10-2 「やぁ、派手にやられてるねぇ。大丈夫ー?」 スキマをくぐってやってきた五条は雲雀が絆創膏やらガーゼにまみれているのを見て笑いながら身を屈めた。 しかし無理やり口角を上げたような表情に、雲雀は申し訳なさそうに「忙しいところすみません」と頭を下げる。 笑みを消して溜息を吐いた五条が首を振った。 「呼び出されたことは全然気にしてないよ。ただ、こんな怪我を負う前に呼んでほしかったとは思うかな」 「連絡が入ったのが昨日でしたし、こんなことになってるとは思わなかったので・・・」 「ハイハイ。言い訳はいいから。じゃあまずコトリバコ預かるよ。年頃の女性が持っていていい物じゃない」 コトリバコを手を差し出して渡すよう促す。 しかし彼女が「これは私が貰います」と言ったものだから、五条は盛大に顔を顰めた。 「なんで?これが何なのか分かってるよね?」 「もちろんです。むしろコトリバコが効果を発揮するからこそ、その呪いを逆に取り込んで私の力にしてしまおうと思いまして」 「はぁ?意味わかんない。コトリバコの中でも一番危険なハッカイだよ?取り込む前に呪い殺されるって」 「大丈夫ですよー。私こういうのに耐性あるので心配ないです」 雲雀はそういってスキマを開いたかと思ったらその中にコトリバコを放り込んだ。 「あっ!」と声を上げてそれを見送った五条が、額に青筋を立てて彼女の両頬を引っ張り上げる。 「出して。今すぐ出して。それか耐性あるっていう根拠を僕が納得できるように話して」 「い、いひゃいれふ・・・!」 ギリギリと容赦なく引き延ばされる頬に雲雀は五条の腕を連打してギブアップを訴える。 ようやく離れた手に肩の力を抜いて、布越しの鋭い視線から逃れるように頬を摩りながら目をそらした。 「その、詳しくは言えないですけどそういう家系なんですよ。えっと、呪いに強い、みたいな・・・」 「ふーん、へー。それで僕が納得するとでも?え?」 「うっ・・・うぅ〜、五条さぁん・・・」 妖怪の血が入っています、なんて呪術師相手に言うことができず、困り果てて弱弱しく五条を呼ぶ。 雲雀の揺らいだ瞳に見つめられた五条はグッと言葉に詰まって数秒見つめ合った後、苛立たし気かつ呆れたように息を吐いた。 「あーもー・・・分かったよ。詳しいことは聞かないしコトリバコも君に任せる。その代わり状況は逐一報告して」 コクコクと何度も頷いた雲雀に渋々この話を終わらせることにした五条。 まだ隠していることがある様子ではあるが、今優先するべきは今回の事件の後始末だ。いつまでもこの件だけにこだわっている場合ではない。 「そういえば宮司は?この状態の雲雀を置いてどこいってるの?」 「まだ結界を張った部屋にいますよ。何があるか分からないので帰るときに迎えに行こうと思いまして」 「え?」という五条の声が零れた。対する雲雀も「はい?」と首をかしげる。 何かおかしなことを言っただろうかと見上げる雲雀に、五条は少し真剣な表情で口を開いた。 「じゃあその怪我、誰に処置してもらったの?腕吊ってるってことは骨折とかヒビ入ってるんだよね?背中もガーゼ張ってあるし、一人じゃ無理じゃない?」 目ざとく不審なところを指摘した五条に雲雀は感心したように「わぁ、流石鋭いですね」などと称賛を口にする。 五条は続けて足首も固定していることを指摘して、固定越しに見ても酷いのに歩き回っていたのかと咎める目を向けた。 「それがですね。実は先ほどまで術師の友人がいたんですよ。その人にここまで連れてきてもらって応急処置もしてもらいました」 「雲雀、呪術師の知り合い僕以外にいたの?初耳なんだけど」 「元呪術師だそうです。やめた理由が恥ずかしいから同僚には顔を合わせづらいと言って先ほど帰りました」 夏油の言っていたことを疑わず自然な様子で事情を語る雲雀に、五条も納得したような声を零した。 珍しいことではない。仲間が死んだとか自分が死にそうになったとか凄惨な現場に耐えられなくなったとか。そういう理由で呪術師を辞めるのは。 「そっか・・・そっかー」 呪術関連の知り合いが自分だけだと思っていた五条は少し残念そうに眉を下げた。 何故落ち込んだ声色になってしまったのか分からない雲雀はなんと声を掛けようか首をかしげて考える。 「えっと、普通に五体満足でしたし病んでる様子もなかったですよ。話しやすくて優しくて気が利く良い人です」 「あぁうん、それは良かった・・・。・・・一応聞くけどその人って女だよね?」 「いえ、男性ですよ」 「は?男?」 当たり前のように同性かと思っていた五条があからさまに顔を顰めて嫌悪感を出す。 しかも重ねて聞いたところ彼女より少し年上の独身。 雲雀の様子からしてその男の評価はかなり高いようで、五条の心の内は穏やかではない。 「・・・ふーん。雲雀は僕よりもそいつを頼ったんだ」 「たまたま居合わせたからですよ。まだ会うの二回目ですし」 「その二回目の男に体触らせたわけ?」 見るからに機嫌の悪そうな彼に雲雀は困った表情を浮かべる。 そういえば彼は家柄がいいから男女の距離に厳しいところがあるのかもしれない。そんな風には見えないけど。 五条は不満いっぱいな表情のまま腰を落として、椅子に座る雲雀の手を取った。 「次から何かあったらまず僕に連絡すること。というか動く前に報告すること。あと僕以外の男に体触らせるの禁止!約束してくれたら今回のことは許してあげる」 「わぁ、理不尽」 「ほっといたらフワフワどっか飛んでっちゃいそうだし。本人も気づかぬ間に呪霊やら男やらにパックリ食われてそう」 「五条さんの私に対するイメージが酷い・・・」 控えめな抗議は当然のように聞き入れられなかった。 「とりあえずこの話はあとにして帰る準備しようか」なんて勝手に話を変えて立ち上がった五条がスマホを取り出して伊地知にこの事件の後始末と迎えの指示を出す。 一方的に話すだけ話して電話を切って、雲雀を横抱きにした。 驚いて声を上げたら「なに?知り合ったばかりの男は良くて僕は駄目なの?」と謎の対抗心をぶつけられて、雲雀は首を振って大人しく腕に収まることになる。 「あ、そういえば雲雀、今回は泣かないの?」 「もう泣いたので大丈夫ですよー」 「あ゛?」 オトモダチ(男)の前で号泣したことを勘付かれて物凄いガンを飛ばされた。 その後は迎えに来た車に三人乗り込み、宮司を家に帰して雲雀は高専で治療を受けることになった。 無論今回の事件は高専の方で処理されるため、明るみに出ることはない。 ※※小話※※ ─雲雀─ 夏油さんすごい良い人。 術式開示できる日も近いかもとか考えちゃってる。 五条さんはなんでそんなにオコなの? 鈍いわけじゃないけど五条の性格があんなだから嫉妬という答えが出てこない。 ─夏油─ 実は今回のコトリバコ事件の黒幕。 信者の伝手でコトリバコを動かして彼女をおびき寄せた。 最後の呪霊も彼の手持ちで、襲わせて助けて雲雀の信頼を得る作戦。 術式は教えてもらえなかったけど時間の問題だろうからと焦らず身を引いた。 結果更に雲雀からの評価が爆上がり。この子チョロいなぁ。 ─五条─ は?オトコ?聞いてないんだけど。 ちょっと二人きりでお話ししようか。言葉で会話するか体で会話するか、どっちがいい? そう思ってたら伊地知から任務のご案内が来た。マジビンタ。 彼女とはまた今度ゆっくりたっぷり話し合うことにしよう。 自分が知らない間に誰かに喰われそうだと割と本気で心配している。 [ back ] |