綿菓子みたいな | ナノ

7-2

ポスン、と軽い音を立てて雲雀が落ちたのは自宅のベッドの上だった。
ここは既に結界が張ってあるから自身に張る必要なくて助かる。
しかし無事自宅に戻ってこられたとホッとしたのもつかの間、続けて重いものが降ってきて体が潰された。

「うぅ、痛い・・・なにごと、えっ」
「逃がすと思った?」

体の上に乗っている彼を見上げてサッと青くなる雲雀を、ニンマリ口角を上げた五条がしてやったりといった様子で覗き込む。
雲雀が逃げようと体を捩るもびくともしなかった。

「ここって雲雀の家?」
「そうですけど・・・」
「いいね。袋の鼠だ」

ほらズボン履きなよ、なんてどきながら明るく言う五条に雲雀は色々言いたいことはあったが全て飲み込んで急いで部屋着を引っ張り出す。
取り敢えず靴を脱いで玄関に置いて、お茶を用意して、二人でローテーブルに向かい合って座った。

「ねぇこの部屋って何か術掛かってる?神社の時と同じ感覚があるんだけど」
「掛かってますよ。ここと神社は私の領域ですから。というか術掛かってるって認識できてるの凄いですね」
「むしろこの僕が何かしらの術が掛かってるってことしか分からないのが意味分からないんだけど」

二人ともがニッコリ笑みを浮かべて数秒の沈黙が下りる。
しかし不意に五条が大きく息をついて「あのね」と言葉を零した。

「今までいろいろ見せてもらったけど、雲雀の術式が結構貴重で無暗に他言しちゃいけないものなのは分かったよ。君が僕の目を警戒して常に術を纏ってるのも術師の危機管理としては適切だと思う」
「・・・分かってるなら暴かないでくださいよ」
「ヤダよ。僕は君のこともっと知りたいし。それにさっきも言ったけど雲雀の術式が明るみに出ると呪詛師とか呪霊はもちろん、上層部の腐りきった馬鹿共も群がってくると思う。そいつらから守るためにも雲雀の術式を正確に把握しておきたいの」

今回の廃校の事件で思った以上に彼女に心が傾いていることに気付いてしまった。
術式を知られないように警戒するのは分かる。
けど、そう。もっと彼女のことを知りたいし守りたい。頼られたい。
だから──

「フワフワしてるってよく言われますけど、努力値を自衛スキルに全振りしてるので自分の身は自分で守れますよ」

巻き込んだ僕が言うのも何だけど、そんな、寂しいことを言わないでほしい。

「ねえ、僕ってそんなに信用できない?上辺だけで付き合うしか価値がない奴だった?」
「そういうわけじゃないですよ。ただ、それとこれとは話が別というか・・・」

彼がそう言う人ではないと思っているが、万が一が起こると自分が危なくなるだけでなく身近な人達に迷惑が掛かってくる。
雲雀の心配事はそこにあった。

それを聞いた五条はしばらく考えるそぶりを見せる。
嫌な気分にさせてしまったかな、と雲雀が心配になってきたところで、「よし分かった!」と目元の布を解いて身を乗り出してきた。

「五条悟。呪術界御三家のひとつ、五条家の出身で1989年12月7日生まれ。都立呪術高専の教師で1年生のクラスを受け持つ特級呪術師。夢は腐りきった上層部共を一掃して呪術界を革新すること」
「ま、待って待って!待ってください何ですかいきなり」
「ん?僕のことを知ってもらって信用してもらうためのアピールとプレゼン」

家系図と履歴書も用意するよ。あ、時間あれば無駄に長い歴史がある実家を案内しようか?そうだ僕専属の補助監督やったらいいじゃん。一緒にいる時間長い方が信用できるか判断しやすいでしょ?

