら小さいうちに呪術界の誰かしらの目に留まるに決まっている。
じゃあ術師ということを隠している?いや一般人相手じゃあるまいしそんな必要ない。
呪詛師なら分かるが・・・これだけの実力があるならやはり耳に入っているはず。

「・・・あの、どなたかと間違えていませんか?」
「そんなわけないじゃん。君さ、視える人だよね」
「えっ、まさかオニーサン視えちゃいけない人・・・?私幽霊と喋ってた・・・?」
「いや僕じゃなくて」
「大丈夫、話なら聞きますよ。私、これでも神社のお手伝いで巫女やってるんで。成仏の助けになれば・・・」
「え、マジ?」
「はい、マジです」

ちなみに二人が発した「マジ」という言葉。
五条の方は「マジで視えてないの?」という意味で、雲雀の方は「マジで神社で働いています」という意味だ。

「いやー嘘だろ」とジトッと雲雀を見つめる五条に、彼女は「今まで苦労されてきたんですね」と労わる目を向ける。
何か心残りがあるのかとさっそく話を聞く体制をとる様子に五条はどうしたものかと頭を抱えた。

「うーん・・・まずね、先に訂正しとくけど僕幽霊じゃないよ」
「えっ、そうなんです?」
「うん。だってほら──」

「おまたせしました。ベリースフレパンケーキとホットコーヒーでございます」

「──ね?君以外にも見えてるでしょ?」
「ホントだ・・・そういえば注文も取れてた」

運ばれてきた皿が五条の前に置かれて、コーヒーにシュガーポットから砂糖を入れているのを見てようやく雲雀は肩の力を抜く。
誤解が解けたところで五条はパンケーキを頬張り再び彼女を見ながら考察を始めた。

「(うーん、これだけの呪力持ってて視えてないなんてあり得ないし、こんな複雑な術式 無意識に構築できるわけないんだけどなぁ)
 ・・・天然結界とかそういう類?」

いやいや漫画でしかみたことないわ、と大きく息を吐く五条。
雲雀はそんな彼を見て小さく首を傾げた。

「えっと、五条さん?ってもしかして視える人ですか?大丈夫ですよ、神社勤めなんで視えるという人を否定したりしません」
「あー、うん。ありがとう・・・」

そうじゃないんだよなぁ、と小さくぼやく五条。
視えないなら視えないままのほうが幸せかもしれないが、万年人手不足の業界だし保守派の連中が牛耳るこの状況を変えるには外からの新しい風も必要だ。
それにこれだけ呪力があると見つかった場合良いように利用されたり抹殺対象になったりする可能性がある。
それを考慮すると、やはり自覚させたほうが後々彼女のためになるはずだ。

「(とりあえず要観察かな)」

急いては事を仕損じるというし、もう少し仲良くなってから詳しい話をしよう。
視えないふりをしているという可能性もまだ捨てきれない、というか高いし。

五条がそう結論をつけるころには雲雀は自分のパンケーキを食べ終わっていた。
御馳走様と手を合わせて帰る準備をする彼女に五条はスマホを取り出す。

「ね、ID教えて。僕も甘いもの好きだしまた一緒に食べに行こうよ」
「すみません不審者に連絡先教えるなと教えられてるんで・・・」
「"視える"僕の話を聞いてくれるんでしょ?巫女の雲雀チャン?」
「ぐっ・・・わかりましたよ」

小さく息を吐いてバッグからスマホを出す雲雀。

IDを交換して一言二言交わして、今度こそ席を立った。


──────────


「(いろんな意味でヤバいのと出会っちゃったな・・・)」

自分の名前を反射で答えてしまった時から、雲雀は気付いていた。
この男が霊的な意味でヤバいことに。
よく分からないけど第六感が告げていた。碌なことにならない、と。

「(なんで私に気付いたの。時々呪力持ってる人見かけるけど皆多少の違和感は感じても気付かずに通り過ぎてくのに)」

あと目元の布は突っ込んでいいのだろうか。
動きを見るに盲目には見えなかったけど。

何にしても。

「(同類(視える人)と知り合えたってことはちょっと嬉しいかも。甘いもの好きみたいだし気が合いそう。良い人だったらいいなぁ)」



この日から、雲雀と五条は主にスイーツ関係の情報交換で時々連絡を取り合うことになる。


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