stand up! | ナノ

10

良い話を聞けたと、ツバキから離れたエルヴィンはリヴァイ達を探すために辺りを見渡した。パーティーもそろそろ佳境に差し掛かるため一旦情報を整理しようと思ったのだ。
ぐるりと見渡してまず見つけたのはハンジとミケ。二人でゆったりとお酒を飲みながらダンスを楽しんでいる貴族達を見ている。
何とか気付かないかと視線を送るも目が合う事はなく、仕方なく近付いて行ったところでようやくこちらに顔を向けた。
しかしエルヴィンが声を掛けようとしたところでハンジは唇に人差し指を添えて『静かに』と合図を送る。

「どうした、何か気になることでもあったか?」

隣まできて問うと彼女とミケは視線を外して一点を見つめる。エルヴィンもそちらを向けば声がギリギリ聞こえるところで年頃の女の子二人が仲良く話していた。
もう一口グラスを傾けたミケが気付かれないように観察しながら口を開く。

「たまたま興味深い言葉が聞こえてな。グラス一杯で粘っていた」
「二人してグラスの返却に行く手間も惜しいほど興味深かったのか」
「『こういう華やかな場所も楽しいけど、やっぱファミリーに囲まれてた方が楽しいよね』だってさ。・・・ファミリーって、そういう意味だよね」
「そう、か・・・そうだろうな。全く今日は想定外が多くて困る」

そう言いながらもエルヴィンの顔には何かを企んでいるような笑みが浮かんでいた。
別室にある食事を隠して持って帰れないかなだとか、こっち(地上)に上がってきたらみんなも出席できると良いねだとか。確定できない程度で留めている会話をしているのは無意識なのか意図的なのか分からないがほぼ地下街のファミリーの一員で間違いないだろう。
しかもこういったパーティーに送り込まれる輩だ。ファミリーの中核を担う中央部の人間に違いない。

「是非接触しておきたい──が、慎重に行った方が良さそうだな。気付かれてる」
「え、うそ!?相手が普通の女の子だからって手を抜いたりしてないよ!?」
「普通の女の子に見えてもあくまでファミリーの一員ってわけだ」

視界の端にこちらを窺う姿が映る。壁内とファミリー領土、作りが似ていてより内側にいる者でもシーナにいる人間と違って中央部の人間は腑抜けているわけではないらしい。
さてどうするかとエルヴィンは顎を擦りながら考えを巡らせた。

──────────

一方エルヴィンと分かれたツバキは一仕事終えた気分になりバルコニーで一休みすることにした。度の低いカクテルを手に外に出ればひんやりとした空気が体を包み高揚していた気分が落ち着いていく。

思えば調査兵団団長が相手だからと言って警戒し過ぎていたかもしれない。相手はこのパーティーに肉を卸した人間の事を知りたいだけだったのに、こちらが一方的にエルヴィンを知っていたために自分が地下街の人間だとばれるのではと気にし過ぎてしまった。

手すりに寄りかかり星の輝く夜空を見てホゥ、と息を吐く。調査兵団という想定外の存在はいたが連れてきた子二人は目標の男性と上手くやっているようだし自分も沢山の人と知り合う事が出来た。
純血の東洋人という事で記憶に残るだろうからいつか取引を持ちかける時の良い潤滑油となるだろう。

そもそも養鶏は貴族も通う高級娼婦館の食事に使う鶏を強奪したことから始まる。生きたまま搬送しているところを叩いて積荷ごと頂戴し、必要分だけ食事に回して残りは増やして売ろうという事にまとまった。まだ人数が少なくただのゴロツキ集団として活動していた頃の話だ。
今では順調に数が増えており領土の中でも日の零れる貴重な土地を養鶏場として整備してある。

そう、自分達の過去を振り返りながら考えていた時。

「珍しいな。東洋人か」

後ろから駆けられた声にピクリと肩が震えた。振り返れば自分とほぼ同じ目線で鋭い目を向けられていてやはりかと内心息を吐く。

「リヴァイ兵士長様でしたかしら。わたくしに何か」
「いや、貴族の女共が鬱陶しかったからこっちに来ただけだ。珍しいから声に出しちまった・・・悪かったな」

どうやら彼も一休みしにこちらへ来たらしい。さっきの今だからまだエルヴィンと会ったわけではないだろうな。丁度いい、自分も物珍しさに寄って来る貴族たちに疲れたところだ。
ツバキは自分から離れようと体の向きを変えたリヴァイを呼び止めると、気だるげに振り向いた彼にちょいちょいと手招きした。

「ここにいてもその内囲まれるわ。それならペアでいた方が周りも遠慮してくれるでしょう?」
「・・・それもそうだな」

少し考えて納得の意を示したリヴァイがツバキの隣に来て柵に体重を預ける。人類最強と呼ばれようとも流石にパーティーでその腕を振るうことは出来ず、歯がゆい思いをしたのだろう。
そんなことを思っていたら「あんな女共貴族じゃなけりゃ蹴り飛ばしてた」などとのたまったため小さく笑ってしまった。

「兵士長様も大変ね。今回のパーティーでは資金集めに加えて肉の提供者も探していると聞いたわ」
「あぁ、何か知らないか」
「何かって言われても・・・あの女主人のところでしょう?」
「そこを通して肉を提供した奴がいる。俺達はそいつを探している。パーティーに出ていると聞いた」
「うーん、知らないわね。
 それはそうと、最近の兵士長様は地下にも通っていると聞いたわ」
「そんなことも広まってんのか。・・・ったく、調査兵団は見世物じゃねぇぞ」
「地下へは何をしに?確か兵士長様は地下街出身だと聞いたけれど・・・良い人でも置いていたのかしら」
「違う。ただの勧誘だ」
「あら、地下街の人間相手ならそう難しい事ではないのでは?団長様は頭が切れる方だし貴方は腕っぷしでは誰にも負けないでしょう」
「そう思っていたがこれがなかなか出来る奴でな。難しそうだ」

あらそうなの、とゆるりと首を傾げるツバキの頭は冷静だった。
眉間に皺を寄せて彼の人を思い浮かべているであろう彼に、この様子からして少なくとも一筋縄ではいかないであろう相手だと認識されていることにホッとした。
あまり突っ込み過ぎても不自然だと話を終わらせて二人して庭を眺める。

ぼうっとしながら過ごして数分経った頃だろうか、不意に聞き覚えある声に呼ばれてリヴァイはそちらを振り返る。エルヴィンが三人を連れてこちらに歩いてくるのが目に入った。

「こんな所にいたのか。中でお嬢さん方が探していたぞ」
「充分相手はしてやった・・・見世物役はもういいだろう。それに見ての通り今も接待中だ」
「接待中?誰をだ」
「あ?だからこいつを──」

そういいながらツバキのいる場所に顔を向けたリヴァイはハッとして言葉を止めた。
居ないのだ、誰も。
そんな馬鹿なと周りを見渡すも影も形もない。

「リヴァイ?」
「お前達がここに来た時、俺の隣に女がいなかったか」
「いや、見なかったが・・・」
「んなわけねぇだろ。確かにいたはずだぞ」

いくら薄暗かったとはいえあんなに煌びやかな姿をしていたのだ。動けば目につく、つまり移動しようとすれば自分が気付かないはずがないのだ。なのに隣に居たにもかかわらずいなくなったことに気付けなかった。
そのことを話せばエルヴィン達は怪訝そうな表情で顔を見合わせる。

「それは気になるな・・・その人物の特徴はあるか」
「東洋人だった。それも純血かと思うくらいの。背が俺と同じくらいで・・・」
「名は?」
「・・・聞かなかったなそういえば」

言われて初めて気づいた。酒が入っていたとはいえ相手はこちらを知っていて自分は相手のことを何も知らないままにしていたとは。そういえば会話の内容も調査兵団の事ばかりで女の事は何も聞いていなかった──まぁそれは興味がなかったからだが。

そんなことを考えていればエルヴィンから女の特徴、来ていたドレスや髪型を口に出されてリヴァイは思わず彼を見る。
違うかと問われて違わないと答えればエルヴィンは顔を手で覆って「逃げられた」と呟いた。

「どういう事だエルヴィン」
「その子だよ、鶏の提供者は。まさかリヴァイと接触していたとは・・・」

その言葉にリヴァイが目を見張る。
目標を目の前にしていたにもかかわらず呑気に酒など呷っていたのか俺は。ただの貴族様に見えたのに。
ある種のショックを受けて立ち尽くすリヴァイに、エルヴィンは「まぁそれはいいとして」と話を一旦おくように区切りをつける。

「ファミリーの一員と思われる人物が二人いた」

その言葉にリヴァイはハッとして息を呑んだ。エルヴィンを見れば彼も真剣な表情をしている。
接触しなかったのかと聞いたところ人だかりを上手く利用されて逃げられたとの答えが返ってきて舌打ちを一つ零す。

「奴等、既に地上に出てきていたのか」
「そうらしいな。だが手を広めているぶん足も付きやすい」
「本当はさっき捕まえられたらよかったんだけどねー。彼女達、わざわざ人の多いところ通って『調査兵団の人達が話があるらしい』って貴族を足止めに使うもんだから逃しちゃったよ」

残念そうにゆるりと頭を振るハンジ。ナナバはそれに苦笑いを零すと「どうしますか団長」と判断を求めた。

「また散らばって探そう。見つけ次第報告、隅に誘導して逃げ場をなくしてから接触を図る」

全員が中に戻り再び捜索が開始される。
が、それ以降女の子二人もツバキも見ることはなかった。
大きな成果を得られないままパーティーを終えて帰り道の馬車に揺られるエルヴィン達。

しかしそんな中ナナバが言った。

「そういえば一つだけビックリな報告があるよ。
 ──特徴を聞いていた三人が・・・ファミリーと鶏の提供者が揃って会場から出て行くのを見たんだ。私の事は知らなかったんだろうね。気付かずに通り過ぎて行ったよ。兵団に出資してくれている人と話していたから無碍にできずに逃がしちゃったけどね」


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