9 ある日の昼下がり。 雲雀が境内の玉砂利を綺麗に均している途中不意に顔を上げると少し遠くを歩く一人の男性と目が合った。 参拝者かと思い軽く頭を下げて玉砂利の整理に戻ったが、砂利を踏む音が大きくなってきたことに気が付いて再び顔を上げる。 袈裟姿と長い髪が印象的な男性に落ち着いた声色で「こんにちは」と声を掛けられて、雲雀も体を向けて同じく言葉を返した。 とても背が高い。五条と同じくらいあるのではなかろうか。 身なりから参拝者ではなさそうだが、今日は誰か訪問者が来る予定があっただろうかと首をかしげて考える。 「ええと、宮司に御用でしょうか」 「いや・・・あー、まぁ一応そうだね。厄祓いで有名だと聞いて話を聞こうかと。約束を取り付けてるわけじゃないから手が空いていたらでいいのだけれど」 「・・・?かしこまりました。確認してまいりますので少々お待ちください」 はっきりしない答えに疑問を持つも、袈裟姿ということはお寺の人だろうから何か大事な用事があるのかもしれない。 お客様を待たせてはならないと急いで宮司を呼びに行く。 男性の訪問者がいるということと、その人がお寺の人だろうということ、そして──呪力を持っているということを伝えた。 難しい顔で少し考えていた宮司だが、対応しようということで社務所に案内するよう言われたため、待たせていた男性を部屋に案内してお茶の準備をしに行った。 盆に湯呑とお茶請けを二人分乗せた二人がいる部屋へ向かい、声を掛けて入る雲雀。 机を挟んで向かい合って座る彼らの前にそれぞれ置いていると、話を止めた客人の視線が向いていることに気付いて「いかがなさいましたか」と声を掛けた。 「そういえばこの神社では県外へも出張へ行くらしいね。巫女である君も着いていくのだとか」 「はい。お手伝いがありますので」 にこやかに答えて配膳が終わり、部屋を出ようと軽く頭を下げる。 しかし客人から呼び止められて立ち上がろうとした動きを止めて再び腰を落とした。 「君にも話を聞きたいのだけれど時間は空いていないかな」 「申し訳ありません、夏油さん。今この神社には私と彼女だけでして。表の仕事を任せなければならないのでご容赦いただけないでしょうか」 客人の誘いに答えたのは宮司だった。 呪力を持っており厄払いで有名なこの神社に来て、そして彼女の話を聞きたいと言った彼に少し警戒を覚えて雲雀を部屋から出すことにしたのだ。 雲雀の家が代々信用しているというだけあって危機管理はしっかりしていた。 夏油さんというのか、と客人の名前を頭で反芻する雲雀も謝罪と共に頭を下げる。 気にしていない様子で朗らかに「無理を言ってすまないね」と言った彼に対してもう一度頭を下げた雲雀は今度こそ部屋を後にした。 ────────── それから何事もなく、雲雀の本日の業務は終了した。 宮司に「お疲れさまでした」と挨拶をして社務所を出る。 通勤は基本的に徒歩だ。スキマを使うのもありだが四季を感じるのも楽しみなため暑い日も寒い日も歩いて行き来している。 まだまだ冬の寒さが厳しいこの時期、寒さにフルリと体を震わせてマフラーをかき寄せた。 神社を出て帰路についたところで、しかし雲雀は行く先にいる人物を認めて足を止める。 「やぁ、こんばんは。待っていたよ」 「・・・こんばんは。夏油さん、でしたよね」 人が好い笑みを浮かべて頷いた夏油が「少し話をしたいんだけど良いかな」と問う。 雲雀は少し考えてからにこやかに了承の意を伝えた。 「単刀直入に聞くけど君、視えるし祓えるよね」 その問いに笑顔のまま固まった雲雀。 聞くけど、と言いつつ疑問形ではなかった。 「何故そう思われたのか、聞いてもいいですか」 「前に祓っているところを見かけて、それから目をつけていたんだ。