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17

──領地の防衛を強化する
     来たる敵に備えよ──

エルヴィンから情報を得たツバキは中央部に帰ってすぐに人を集めて会議を開いた。
憲兵は"ファミリー"の実態を掴むべく、また地上に影響を及ぼさないよう牽制すべく、地下街の定期調査だったかなんだかの名目でいらっしゃるとか。ご苦労なこった。
食事の時間も忘れて話し合って数時間後、速やかに"ファミリー"全体に広められた指令が人々をざわつかせる。

憲兵団の調査は三日後だ。予定日まで日数がないのは痛いが、あの日エルヴィン達と会っていなければその情報さえ手に入らなかったのだから不幸中の幸いだろう。

屋根に登って領土を見渡していたツバキが頭が痛いというように大きく息を吐く。
どうにも、組織を大きくしすぎたらしい。
今まで地上からそういった類の音沙汰は全くなかったため、余程の犯罪なりクーデターなりでも起こさない限りは野放しのままだろうと油断していたのだ。

"ファミリー"は犯罪行為に手を染めているわけではない。
いや全くの白かと聞かれれば否なのだが──少なくとも生計はまっとうな商売で立てているし、むしろそこら辺のチンピラとは比べ物にならない程まともな人間達の集まりのはずだろうに。

「優秀すぎて目を付けられちゃったのかしらねぇ」

下から聞こえてきた声に屋根から覗き込めば、呆れ気味な笑みを浮かべたクイーンが窓枠に肘をついていてツバキを見上げていた。

「管理できなくて手放したなら放っておいてくれたらいいのに」
「ここに堕ちた人間は普通なら自分の事で精一杯だし、手を組むのは利益があるから。私達みたいに強い繋がりはないわ。
 いくら地下街が無法地帯になったといっても一大勢力が生まれたとあっては、出入り口は王族貴族も住まうシーナなのだから捨て置くことは出来ないのでしょう」

貴族特有の余裕ある雰囲気の彼女にツバキは「だよねぇ」と肯定して大きく息を吐いた。
憲兵の調査が入るのは困る。いや、地下に来ること自体は構わないのだが領土内に入られるのは遠慮願いたい。
天井を破って光を入れている場所があるし、鶏もいれば食物を植えている場所もある。
人が多く学び舎や店もあって人間的な生活をしている。
地上ほどではないが生活環境が整っているのだ。そして階級制度による統率は上に劣らない。

ここまで整っているところを見られてはこちらにその気がなくても危険視されるかもしれない。

「あーもー・・・憲兵の情報を集める時間が欲しい。相手の戦力とか作戦が全く分からないなんてありえない」
「それは相手も同じよ。少なくとも後手に回ることはないわ」

会議の中で、憲兵の調査が入るならその前に視察なんかが来るんじゃないかという意見があった。
通常なら相手の下調べをするのは当然だろう。
しかし、忍であるためそういった気配に一番聡いツバキはそれを否定した。
不安要素はなるべく早めに排除することを心掛けているため普段から警戒を怠らないようにしているが、今まで憲兵団やそれに連なる者の影は見たことがないとのこと。
まったく、余程舐められているらしい。

調査兵団の彼等が余計な情報を流している可能性も零ではないが──憲兵団と調査兵団は仲が良いわけではないし、エルヴィンに限ってそんな旨味をとられかねない情報をおいそれと渡す様な事はしないだろう。という結論に至った。

「──まったく、地上のお偉いさま方は自分の保身のためなら腰が軽い軽い。あぁいうのは話が通じないから厄介なんだよね」
「一度徹底的に潰して差し上げたいわ」

物騒な事を言うクイーンは冷静に見えて随分怒りを溜めこんでいるようだ。肯定することも否定することも憚られたツバキは苦笑いと共に「怖ぁ・・・」と声を零した。

──────────

そして三日後、ローブを着こんで首飾りを下げ、顔の上半分を面で隠した集団が"ファミリー"領土と地下街を隔てる門に隊ごとに整列していた。
今は隊長を務める"ルーク"が"キング"と"クイーン"の周りに集まって最終確認をしている所だ。

「何度も言っている事だが確認する。
 一つ。殺しはなるべくするな。手を汚すことに慣れない奴もいる・・・精神状態を乱しかねない。なにより今回の目的は、我々は手を出さなければ大人しくしているという事を上の奴等に教えてやることだ。
 一つ。相手の実力が分からない状況での戦闘では一対一は避けろ。負傷した場合は速やかに戦線離脱だ。
 一つ。報告連絡相談は徹底しろ。情報は時に命よりも重い・・・たった一つの情報で戦況がひっくり返ることを忘れるな。
 一つ。領土内に、特に中央部には奴等を入れるな。情報や人質を取られては敵わない。

 最後に・・・家族を泣かせるな。多少の怪我は仕方ないが捕虜になったり命を落としたりで、帰ってこないなんて事にはなってくれるなよ」

では、各々隊員たちに伝えて合図があるまで待機だ。
ツバキのその言葉で"ルーク"達は受け持つ隊の列に戻っていく。速やかに隊長から班長に伝わって、班員にも広がるだろう。

「それじゃ"クイーン"、残っている"ファミリー"を頼むよ。何かあればすぐに情報を寄越してくれ」
「こっちにも戦闘員はいるし、いざとなれば皆戦えるから大丈夫よ。まぁほとんどは出ている貴方達に打ち取られてしまうでしょうけど・・・万一ここまで辿り着いたとしても私達の領土には入れない。任せて」

戦闘に出て指揮を執るツバキと、中央部に残って"ファミリー"の安全を守り、高台という地形を生かして戦況の把握と情報の伝達を担う"クイーン"。

くれぐれも気を付けてと言葉を掛けあって、彼女は住居であり本部でもある屋敷に戻って行った。

そしてしばらく経った頃、中央部から煙弾が上がったのを見てツバキは大きく息を吸う。

「合図だ。──散!」

その掛け声とともに、部隊はそれぞれの持ち場に向かって走り出した。


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