6-2 雲雀が五条から呪術界のことを聞きながら高速道路も通って数十分走ったころ。 とある町の廃校に到着した。 校門の近くで停まった車から三人が下りて、伊地知が帳を下ろしたのを確認してから五条と雲雀は校門をくぐって校舎に向かった。 雑談をしながら歩いている途中、徐に目元を覆っていた布を解く五条に雲雀は困ったような表情を向ける。 「見られていると思うとやり辛いです」 「正確に雲雀の術式を把握しておきたいからね」 「大っぴらにしたくはないんですけど・・・」 「大丈夫。言いふらしたりしないから」 そんな会話をしながら昇降口から入れば、蝿頭が数匹ちょろちょろしているのが見えた。 玄関でこれなら学校中に散らばっていそうだ。 目的の呪霊を探して二人で一階から順に上へあがっていく。 所々黒く変色した血の跡があるため、危険な奴がいるのは確かだ。 一番上まで登ったがしかし呪霊は見当たらなくて、相手も徘徊しているようだからと今度は別のルートで下の階へ降りていった。 「いませんね・・・五条さん、分かりません?」 「うーん、場所が場所だから逆に分かりづらいかな。でも近いよ」 正確な位置は分からないが近くにいるということは分かったらしい。 階段では動きづらいため降りきったところで次に回るところを考えていると、不意に遠くからズリ、ズリ、と何かが動く音が聞こえてきた。 人が歩く足音ではない。間違いなく呪霊だ。 壁から顔を覗かせると、巨体な男のような呪霊が大きなハンマーを引きずりながらこちらに向かっているのが見える。 そんな呪霊が二人を視界にとらえて、そして次の瞬間。 雄叫びを上げながら走ってきてハンマーを振りかざした。 五条が雲雀の腕を引いた直後、降ろされたハンマーが二人のいた場所を壁や床ごと粉砕する。 後ろに下げられながらその様子を見た雲雀はその威力に目を見張った。 「わぁ、すごい力ですね」 「ねぇ大丈夫?本当に大丈夫?フワッフワじゃん危機感落っことしてない?」 「全然大丈夫ですよー」 もはや両者とも初めとは意見が逆転している。 ふんわりフワフワ信用できない「大丈夫」に不安しかない五条と、「何とかなる」と開き直った雲雀。 とはいえ雲雀も一応身の危険は感じていた。 どう考えてもあの馬鹿力は自分ではどうにもならない相手だ。 頼みの綱の術式も、前に一級を祓った時と違って条件が満たされていないため高度なものを今すぐにとはいかない。 普段なら準備なしで相性の悪い強い呪霊と会ったら逃げるのだけど。 今回はそんなわけにもいかないため、考えた結果雲雀はヒット&アウェイ戦法を取ることにした。 ハンマーを構えなおした呪霊に背を向けて、五条の手を掴んで走り出す。 「とりあえず逃げながら戦います!」 「・・・ん、危なくなったら助けるから無理しないでね」 掴まれた手を見つめた五条は「(僕の手と全然違う。柔くて、小さいなぁ)」なんて、彼女が女性であることを実感して返事を返した。 今まで全然気にしていなかったが傷も肉刺もない綺麗な手だ。柔らかくて白くて細い、女の子の手。 戦闘向きではないと言う彼女の言葉を思い出した五条は、掴まれた手をしっかりと握り返した。 再びハンマーを構えた呪霊が後ろから追いかけてくる。 ドドド、と荒々しい足音を響かせて背後まで迫ってきたところで、雲雀が手を前に翳した。 パックリ。空間が裂けて多数の目が浮かぶ亜空感が見える。 「うわ、なにこれ」と、おどけてはいるがちょっと引き気味な五条。 空間の境界を操って裂け目を作ることで離れた場所同士をつなげる事が出来る、通称"スキマ"。 二人で飛び込むとそこは今まで走っていた廊下の端の階段だった。 先ほどのように廊下を覗き込めば遠くに呪霊がいる。 こちらに気付いた奴が走り始めるのと同時に雲雀も手を翳すと、目の前の空間が裂けて今度はそこから札のついた矢が呪霊に向かって飛んだ。 トスッと頭に命中したがしかし、呪霊は特別ダメージを受けた様子もなく二人に向かって走り続ける。 「効かないですね」と呟いた雲雀は近づいてくる呪霊に背を向けて五条の手を取ると、再び空間を開いて今度は階段の上に移動した。 「札も矢も効かないね。耐久高いのかなー。雲雀あれやってみてよ前に神社で一級を瞬殺したやつ」 「あれ色々と準備が必要なんですよ。ここじゃ無理です」 「でもちょっとやそっとじゃダメージなさそうだよ?」 「ですねー・・・じゃあ電車でもぶつけてみます?」 「は?」 五条の間の抜けな声と、酷い音をたてて階段下の壁が壊されたのは同時だった。 そこから姿を現した呪霊に向けて雲雀が手を翳す。 目の前に大きく開いたスキマから、あろうことか雲雀が宣言した通り呪力を纏った電車が飛び出してきた。 二両編成のそれが階段を上がってくる呪霊に勢いよく衝突する。 階段すら壊して呪霊ごと下の階に墜落したのを、五条は唖然とした表情で見ていた。 さぁどうだ、と静かになった下階を見下ろす雲雀。 流石に潰れてくれたかと思ったがしかし、瓦礫や電車がガタガタと動き出した。 積みあがった残骸を押しのけて呪霊が立ち上がる。その体には欠損も傷もなかった。 「ううん・・・呪力を纏わせて物理で殴る作戦は駄目ですね」 「耐久えぐいねっていうかあの電車何?どこから持ってきたの?」 「古くなったのをちょっと拝借して改造を・・・あ、逃げますよ!」 階段を駆け上がってきた呪霊に、雲雀は五条と共に再び逃げ始める。 数回、札を使ったり術を使ったりと色々試していたが、途中雲雀は何かに気付いたように「あれ?」と声を零して足を止めた。 「雲雀?どうしたの?」 「いえ・・・あの鏡がちょっと気になって」 廊下の途中にあった大きな鏡。 指摘された鏡に五条も目を向けて、そして「あー」と納得したように呟いた。 詳細を確認するために一度追ってきている呪霊を完全に振り払って、再び鏡の前に戻ってくる二人。 「五条さんどうです?私はなんか変だなって違和感くらいしか分からないんですけど」 「この鏡、呪物だよ。どんなものかまでは流石に分からないけど・・・危険だから無暗に触ったりはしない方がいいかもね」 二人して呪物である鏡を観察する。 五条の目で見ても今はただの大きな鏡だ。 「学校の怪談で鏡って言うと・・・特定の時間に見たり触ったりすると何かが起きるっていうやつですよね」 0時とか4時44分とか、アナログ時計で鏡越しに見ると4時44分になる7時16分とか。 死ぬだったり異世界に引きずり込まれるだったり。 「後で回収させて、こういうのが得意な術師に見てもらおうかな」 「そうですね。今は何かが起きそうな時間じゃなさそうですし・・・」 そこまで話して、不意に五条が顔を上げて廊下に目を向ける。 奴が近い。ここにいるともうすぐ見つかるな。 呪霊が近くなってきたのを感じて雲雀にそれを伝えようと口を開く──がしかし。 直後、鏡から膨らんだ呪力。 言葉を発する前にドン、と強く体を突き飛ばされた。 急なことに体が傾いて二、三歩大きくよろめく五条。 すぐに体勢を直して何事かと後ろを振り返ったのだが。 雲雀の姿が忽然と消えていた。 [ back ] |