それにずっと展開しているその術も気になっていたしね」 見つけたのは一年ほど前だった。 街中の裏路地で、低級呪霊のたまり場になっていたそこに視えるだけの女性が迷い込んでいたのを見つけて。 助ける気はなく通り過ぎようとしたところ、その女性に駆け寄って声を掛けたのが雲雀だったということだ。 不穏を感じて表の通りから駆けてきただろうに、姿を見るまで彼女に気付くことができなかった。 そのことに興味が引かれて通り過ぎようとしていた足を止める。 視えるだけの女性に群がっていた呪霊達は、彼女が駆け寄ると次々と塵になって消えていった。 諸々のことが気になって彼女のことを監視し始めたのだが。 呪術師ではないが非常に興味深い術を持っていた。特殊な術であることが分かったため相伝の術式を疑って調べてみたが、北の山奥の出生と分かったものの詳細な場所や系譜までは追いきれなかった。 後にあの五条悟とも仲が良いことが分かり、術式の件もあって仲間に引き入れればかなり有益だと判断したということだ。 そんな事情は伏せて、人の好い笑みを浮かべて核心をつく。 「宮司も視えてはいるみたいだけど、この神社に舞い込んだ依頼をこなしていたのは儀式の手伝いと称して付き添っていた君だよね。どうかな。私も君と"同じ"だから話が出来たらいいなと思っているのだけど」 「あの、もしかして夏油さんって呪術師ですか?」 君と同じ、というのは視える祓えるということだろう。 彼が「目をつけていた」のは口ぶりからして結構前からであり、術や厄祓いの件をある程度知っているあたり自分のことは少なからず調べられていると予想する雲雀。 「(五条さんによると私の纏っている術は三級から一級の術師と呪霊の認識を惑わすということだった)」 その範囲なら確実に惑わすというわけではなく、使っている結界の呪力の強さから離れるほど気付かれやすくなるらしいけど。 そして彼の雰囲気から四級以下であることはあり得ないという結論に至った。 袈裟姿であったからお寺勤めかと思っていた雲雀だが、おおよそ一級以上の実力を持った呪術師かもしれないという考えが浮かぶ。 「まぁ・・・昔はね。今は宗教団体の教祖をしているんだ」 「呪術師から教祖に転職ですか。そういう道もあるんですね」 よく考えて話している。ゆるりとした言動に反して頭は悪くないようだというのが約一年彼女を監視してきた夏油の印象だった。 しかし、そう、頭は悪くないのだが、彼女は考えが緩いというかマイペースなところがある。 少し考えた様子の雲雀が「そうだ」と、良いことを思いついたといった表情で口を開いた。 「夜ご飯、行きません?私も祓える人の知り合いが増えるのは嬉しいですし」 「ええ・・・」 想定外の提案をされた夏油の気の抜けた声が零れて消える。 人当たり良く話してはいるが、だからといってここまで無警戒でいいものか。 「待ち伏せして一方的に知っていたんだよ?もう少し警戒した方がいいんじゃないかい?」 「悪い人はそんなこと言わないので大丈夫です! ──あ、でもナンパされるなって言われてたんだっけ・・・うーん」 「食事に誘ってきたのは君だけどね」 「あ、そっか。じゃあ大丈夫です」 夏油にはどこら辺が大丈夫なのか全然わからなかった。 その後、近くの和食屋に行って話ながらご飯を食べて、帰り際に連絡先を交換をして別れた。 ※※小話※※ ─雲雀─ ちょっと警戒したけど悪い人じゃなさそうだと判断しちゃった。 ご飯奢られたから懐いた。頭悪いわけじゃないけどチョロい。 ─夏油─ 食事の際に、自分のことは他言しないよう固く口留めしてる。 便利そうな術式持ってるし人当たりもいいし五条と仲良いから、いろいろと役に立ってくれそうだと思った。 術師だから一応仲間意識はある。 チョロすぎてちょっと心配になった。警戒心持とうね。 [ back ] |