stand up! | ナノ

8

その日、ツバキはシーナ内にある煌びやかな服飾店でドレスを選んでいた。無論地下街から脱出したわけではない。
昔助けてから時たま交流している下流貴族の女主人にパーティーに出ないかと誘われたのだ。しかしただ楽しむだけでは勿体ないという事で今回のツバキの目的は地下街脱出後に必要になるであろうパイプ作りと地上の雰囲気に慣れるため、そして何より──

「ツバキさん、これ似合うかしら。もっとフリルあった方が良い?」
「んー、もう少しあった方がいいんじゃない?貴族のパーティーはどれだけ着飾っても足りないって聞いたし。どうせ見栄の張り合いだろうけど合わせなきゃ逆に目立つし舐められるからね」
「ねー、これ本当に着るの・・・お腹苦しいんだけど。コルセット締めすぎ・・・」
「どれだけ細く見せられるかが勝負どころだから。女のお洒落に我慢は付き物って言うじゃない」

一緒にこの店に来たファミリーの“ビショップ”、二十歳頃になる女の子二人の社交界デビューである。
目標は未婚の男性とお近づきになること。結婚相手の家柄を重視しない家で出来れば家を継いで実権を握る長男が良い。
地下街出身を隠すとはいえ難しい条件だが、上手く行けば後々ファミリーにとって有益なものになるであろうこともあって女の子達のやる気も十分だ。
まぁ純粋に再び地上に出られることや女として着飾れることが嬉しいのもあるだろうが。
ツバキははしゃぐ二人に呆れ半分微笑ましさ半分で溜め息を付いた。

「二人共、はしゃぐのはいいけどパーティー本番では淑女になるようにね」
「大丈夫。クイーンからちゃんとマナー教わったもの」
「それに私達が地下街脱出の先駆けを担うんだから失敗はしないようにする」

少し緊張を孕んだ表情で、三人は顔を見合わせて頷きあった。

──────────

日はあっという間に過ぎてパーティー当日。
迎えの馬車に乗ったツバキと女の子二人は誘ってくれた貴族の屋敷で準備を済ませてからパーティー会場であるとある貴族の屋敷に来ていた。

「ヤバい・・・やっぱヤバいよ何あれ地下出るのにあんな大金払わなきゃいけないの。ドレス選びに地上来た時もあれだけ払ってたの。だからあの一回で決めなきゃいけなかったの・・・。この世界は残酷だわ・・・」
「気をしっかり持ちなさい。これから行く戦場はもっと悲惨なのよ」
「や、パーティーでしょ!?楽しむものでしょ!?ツバキさんまでボケに回ったら計画が水の泡よ!」

馬車から降りて歩きながら冗談を言えば突込みが入る。緊張といつものやりとりが混ざって少々可笑しなテンションになっていた。
受付を済ませてとうとう会場の目の前まで来て、自由に入退場できるよう開かれた扉の向こう側を見た女の子二人が顔を輝かせる。
ツバキは二人を落ち着かせるように一旦廊下の隅に移動させた。

「二人共、楽しみな気持ちは分かるけどここからは私も初めての体験だから。想定外の事が起こってフォローしきれない事態になるかもしれないし私自身が失敗を犯すかもしれない。各自冷静な思考を忘れず最後まで気を抜かないようにして」
「「──了解」」

──────────

その数分後同じような馬車が屋敷の前に停まり、降りてきたのは正装に身を包んだエルヴィンだった。次いでリヴァイ、ミケ、ハンジ、ナナバが降りてきて五人そろって中に入っていく。

「あー、パーティーなんていつ振りだろう。いつもはエルヴィンとリヴァイだけで行くことが多いから久しぶりだなぁ」
「会場にいる間は巨人を忘れて大人しくしていてくれよ。今日は普段行く上流貴族のパーティーとは違って下流から中流が多い。新たな出資者を呼び込むチャンスだ」
「尤も、一番の目的は例の噂を確かめる事・・・でしたよね?」

ナナバの意味ありげな視線にエルヴィンが一つ頷く。
今回のパーティー出席は無論出資者を募るためでもあるがもう一つの大きな目的は別にあった。
というのもパーティーの招待を受けて出資者勧誘のための情報を集めている時、少々気になる話を耳に挟んだのだ。

──次のパーティーでは料理に使う鶏を相場より安値で提供した貴族が招かれるそうだ、と。

肉が貴重なこのご時世でそんなことをする貴族は珍しいと調べてみたが、実際のところそこは下流貴族で農場経営には手を出していない。というより農場経営が上手く行ってるならとっくに下流なんて脱しているはずだ。
更にその貴族と関わりがある者に近付いてみればどうやら裏に鶏を提供した人間がいるらしく、貴族の要望で裏の人の分も招待状が出ているというではないか。

よって上手く行けば格安で兵団に肉を卸してもらえるのではないかという希望の下、資金集めの傍らその人物との接触が目的とされたのだ。

周りがパーティーを楽しもうとにこやかに会場へ入っていくのに混ざって五人は煌びやかな世界へ足を踏み入れた。


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