怒涛の提案に突っ込むこともできずに目の前の男を見つめる雲雀。
対する五条は良い提案をしたと言わんばかりに「どう?どう?」と賛同を求めてくる。
頭を押さえて大きく溜息を吐いた雲雀はしばらく思案して、さらに熟慮した末に、苦い顔で五条を見上げた。

「五条さんの心意気はよくよく分かりました。今まで一緒にいて仲間を売るような人ではないと思っていましたし・・・純粋に心配してくださっている以上、無碍にはできません」
「(・・・うーん、確かに裏切るようなことをするつもりはないんだけど。下心がないわけじゃないんだよなぁ、ある意味)」

少々のやましい心は隠して「うん、うん」と雲雀の話に相槌を打つ。良い流れかもしれない。

「あの、母に相談してみてもいいですか?何せこれまで他言したことがないもので・・・私一人で判断するのは怖くて」
「もちろん」

快く頷いてくれた五条に礼を言ってスマホを手に取る雲雀。
アプリから着信をかければ母親は数コールで電話に出た。

「もしもしお母さん?ちょっと相談があるんだけど今大丈夫?──あのね、前に呪術師の友達ができたって言ったでしょ?色々訳があってその人に術式を開示してもいいかなって。──うん。信用はできる、と思う。人柄も家柄も。──うーん、五条って知ってる?呪術界の御三家の一つなんだって。──だよねぇ。でも家系図も出せるって言ってたから歴史ある家なのは確かだと思う」

電話している雲雀を、五条は内心そわそわしながら待つ。
彼女の話から推測するに彼女の母親も五条という名を知らないのだろう。
五条も八雲という家を調べてみたが、人を辿ろうにも詳しく知ってる人がいないし、資料もないし、集落に行こうとしても地図に載っていないし当たりをつけて現地に行っても見つからない。
情報が少なすぎて調べきることができなかった。

「──でも術式の開示をして万が一のことがあったらお母さんたちにも迷惑がかかるかもしれないじゃない。──えっ、マリアナ海溝?でも五条さんの同級生が、彼は隕石が直撃しても生き残るって」

マ リ ア ナ 海 溝 ?
彼女の趣味嗜好を探ろうと部屋の物色を始めた五条が物騒な言葉を聞き拾って勢いよく振り返る。
なんか僕殺されそうになってる?なんてローテーブルに戻って心配をしながら難しい顔をしている彼女を見ていると、程なくして通話が終わったらしくスマホをテーブルに置いていた。

「・・・お母さんなんて?もしかして凄く怒ってた?」
「いえ、快諾してくれました!私が信用できると判断したならそれを信じるそうです。もし万が一が起きたら、人生の中で最悪だと記憶している一日を永遠にループさせてやる、と脅しておけば大丈夫って言われました!」
「快諾の意味を辞書で引いてみようか」

斜め上の脅し方に、しかし軽快にツッコむ五条。
母親の賛同も得られてニコニコ機嫌よく報告した雲雀は「じゃあ開示しちゃいますね」とふんわり言った。

「私の術式は境界躁術です。境界を操る程度の能力です」
「・・・そっか、そういうことか」

雲雀の術式を聞いて深く納得した様子の五条。
対する雲雀は説明する前に理解してしまった様子の彼に驚いて「えっと」と言葉をつかえていた。

「色々見てきたから術式を聞いて納得できたよ。境界操術ってさ、物理的な事だけじゃなくて概念的なところとか、ありとあらゆる事象に干渉できるでしょ」
「わ・・・すごいですね。そこまで見抜いちゃうんですか」
「僕を誰だと思ってんの」

得意気に言う五条は今までの謎が解けてすっきりしていた。
一級を被呪者から引っぺがしたのは分かりやすいが、その後瞬殺できたのは"個"と"その他"を分ける境界を崩したから。
六眼で術式を視認できなかったのは、脳に送られた術式情報そのものの枠組みが揺らがされていたとか認識機能に干渉されたとかそんなところだろう。
彼女の言っていた"領域"というのも"領域展開"ではなくて、自分の力を存分に発揮できる範囲──呪術界でいう指定した空間の内と外を分け隔てる"結界術"の類だ。

