16 地下街にしては洒落た酒場で、ツバキは約束の人物を待っていた。 お気に入りの酒を一人ゆっくりと楽しんでいたところでカランコロンとベルを鳴らして新たな客が入ってくる。 近付いてくる気配を感じて振り返ればニッコリ笑顔のエルヴィンと仏頂面のリヴァイがこちらに歩いてきているのが目に入った。 「やぁ、待たせたね」 「お久しぶりです、団長様、兵士長様。先日は道楽貴族が参加するオークションにも参加なさったそうで、随分と手を広げたようですね」 「皮肉ってんじゃねェよ。話は聞いてんだろ」 四人がけのテーブルで、ツバキの対面側に座ったエルヴィンとリヴァイ。眉を寄せて言ったリヴァイは近くを通った店員にウイスキーを注文する。次いでエルヴィンも「彼と同じものを」とオーダーした。 「さて、早速だが本題に入ろう」 「本題も何も例の件はお断りすると申し上げたはずですが・・・兵士長から聞いてません?」 「聞いたよ。でもこちらも兵士の食事に関することだからね、粘らせてもらうよ」 「私にも事情というものがあるんですけどねー・・・」 大きな収入源というのもあるが他にも"ファミリー"の大事な食糧だ。多少ならばともかく調査兵団の食事に出せるほどの量を、しかも格安で提供するわけにはいかない。 あと単純に身バレ防止として深く長くかかわりたくない。 「地上に出るために養鶏をしているなら私達が手を貸すし、その後も兵団の敷地内だが土地の提供はできる。鶏も日の当たる地上の方がよく育つだろう。どちらにとってもマイナスではないと思うが・・・」 うん、確かにそうなんだけど。一匹狼でやってたなら間違いなく飛びついていたよこんな美味しい話。 キュッと眉を寄せて眉間をトントン指で叩くツバキ。 しょうがない、酔っぱらったふりしてやり過ごそう。 大きく息を吐いた後グラスに残っていた酒を煽ると気だるげにエルヴィンとリヴァイに目を向けた。 「“ファミリー”と結んだ約束とやらがあるから強気に行かせていただきますが、私は貴方達と取引をするつもりはありません」 「手厳しいな」 「というか、最近貴方達“ファミリー”に対して強く出過ぎです。彼等に目を付けられている上に、最悪調査兵団をよく思ってない地上の連中に難癖付けられて叩かれますよ」 「おっと話を逸らしてきたか」 「この酔っ払いが・・・」 面倒くさくなりそうな雰囲気にリヴァイが小さく舌打ちする。 色々聞いてます、から始まり長々と綴られる言葉達にエルヴィンは程よく相槌を打ち、リヴァイは我関せずでつまらなさそうに酒を飲んでいた。 「──ですから、もう少し慎重に接触していかないと足掬われてお仕舞ですよ。聞いています?」 「うんうん、聞いてるよ」 「兵士長は」 「・・・あぁ、聞いてる」 流してほとんど聞いていなかったが本当のことを言えば更に面倒くさくなることは分かっていたため適当に返事をしてやる。 フンと鼻を鳴らしたツバキは新しい酒で少し喉を潤して話に一段落付け、それを察したエルヴィンは「それはそうと」と切り出した。 「実はある情報を持ってきたんだ。君にとっても"ファミリー"にもとってあまり良くない情報なんだが・・・欲しくないかい?」 「・・・なんですかそれ、欲しいに決まってるじゃないですか」 顔を顰めてそんな情報ウチに入ってたっけと考える。情報は時に命より大事になると言う人もいるくらいだから"ファミリー"にも情報収集班を作ってはいるが確か地上関係で良くない情報というものは入ってなかったはずだ。 それでいてこれをもたらしたのが団長ということは兵団で決定された比較的新しいもので一般兵には回っているか回っていないかくらいには早い情報なのだろう。 良くない情報は早く手に入れて対処するに限る。特に兵団関係なら後手に回ることは避けたい。 ただ問題は情報を持ってきたのがこの男という事だ。どんな取引を持ち出されるか分かったものじゃないし重要な情報というだけあって相手の方が有利になる。 「調査兵団では中々肉を仕入れることが出来なくてね」 「ほらー、やっぱり。そうきますよね」 「まだ上層部にしか回ってない情報だからな、使えるものは使っておきたいんだ」 人の足元見やがって、と思わず心の中で口悪く罵る。 しかし情報は欲しい。 ツバキはテーブルに肘をついてじっくりと考えると諦めたように項垂れた。 「・・・五十羽でどうでしょう」 「んな数で足りると思ってんのか」 「じゃあ八十で」 「百五十で手を打ちたい。君達にとってはそれだけの価値があると思うんだ」 ニッコリ、悪気のないエルヴィンの笑顔にツバキの顔が引き攣る。 軌道に乗ってきたとはいえお金の入ってこない取引は懐に痛い。情報と鶏──その情報が本当にこちらにとって必要なら鶏百五十羽なんて安い買い物だけれども。 「先に情報の開示をお願いしても良いですか。それから百五十の価値があるかどうか決めたいです」 「テメェ情報だけ取って逃げようって魂胆じゃねぇだろうな」 「しないですって!後々面倒になるだけじゃないですか」 「君は頭が良いからね。そこら辺は信用しよう。──それじゃさっそくこちら側で手に入れた情報だが」 ──この地下に、憲兵団の調査が入ることになったんだ。 [ back ] |