stand up! | ナノ

9

煌びやかな装飾、優雅な音楽、それに合わせて踊る男女、隣の部屋では軽食や飲み物も用意されて、招待された人々は楽しい時間を過ごしていた。
そんな中ツバキはと言えば事前に調べて候補としていた独身男性達に連れてきた女の子二人を上手く押し付けて一人パイプ作りに専念していた。

「ほうほう、ではご両親共が東洋人で・・・それだとさぞかし苦労されたでしょう」
「えぇまぁ・・・なかなか刺激的な人生ではありましたわ」
「綺麗な黒髪ですね。純血の東洋人は初めてお会いしましたがとても可愛らしい」
「あら、これでもとうに二十歳は超えましたのよ?」

うわ気持ち悪い。なんだ『超えましたのよ』って。いや貴族に混ざるためには仕方ない事だけれども。
にしても寄ってくる寄ってくる。混じり気のない東洋人という見た目のおかげか男女問わず囲まれてそれなりに充実した時間を過ごしていた。

連れてきた二人もそれぞれ男性と楽しそうに話しているしこの分だと今回のパーティーは勝利に終わるのではないか。
そうほくそ笑んでいたところで、視界の端に見覚えのある顔を見た気がして二度見すれば。
高揚していた気分がスッと冷えた気がした。

「(あの男は・・・)」

前に見た時に調査兵団だと名乗った男。背が高く金髪で紳士的な風貌──しかしその本性は巨人殲滅のために全てを掛ける策略家。
名はエルヴィンといったか。なぜこんな所にいる。
無論自分の正体がばれるとは思っていないが奴がいるという事は他の奴等もいるかもしれない。面倒事は避けるに限る。
己の周りに集まる貴族達と会話をしながら不自然にならないように辺りを見渡せば、見つけた。

「(リヴァイとミケとハンジ、だったかな)
 ──あら、あちらに調査兵団の団長様がいらっしゃるのだけれど、こういったところへはよく見えるのかしら」
「えぇ、三つの兵団の中でも予算が少ないから資金集めにいらっしゃるらしいわ。わたくしの家からも出資すると先程お父様が話していらしたの」

傍らにいた令嬢の言葉にツバキはエルヴィンを見たまま納得の返事を返す。
資金集めが目的ならば余程の事がなければこちらに気付かれることはないな。むしろ気にし過ぎて目を付けられたら大変だ。大人しくしていよう。


──そう、思っていたのに。

「ツバキ!ここにいたのね。貴方背は低いけれど黒髪だから見つけやすいわ」

聞き覚えのある声に振り返ればパーティー出席を手引きしてくれた例の女主人。の後ろにいる調査兵団団長様。
笑顔で振り返ったツバキの表情はそのまま固まった。

「こちら調査兵団団長のエルヴィン・スミス。外の話をたくさんしてくださったの。頭の良い方だから貴方とも話が合うと思うわ。
 エルヴィン、こちらはツバキ。鶏の提供者というのが彼女よ。貴族ではないから融資は望めないけれど良い子だから仲良くしてあげて」

“鶏の提供者”という言葉にエルヴィンの瞳が鋭くなったのをツバキは見逃さなかった。
エルヴィンの思惑とツバキの動揺には気付かずにこやかに紹介した女主人は知人に声を掛けられて席を外し、二人きりになったところで機会を窺っていた貴族が寄ってくる。──が話しかけられる前に、彼はツバキに手を差し出してにっこりと笑った。

「よろしければ一曲お付き合いいただけませんか?」

確かに人脈を広げるためにパーティーに来ていたしダンスを通して仲良くなった貴族もいて楽しんでいた。が、この誘いは嬉しくない。東洋人という物珍しさに下心抱えてくる奴等よりご遠慮願いたい。
だってこの人頭良すぎて面倒くさい。
しかし理由なくダンスを断るのはマナー違反だ。せっかく順調な社交界デビューを果たせそうなのにこんな事で躓くなど冗談じゃなかった。

「・・・えぇ、喜んで」

ニッコリ笑顔を張り付けて手を取る。エルヴィンは慣れた様子でリードをこなし、音楽に合わせて舞う貴族たちのダンスの輪に入っていった。

「君はどこの家の子かな。東洋人の家系で農場を経営しているという家は聞いたことがないのだが・・・」
「細々やっているだけですし貴族ではありませんので話に上がらなかったのでしょう。こんな華やかな所に呼ばれるのは初めてですのよ。ミスターは随分と慣れていらっしゃるのね」
「エルヴィンで良いよ。私もツバキと呼ばせてもらおう。
 恥ずかしながら調査兵団は支給金が少ないのでね。こういったところで融資を募っているんだ」
「あら、わたくしと仲良くしても資金提供するほどの余裕はなくってよ」

クルクルとステップを踏みながらにこやかに腹の探り合いが繰り広げられる。
どこに住んでいるのかと聞かれてはぐらかしたり最近の兵団の出来事を聞いてみたり農業経営の状況を探られたり。
慎重に受け答えしていたため口を滑らす様な事はなかったと思われるが同様に自分達の益になるようなことも入ってこなかった。
彼もこちらを警戒しているのだろうか。一般人としてたまたま縁があってパーティーに出席できたという体を装っていたが何か不足があったのではないかと不安になる。

程なくして区切りがつき、エルヴィンはツバキをリードしてダンスの輪から抜け出した。
指先に唇を寄せると触れるか触れないかくらいのところでリップ音を残して顔を上げる。

「出来ればこれから私の戦友を紹介したかったのだが・・・あまり長い時間拘束するのは失礼だから止めておくよ。後日またゆっくりお茶でもどうだ?」
「あー・・・、・・・そうね、そのために一つ、いい加減はっきりさせておきましょう」

──貴方が私に近付く目的を教えて

ダンスの間中二人共がうやむやにしながらしていた会話を、ツバキが最後の最後で切り出した。
エルヴィンは驚いたように目を見張るとすぐにニンマリと口角を上げる。
なかなかどうして、この娘は頭が回るようだ。人の表情や些細な動きをよく見ており、そこから相手の感情や心の内を予想することが出来る。きっと一番聞きたかったその質問を最後に出したのも策の内なのだろう。嘘をつかれると困るらしい。

「そうだね・・・本音としては仲良くなって我が兵団に格安で肉を卸してほしいと思っているよ」
「・・・・・・それだけ?」
「あぁ、それだけだが。何か不安要素があったかい?」
「いえなんでも。肉を卸すという話ですが難しいですわ。わたくしのところも余裕があるわけではありませんので」
「まぁその話はまた後日にしよう。今日は楽しかったよ。では、失礼」

ニッコリ笑って話を終わらせたエルヴィンはまだ何か言いたげなツバキに背を向けて颯爽と去って行った。


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