「(開示を躊躇うだけあってとんでもない術式だな。それだけ縛りもキツそうだけど)」

あらかじめ構築した結界内では向かうところ敵なしだがそれ以外だとせいぜい二級。
ただし廃校の"裏"に行ったときに定番の怪談でいない奴がいたから他にも縛りがあってそれをクリアした可能性がある。

「"裏"の学校でいくつか祓ったんじゃない?あそこ一級とか二級がゴロゴロいたけど」
「五条さんってホント、おちゃらけたフリして結構明敏ですよね。一番敵に回したくないタイプです」
「奇遇だね、僕も君は敵に回したくないよ。雲雀の術式は防御手段がないから。まっ、君の領域──こっちの業界でいう結界だね──その外じゃクソ雑魚だけど」
「五条さぁん、今はその結界内なんですよぉ」

言外に「塵にすんぞゴルァ」とでも含まれてそうな圧のある笑顔でいう雲雀だが五条は気にせずケラケラ笑って軽く謝るだけだった。
その様子に呆れ気味に小さく笑った彼女は今しがたされた質問を思い出して「"裏"の学校のことですけど」と話を戻す。

「祓いましたよ。二つ三つくらい。・・・五条さんを"裏"の学校に引き込まなかったのは戦える算段が着いたからです。心配をかけたのは申し訳ないと思っています」
「雲雀の術式の縛りって場所指定の結界発動と、人助けみたいなことだよね」
「うっ、よく分かりましたね・・・。あの時悲鳴で生きている人がいると分かったので、ある程度は戦えると、思いまして・・・」

最後の方はゴニョゴニョと声が小さくなっていった。
目の前の五条の顔がとても不機嫌になってきたからだ。
なんで急にこんな機嫌悪いの。

「あ、の・・・廃校で使ったスキマ移動・・・、あ、空間の境界を操って裂け目を作るあれを"スキマ"というんですけど。あのスキマ、余程対策されてない限り異空間とか夢の出入りも、その、出来るんですよ・・・」
「ふぅん。だから?勝てない相手がいても最悪逃げられるだろうって?」

イケメンかつ最強のキレ顔は物凄く怖い。
言葉を発さなくても雰囲気と表情と圧ですべてを物語っている。

「そう、そういうことです。ほら、私逃げる隠れる避けるは得意なんですよ。なので、手分けしたら良いかなぁって・・・思いまして・・・」

すっかり小さくなった雲雀は五条の目を見られず、ひたすらにローテーブルに置いてあるコップを見つめ続ける。
自分の部屋なのにこれほど安心できないことはあっただろうかと考えていたところで、五条の指が苛立たし気にテーブルをカツンと叩いた。

「へぇ、あれだけ怪我してて?逃げる隠れる避けるが得意?」
「その、強い呪霊が多かったですし、縛りもありますし、被害者を探して助けながらですし・・・状況を鑑みると軽傷な方かと思うんですけど」

五条の鋭い視線が言い訳を重ねる雲雀に刺さる。
雲雀はチラリと五条を見上げては目を落としてを繰り返していた。
ハァ、と深い深い溜息が空気の重い部屋に落ちる。

「待てって言ったのに待たないし、そのスキマとやらですぐに僕を"裏"の学校に引き込めるのにやらないし、二日も音沙汰ないし、戻ってきたと思ったら傷だらけだし・・・。
 ほんっと、手足切って鎖でつないでやろうか」

一段と低い声で言った五条の声が沈黙の中によく響いた。

数秒の沈黙が続く。

先ほどまで言い訳ではあるが返事が返ってきたのに何も言わなくなった彼女に、さすがに怒りすぎたし脅しすぎたかと少し冷静になる五条。
それだけ心配したということだが、それを伝えるのがなかなか難しい。
落ち着こうと一度大きく息を吸って吐いて、としていると、雲雀が少し困った様子で見上げてきた。

