綿菓子みたいな | ナノ

8-2

五条が到着するまであと5分ほどという時間に駅に来た雲雀は、彼がどこから来るだろうかと辺りを見渡しながら待っていた。
不自然に見えない程度にキョロキョロしていると後ろからトントンと肩をたたかれる。
五条かと思って振り返った雲雀だが、そこにいたのは見覚えのない男性だった。

「すみません、あの、さっきから気になってて声かけたんですけど、今時間ありませんか・・・!」

顔を真っ赤にさせて緊張しきっている様子ではあるが、間違いなくナンパだ。
最近よくナンパされるようになった気がするが普段と違うのは相手がチャラ男ではないということだった。
黒髪だし服も派手じゃないしピアスも開けてないし。極普通の、好青年。
五条からナンパされた時は無視するのが一番、と言われていたが今回の彼はどう見ても気軽に遊び相手を探しているようではない。

こういう時はどうするのが正解なのだろうか。
雲雀は困ったように「ええと」と首をかしげた。

「す、すみません。えっと、じゃあ連絡先・・・ID書くので、気が向いたらでいいので連絡もらえたら・・・」

困った様子の雲雀に男が申し訳なさげに書くものを取り出そうと持ち物を探る。
が、持っていなかったらしく「あ、ペンも紙もなかった・・・」と零して肩を落とした。
野暮ったさが丸出しになってしまって先ほどとは別の意味で顔を赤くする男の様子に、雲雀は「(良い子そうだなぁ)」と思わずスマホを取り出していた。

「あの、IDなら今交換しておきます?」
「え、いいんですか?」

「いいわけないでしょー」

トン、と雲雀の肩にいつの間にか来ていた五条の腕が乗った。
突然の登場にスマホを取り出す途中で動きを止めた男が五条を見上げて目を見張る。

「ごめんね、この子今から僕とデートだから。他の子探してくれる?」

高身長イケメン。白髪碧眼。陽キャ。
明らかに自分よりカースト上位な男の登場に初心なナンパ男は慌てて頭を下げて逃げてしまった。
それを見送った五条が機嫌悪そうにフンと鼻を鳴らしてそれを見送ってから雲雀を見下ろす。

「す、すみません。五条さん・・・」
「なーんでナンパされてるの。最近多くない?というか今日いつもと違くない?」
「やっぱり違います?そんなつもりなかったんですけどお母さんにも言われたんですよ。こんなにお洒落してるの初めて見たって」
「・・・そうなの?」
「はい。あと前より垢抜けたとも言われました。ナンパが増えたのはそのせいかもしれません」
「えっ、えっ・・・えっ」

確かに少し前から可愛いなぁと思うことが増えた気がするけども。
そういえば初めてナンパにあったのも僕と会ってからだったっけ・・・えっ。

目を丸くして雲雀を見下ろす五条。
雲雀は戸惑った様子の彼を見上げて首をかしげていた。

「えっと、とりあえずお仕事お疲れ様です。もしかして結構疲れています?大丈夫ですか?」
「あっ、うん、全然大丈夫!小樽行こっか!」

外していた目隠しを巻きなおしながら「スキマよろしくー」といつもの様子に戻って言う。
仕事終わりの五条を心配しながらも人目のつかない場所に移動して、スキマを開いて二人で小樽へ移動した。

──────────

小樽ではまず二人が絶対行くと決めていたルタオへ。
食べるのはもちろんルタオ代表のチーズケーキであるドゥーブルフロマージュで、ついでに二人ともお土産にも買った。
スキマを雲雀の家の冷凍庫に繋いで冷凍状態のお土産を放り込んでおく。

それからは運河沿いを歩いたりガラス細工やオルゴールのお店を回ったりして過ごした。
何枚も写真を撮ってガラス工房で吹きガラス体験をして、あっという間に時間は過ぎてもう少しで夕食という時間。
しかし食事処を探している途中で突然五条が「生徒にお土産買うの忘れた」と言い出した。

「悪いけどここら辺のお店見て回ってて。終わったら連絡するよ」
「え、あ、分かりました」

お土産ならここら辺でも見られるのにと首をかしげるも、どこで何を買うか決まってるのかもしれないと見送る雲雀。

それからしばらく一人であちらこちら見て回っていたのだが、不意に離れたところに不穏な呪力を感じた。
どうしようか少し考えて、人の多い観光地で何かあってはいけないと思い早足でそちらに向かう。

果たして、そこにいたのは呪霊だった。
しかも観光地でよくされるような会話をブツブツ永遠と一人で喋っている。

術式を持ってる奴、喋る奴は一級以上──

五条が言っていたことを思い出して困ったように眉をひそめた雲雀に気付いた呪霊が巨体を振り向かせて二ィと不気味に笑う。
そしてその姿が揺らいだかと思ったら二つに分裂した。

『ねぇケーキ食べにガラス綺麗新幹線ノ時間がダよネェ』
『疲れアッち行こうパパ待っあそこノ店早く美味シイ』

それぞれが好き勝手喋る喋る。
喋っている内容には特に意味はなさそうだから無視してもいいが、問題なのは二体とも実体を持っていそうなところだ。
五条の呪霊の説明だと通常の自分では二級が倒せる程度。
しかし一級に街中で暴れられたら大変なことになるのは分かる。

「(人の少ない所に連れて行って、被害が出ないように祓わないと・・・)」

もともと人気のない所に生息しているなら逃げておしまいなのだけど。
偶然通りがかっただけならまだしも、もし観光地のど真ん中を拠点としているなら、ここで自分が逃げおおせたところで被害者は増えていくばかりだ。

四足歩行の呪霊二体がこちらに向かって走り出したのを見て、雲雀は急いで反対側にスキマを開いた。
蛙を連想させるような風貌の巨体が不気味に笑いながら地を踏み鳴らして豪速で近づいてくる様を想像してみてほしい。
もの凄く怖い。

スキマの先は少し向こうの道だった。
ここ等辺の地理には明るくない。それに呪霊を人気のない方へ誘導しなければならない。
高速道路を制限速度無視してかっ飛ばしたようなスピードで迫ってくる呪霊を相手に、負けることはないが勝つこともできない鬼ごっこが開幕した。

──────────

それから数分で少し遠くまで来た。
逃げたり受け流したりする分には苦労しなかったが何せ雲雀の攻撃も有効なものがないため予想通り決着がつかない。

「(五条さん任務で疲れているみたいだったから、出来ればこの呪霊は私が祓っておきたいんだけど・・・)」

逃げながら後ろを振り返って確認すると呪霊の数は十ほどに増えていた。
おそらく本体を消せば決着はつくのだろうが見分けがつかない。し、たとえ分かったとしても祓うのは中々難しい。

丁度いい空き地を見つけて駆け込んで足を止めれば、周りを呪霊に囲まれた。
一撃で祓うことは出来なくても動きを止めてから何回もダメージを与えればやれるかもしれない。

空気中の水蒸気の境界を操って呪霊を氷漬けにしてみよう。
──そう思ったところで、スマホが鳴った。
飛び掛かってきた呪霊の目の前にスキマを開いて反対側に放りだしながら、スマホを手に取って電話に出た。

「もしもし、五条さん?」
〈はいはい五条サンですよー。悪いんだけどさ、お土産買うのもうちょっと時間かかりそうなんだよね。っていう連絡なんだけど〉
「全然大丈夫ですよ。気にせずたくさん見て回ってください」

むしろ私の方がこの呪霊祓うのに時間がかかりそうなので。
五条がまだ戻ってこないことに内心ホッとする雲雀。
しかし全く雲雀に近づけないことに苛立った呪霊が威嚇のように吠えたことで、ほのぼのした会話は終わりを告げた。
しまった聞かれたと焦る雲雀と何があったか察した五条の間に数秒の沈黙があって、五条が低い声で「雲雀」と呼んだ。

「お店見て回っててって言ったはずだけど、どこで何やってるのかなぁ」
「うーーーーん移動動物園にいますぅー」
「そっか随分物騒な動物がいるみたいだね。僕も行ってみようかな」
「残念ですけどそろそろ日が暮れるので閉園するそうで・・・」
「へぇ、それは急がないと。・・・今、すぐ、位置情報送って。それとそこから絶対、動かないで。いいね」

言い終わった途端雲雀の返事を聞くことなく切れた電話。
結局五条さんの息抜きに貢献できなかったなぁ、なんて溜息を吐きながらマップの位置情報をスクショして送る。

戦ってたなんて知られたらまた怒られそうだと考えた結果、街中に現れた呪霊を人気のない空き地に誘導してひたすら戯れていたということにしておこうと決めた。

──────────

数分後、送られてきた位置情報を元に空き地にやってきた五条が見たものは、十体以上に分裂した呪霊の攻撃を雲雀がスキマを使って避けまくっている光景だった。
通り抜けたり通り抜けさせたり飛び掛かってきた呪霊同士を衝突させたりする中、五条の到着に気付いた雲雀が「あ、五条さんこっちです」とにこやかに手を振る。

こっちですじゃない。顔を引き攣らせた五条だが説教より祓う方が先だと判断して、分裂した呪霊すべてをさっさと一掃した。
さんざん襲われたはずなのに傷一つなく「すみません、ありがとうございます」と駆け寄ってきた彼女の首に腕を回して締め上げる。

「さて、何があったか教えてくれるよね?」
「もしかして結構怒ってます・・・?あっ、分かりましたお腹空いたんですね!空腹だとカリカリしちゃいますもんね」
「うーん違うかなぁ!」
「あれ、そうなんです?じゃあ私がお腹空いちゃったのでご飯行きましょう」

にっこり。見上げて提案してきた雲雀に五条は深い溜息を吐いて了承した。



場所は変わって海鮮料理の店に来た。
それぞれが食べたい海鮮丼を頼んで、スタッフが下がったところでさっそく五条が「それで」と話を始める体勢をとる。

「何がどうなってああなったの」

じっと見つめてくる彼に、雲雀は先ほどのことを思い出しながら大まかに事の流れを説明した。
もちろん戦おうとしていたことは伏せて。
取り敢えず口を挟まずに最後まで聞いた五条は話が終わると大きく息を吐く。

「勝てないって分かっててなんでタイマン張ろうとするかな。そういうときは迷わず僕を呼べばいいんだよ。君を助けるのに面倒とか迷惑とか思わないんだから」
「お仕事が終わってプライベートな時間ですし、お土産くらいゆっくり選びたいじゃないですか。逃げる分には難しくないですから電話が来るまでなら余裕でしたし・・・」

しょんぼりといった様子で言う雲雀に、五条は少し困ったように「うーん」と言葉を零す。
気にかけてもらえるのは嬉しいが好意を寄せている女性には頼ってほしい。それに、実を言うと完全なプライベートではなかった。

「・・・あのね、こんなことになったから言うけど本当は任務中だったんだよね」
「あれ、仕事終わってなかったんです?」
「元々予定してた任務は終わったけど、雲雀と待ち合わせした場所に向かう途中で急遽入ったの」

場所は小樽で、一級。
この後雲雀とお出掛けなんだから勘弁してよと思ったものの、報告の場所が場所で危険度も高かったからやら仕方がない。
せめて楽しい雰囲気に水を差さないようにと「生徒のお土産を買いに行く」という名目で少し抜けてさっさと祓う予定だった──のに、自分が見つけた奴は分身体で、雲雀が本体を見つけてしまった。

「そういうわけでお出掛けに任務持ち込んでゴメンね」
「言ってもらえたらお手伝いしたのに・・・」
「あはは、そうだねぇ」

五条としてはそれも考えたが、せっかくのデート(五条目線)だし思った以上に雲雀が楽しみにしてくれていたから、密かに片づけてしまおうという結論に至った。
任務の話の途中で運ばれてきた海鮮丼を食べながら「格好つかないなぁ」なんて内心肩を落とす五条。
しかし雲雀はそんな彼の心の内など露知らず。

「ううん、もう少し攻撃面を努力しておけばよかったです。そうすれば今日も五条さんから電話が来る前に祓えたのに」

少し悔しそうにそう零す。
そしてその呟きを聞き拾った五条は、聞いていた話と違うことに気が付いて「おや」と首を傾げた。

「もしかして雲雀、戦ってた?」
「・・・あっ。あっ、いや、未遂です。祓おうとしたところで五条さんから連絡来たのでセーフです」
「へー、前に一級の説明をして、祓えないって分かったのに挑もうと思ったんだ」

顔は笑っているのに雰囲気が全然笑ってない。
あれほど危険な事はしないでほしいと伝えたのになんで分からないかなぁ。と目で語る五条に雲雀は目を彷徨わせた。

「うう・・・五条さん、意外と気が短い・・・」
「心配して怒ってるんだからありがたいでしょ」

前に自分が言ったことを持ち出されたため、雲雀は「そうですね」と項垂れて肯定するしかなかった。

話が終わり食べ終わって店を出たころには、もうすっかり夜の時間だった。
自然とそれぞれ東京と実家へ帰る流れになり、雲雀は一旦自分の家にスキマをつないで五条とくぐる。

「──はい、お土産に買ってたルタオのケーキです。一応保冷材も入れておいたので家までなら持つと思うんですけど・・・」
「ん、ありがとう。今日は楽しかったよ。また一緒に遊びに行こうね」
「ぜひ!楽しみにしてますね」

五条を見送って、雲雀は実家へスキマをくぐって戻っていった。



※※小話※※

─雲雀─
自分が避ける逃げるしか出来なかった呪霊を一瞬で祓った五条を見て「本当に強かったんだ」とちょっとびっくりした。
お出掛けの格好にすごく悩んだ自覚はあるけど"異性と出かける女の子"としてお洒落してたのは本当に無自覚。

─五条─
雲雀が過去一可愛くお洒落しててびっくり。
動揺して「可愛いね」と言いそびれたことをちょっと後悔している。
スキマが便利すぎて、雲雀に自分専属の補助監督にでもなってほしいと結構本気で思った。地方への移動って手間なんだよね。


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