綿菓子みたいな | ナノ

10-1

その日雲雀が宮司について向かったのは、とある県外の神社だった。
八雲家を知っている数少ない家系の一つが助けを求めてきたのは昨日のことで、なるべく早い日にちで空いてる日はないかと連絡が来たのだ。
余裕のない様子に宮司はただ事ではないと察して翌日の約束を取り付け、そして今日、その神社に来ている。

強力な呪物が流れてきたから手を貸してほしい、ということだったため二人とも警戒しながらやってきたのだが。
雲雀達が見たのは禍々しい呪力が満ちてあちこちが破壊された神社だった。
何事かと様子をうかがいながら境内を歩いていると、多量の血を流して死んでいる巫女を見つけて足を止めて絶句する。

「・・・これは、人の仕業ではないね」
「そうですね。呪物があるという話でしたから、それが別の呪いを呼んだのかもしれません」

この様子だと神社の者は全滅である可能性が高い。
強力とは聞いていたが、こんなことになっているということは想定よりもかなり強い呪物だろうと予想がつく。
見てしまったからには警察に届け出なければならないが、それは呪物を回収して呪霊を祓ってからだ。
今通報したら駆け付けた警官や救急隊は間違いなくここに蔓延っている呪霊に殺られる。

「まずは境内のどこかにある呪物を探そうか。・・・大丈夫かい?」
「・・・はい、なんとか。やはり訪問を予定していたので社務所でしょうか」
「そうだね。雲雀ちゃん、危険な事を任せてしまってすまないが頼むよ」
「もちろんです」

こうして奥へ進んだ雲雀達だが予想通り力のある呪霊に大分苦戦させられた。
雑魚は自身の周りに展開している結界でどうにかなったものの、祓うのがギリギリなくらい強い呪霊もちらほら。
高齢の宮司を駆け回らせるわけにもいかなくなり、社務所に着いたところで小さい部屋に結界を張って宮司を置いてきた。
それからは境内のあちこちを走って、結界では祓いきれない呪霊と交戦しながら呪物を探し回る。

一等凶悪な呪力を放つ呪物を見つけたのは、社務所ではなく祓殿だった。

ようやく見つかったそれに大きく息を吐く雲雀の体には交戦中に負った数えきれないほどの傷が目立ち、片腕は攻撃から身をかばった際に骨折し、横腹には噛みつかれて歯形の穴が開いていた。

肩で大きく息をしながら呪物を手に取る。
木でできたパーツを組み合わせた、立体パズルのような箱だった。
初めて見るが雲雀にはこれが何なのかすぐに分かった。

「(これ、コトリバコだ・・・)」

コトリバコ──子取り箱。子供の死体の一部を使って作った、呪いの箱。
「呪う対象の一族を根絶やしにする」事を目的としているらしく、呪いを受けるのは「幼い子供」と「子供を産むことができる女性」に限られる。
呪いを受けると内臓が少しずつ捻じれて千切れて、血反吐を吐いて死んでいくという。

しかも箱に張り付けてある札に「八」の文字。
コトリバコを作るときに中に入れる死体が多いほど呪いが強くなっていくのだが、これはおそらく最高人数である八人を使用した「ハッカイ」だ。
呪う側も命を落としかねない非常に危険なもので、雲雀は知らないが呪術界では特急呪物に指定されている。

「(何はともあれ回収は出来たし、早く宮司さんのところに戻ろう)」

そう、回収できたし境内の呪霊も強いものは祓った。あとは残った弱いのを結界で祓って、警察に通報するだけ。
だから、油断していたのかもしれない。

重い体で振り返った時には、歪な呪霊の腕が目の前に迫っていた。

「(強い呪霊は全部祓ったはずなのに・・・!)」

反射的にコトリバコを持つ方の腕で顔を覆って目を強く閉じる。

──しかし思っていた衝撃はやってこず、代わりに何かが潰れるような音が聞こえて雲雀は恐る恐る顔を上げた。

「やぁ、大丈夫?」
「あ・・・夏油さん?」

呪霊の代わりに夏油が傍にいた。
状況が読めずパチパチと目を瞬かせているのを見て彼は小さく笑う。
雲雀は心底不思議そうな表情でまずは助けてもらったお礼を言い、次いで「何故ここにいらっしゃるんですか?」と首を傾げた。

「この辺の地域に危険な物が流れてきたって信者から聞いてね。探し回っていたらこの神社から良くない呪力を感じたから来てみたんだ」
「わぁ、良いタイミングですね。本当に助かりましたよー。危うくプチッと逝ってしまうところでした」
「プチッとなんて可愛いものじゃない気がするけどね。というか怪我大丈夫?」
「大丈夫ですよー。見た目ほど痛くないので」

ふんわりニコニコ。
つい今しがた命の危機に瀕して、さらに割と重傷に見えるのにそんな言葉がぴったりな雲雀の反応に夏油は色々な意味で心配になった。
全然大丈夫じゃない見てくれに顔を顰めて怪我の確認をし始める。

「とりあえず目立つのは腕の骨折と腹の噛み傷と・・・足も捻ってるね」
「酷いのはそれくらいです。他は大したことないですよ」
「抉れるような傷は大したことないとは言わないと思うけどね」

呆れたように言った夏油が「病院に行くかい?」と聞いてきたが、行ったところで説明がつかないと雲雀は苦笑いを浮かべて首を振った。
しかし、どの道警察に届け出るならついでだと思うけどねとも言われて肩を落とす。

「その、呪術師の友人がいるのでその方に相談してみます。呪術師って警察にも顔が利く組織なんですよね?」
「そうだね。事情を話せば口利きしてくれると思うよ」

元呪術師だという夏油の返答にホッと胸を撫で下ろした雲雀は、ここで宮司を社務所に置いてきたことを思い出した。
そのことを彼に伝えて急いで迎えに行こうと踵を返す。
重傷を負っていて足も捻った状態で歩き出した彼女を、夏油は溜息を吐いて引き留めた。

「その怪我で動き回ろうだなんて何を考えているんだ」

ほら、乗って。と背を向けて腰を落とす夏油。
ぱちくりと目を瞬かせていた雲雀は我に返って恥ずかしそうに首を振った。

「あ、の、乗れません!知り合ったばかりの男性に背負ってもらうなんて図々しいですし、あとこの年でおんぶは恥ずかしいです!」
「背負うのが駄目なら俵のように肩に担ぐよ?」

にっこり。圧のある笑みで言う夏油に雲雀は「うっ」と言葉を詰まらせて数秒逡巡した後、戸惑い気味に「お願いします」と小さく呟いて彼の背に体重を預けた。
体格がいいとはいえ成人女性を背負って軽々立ち上がる夏油は、後ろで気恥ずかしそうにしている雲雀を軽く振り返る。

「ところでそれ、コトリバコだよね」
「そうなんですよー。しかもハッカイなんです」

おんぶで運ばれながら回収したコトリバコを夏油に見せて言う雲雀。
さらりと出た"ハッカイ"という言葉に彼は目を見張った後、眉をひそめた。

「特急呪物じゃないか・・・なんで早く言わないんだ。それ預かるよ。体調は大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。私こういうのに耐性あるので持っててもたぶん死にません」

妖怪の血が入っているから強い呪いでも最悪寝込むくらいだ。
むしろ強力な呪物に引き寄せられた呪霊に殺される可能性のほうが高い。

特急呪物を手に持っているというのに緊張感のない雲雀に夏油は「(この子よく今まで死ななかったな)」と感心半分呆れ半分に思うが、どうして中々、この緩い空気が嫌いではなかった。
自身が大切にしている"家族"と居るときとはまた違った感覚で肩の力が抜ける。
なんだろう、と数秒だけ考えたところである答えが出てハッとした。

「(──そうだ。学生の頃の感覚だ)」

まだ何のしがらみもなかった頃の、友人と居る感覚。
会ったのは二回目なのにそう感じるのは彼女の作り出す空気のせいか──何かしらの術か。

他愛無い会話をしながら社務所に戻り、雲雀は夏油に促されて宮司を迎えに行くより先に怪我の応急処置をすることになった。
処置をしてもらいながら宮司に電話をかけて回収完了と信用できる呪術界の友人にこの惨状の対処を聞くことを伝える。
夏油のことは「私は彼に警戒されているから」と、来ていることを伝えないよう言われたため伏せたまま通話を終わらせた。

「無事だったみたいだね。次は呪術師の友人かな?」
「はい。忙しい方なので出てくれるか分かりませんが・・・あ、夏油さんのことは伏せておきますね」

そう言いながら画面をタップして五条に電話をかける。
数コールで雲雀の耳に「もしもーし!」と元気な声が飛び込んできた。
夏油が状況把握のために、処置を続けながら雲雀のスマホに少しだけ顔を寄せた。

「すみません、ちょっと助けていただきたいことがあるんですけど今時間大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど・・・どうしたの、強い奴に襲われたりした?」

心配気な五条に、今回の事件を簡単に説明する。
話の腰を折られることはなかったが、説明が終わると彼は「も〜!君って子は!」と呆れたような怒ったような声で言いながら大きく溜息を吐いた。

[無理はするなって言ったでしょ!しかもコトリバコのハッカイを持ってるとか死にたいの?今すぐポイしなさい!っていうか怪我は大丈夫なわけ?]
「わぁ、落ち着いて五条さん。私は大丈夫ですから」
[あーハイハイ。色々と全っ然大丈夫じゃないよね。とりあえずそっち行きたいからスキマ開ける?]
「えー・・・と」

呪術界の人に会いたくないと言う夏油がいるということと、彼の前で術式を使うことに躊躇いがあるということで雲雀がどうしようかと口ごもる。
話を聞いていた夏油は自分のスマホのメモに「応急処置が終わるまで待ってもらって」と打ち込んで雲雀に見せた。

「もう少しで応急処置が終わるのでそれからでいいですか?」
[ん、わかった。雲雀の部屋の前に行くから終わったら電話ちょうだい]

五条がどこにいるのか気になっていた雲雀だが、どうやらアパートまで来てくれるようだ。
これなら場所的にスキマが開きやすい。

通話が終わってスマホを置いた雲雀は夏油に「お待たせしました」と頭を下げた。

「来てくれるみたいだね」
「はい。良かったです・・・あ、」

ボロボロ。以前のように緊張の糸が切れた途端、涙が溢れるように流れ出てくる。
急なことに夏油がギョッとしたのが涙で揺らぐ中見えた。

「大丈夫ですよ。先ほどまでの恐怖とか緊張とかが解けただけですから」
「こういう状況にしては余裕に見えたのだけど・・・そっか、怖かったね」

火事場の馬鹿力ってやつですねーなどと、号泣しながらふんわり言う彼女に夏油は呆れ半分に息を吐いた。
痛覚も戻ってきたらしく「痛い」と呟く雲雀の背を、傷に触らないように摩って励ましと誉め言葉を掛け続ける。

そうしてしばらく、ようやく涙が収まって「すみません」と謝罪を口にする雲雀。
気にしなくていいと首を振った夏油は、さも今思い出したと言った様子で「そういえば」とずっと気になっていた疑問を切り出した。

「今聞くのもあれだけどスキマって何かな。雲雀の術式?」
「え、あー・・・うーんと・・・」

友人になったばかりの人の前で泣いてしまって恥ずかしいと気まずい気持ちになっていた雲雀が動きを止めた。
聞き流してくれたかと思ったらやっぱり気になってたんだ。と眉を下げて言葉を濁す。

祓っているところを見てそれから目をつけていたと言っていたが彼はどれだけ術を見たのだろうか。
一つだけ言えるのは、スキマは使う頻度が高いから名称を知らないだけで確実に見られている。

「それにいつも君を認識するのに時間がかかるから、それについても気になるんだよね」
「いつもって、会うのまだ二回目ですよ・・・」
「目をつけてたって言ったろ。色々見てるよ」

笑みを浮かべて言う夏油に雲雀は「(やっぱり)」と肩を落とした。
稀有な術式のため見られたからといって特定されることはないだろうし、彼はもう呪術界とは関係ないのだから気にすることはないのかもしれないが万が一は考えたほうがいい。

──そう、万が一は考えたほうがいい。いくら彼が物腰柔らかく友好的に接してきたとしても、だ。
だが彼女はその性格故に、あまり人を疑うことをしない人間だった。

「色々って何ですかぁ・・・。えっと、気付いていると思いますけど私の術式少し特殊なんですよ。なので、その・・・」
「人には言いづらい?」
「そうです、そう。夏油さんを信用してないからとかではなくて・・・」
「そっか。そういう事情があるなら仕方ないね」

残念そうに眉を下げる夏油。雲雀はホッとしたような、申し訳なさそう表情で「すみません」と頭を下げた。
首を振る彼が「ちなみに」と言葉を続ける。

「その"五条さん"って人は君の術式を知っているのかな。さっきの口ぶりだと詳しそうだったけど」
「ぅあ・・・んー、そうですねぇ・・・その、一応」

夏油には話さないのに五条には話している、と言うことに気まずさを感じる雲雀。
付き合いの長さの差ではあるものの、同じ友人枠なのに面向かって「あなたには言えない」と言うのは憚られた。
しかし夏油は今回も気を害する様子なく笑みを浮かべる。

「そっか、信用できる人がいるみたいで安心したよ。特殊な術式を持ってると人に言えないことが多いだろうからね・・・話せる人がいるのは良いことだ」
「夏油さん・・・!」

パァっと明るい表情になる雲雀からは「(すごくいい人だ・・・!)」という心の内が顔に出ていて、夏油はそのチョロさに柔らかい表情の裏でひっそり嗤った。
応急処置が終わり、薬箱を片付けた彼が軽く身を屈めて雲雀を覗き込む。

「それじゃ私は行くけど、呪術師の友人に頼んでちゃんとした治療を受けるんだよ。あとくれぐれも私のことは──」
「言わないようにします」
「うん。偉いね。まぁ話のつじつまが合わなくなると困るから、元呪術師が一緒だったってことくらいは話しても大丈夫かな。職業柄色々と過酷だから転職する人はそこそこいるし」

隠し過ぎて怪しまれても困る。
夏油個人を特定できない程度に話してもらった方が自然だろうという判断だった。
彼女は雰囲気も言動も緩いが馬鹿ではない。五条が多少探ったくらいでボロは出さないはずだ。

「分かりました。色々ありがとうございます。今度お礼にご飯御馳走させてくださいね」
「楽しみにしているよ。お大事に」

ヒラヒラと手を振って出ていく夏油を見送った雲雀は、再びスマホを手に取って五条に着信をかけた。


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