「あの、私の術式だと手足切って鎖でつないでも逃げられると思います。ただ痛いのは嫌ですし・・・術式封印とかで勘弁していただけないでしょうか・・・」

その言葉を最後に今度こそ長い長い沈黙が部屋を支配した。
雲雀は五条の反応を待っているし、五条は五条で彼女のずれた発言に混乱している。

何十秒も動かず互いを見つめ続けて、そして五条が項垂れて大きなため息を吐いた。
「あーもう」と彼も気の抜けたような声を零して、顔を上げて雲雀を見る。

「僕怒ってるんだよ?すごく心配したしその心配を分かってもらえないし頼ってくれないし!」
「すみませんでした・・・でも嬉しいです。怒るくらい心配してもらえるって家族でもなければ中々ないことだと思うので。術式の開示をして本当に良かったのかモヤモヤしていたんですけど、信じてよかったです。ありがとうございます」

胸に手を当ててホッと息を吐く雲雀に、五条はローテーブルに突っ伏して「そういうとこ」と溜息を吐いた。
色々な感情が入り混じって怒る気はとうに失せてしまっていた。
なんというか、心の壁がやっと壊れた気がする。

徐々に嬉しさが勝ってきた感情をそのままに伏せていた顔を上げた。

雲雀がボロボロと涙をこぼしていた。

「──はっ!?えっ、ちょ、なんで泣いてるの!?やっぱ僕怒りすぎた!?怖かった!?」
「え・・・あ、本当だ。すごい涙出てる・・・」

酷く動揺してワタワタとしている五条に言われた雲雀は自分の頬に手をやってようやく気付いたように呟いた。
驚いた表情でとめどなく涙を流す様は異様で、どうしたものかと首をかしげる。

「ううん・・・色々緊張が解けて勝手に流れてしまうみたいです」
「・・・大変なところに飛ばされたもんね。本当、生きててよかった。お疲れ様」

ホッとした様子で笑みを浮かべて言う五条に小さく笑ってお礼を言う雲雀。
そのままボロボロと泣き続けて、そしてようやく収まったところで彼女は空気を切り替えるようにパンと両の手を鳴らした。

「難しい話をしてなんだか疲れましたし、ちょっと遅い時間ですけどお茶していきません?美味しいクッキーありますよ」
「ん、貰おうかな」

紅茶を入れるのは手間なためお茶と、出張先で買ったクッキーを出して二人で摘まむ。
他愛無い会話をしながら完食したころには外が薄暗くなっていた。
そろそろ帰ろうかと腰を上げた五条だが、気づいたように「あ、」と声を零す。

「ここってどこら辺?スキマ通ってきたから分かんないや」
「あ、そっか・・・ちょっと待ってくださいね。
 ──はい、この辺です。分かります?」

スマホでマップを開いた雲雀が五条に家の位置を提示する。
五条はそのマップを縮小して拡大して、そして「うん」と一つ頷いた。

「OK。分かるよ、大丈夫」
「あ、そうだ。家入さんにお騒がせしましたとお伝えください」

散々騒がせて碌に挨拶もせずに帰ってきてしまったことを思い出した雲雀が言伝を頼む。
五条は快く了承の意を伝えて、「じゃーね」と手を振って帰っていった。



※※捕捉※※

未登録呪力が高専入るとアラートが鳴る設定忘れてた。ので、雲雀と一般被害者の呪力は五条か誰かが仮で申請出しておいたということにしておいてほしい。

─雲雀─
言っちゃった言っちゃった。術式開示しちゃった。
家族以外に話せる人が出来てすごく嬉しい。
でも妖怪の血が入ってることはまだ言えない。けど満足。

─五条─
気になるあの子の心の壁がなくなって内心ガッツポーズ。
というか予想通り上層部や呪詛師側にバレたらクソヤバい術式だった。
"例の術師"は彼女でほぼ確定。
上に報告?無駄に口噤んで怪しまれたら困るし一応するよ。捏造するけど。


prev / next

[ back ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -