長編、企画 | ナノ

争奪戦


「空腹にこそウマいものは微笑む。…存分に筋肉を修復しなさい。」

それは猫又監督からのGOサイン。
目を輝かせた猛者たちが肉に飛びつく。

「「「いただきますっ!!」」」

青い真夏の空の下で、一週間の時を過ごしたライバルたちとの食事。

「月島もっと食べなさいよー!」
「!いや…僕はこんなには−」
「オラー野菜も食えよー。研磨もだコラー」
「米を食えよ!」
「肉だろ!!肉を食え!!」

そして親戚のおっさんのように現代っ子に絡む主将陣。
皆が笑って過ごして…、

(あれ…?)

…いると思ったが、跳子の視線の先には挙動不審の谷地がいた。

(…これは…これはまるで…巨人の密林…!)

恐怖で肉が取れない谷地に生川の主将が気を使う。

「…届きますか?何か取る?」
「ハゥァッ!!ワタシオイシクナイデス!!あっじゃなくてっハイ大丈夫ですっ」

目が泳いだまま谷地は真っ黒に焦げて炭と化した肉を掴んで口にする。

「えっ!?あっ!!」
「おっおいひいっ。人生の様な味がしますっ」
「やっちゃん!?今食ったヤツすげー黒かったけど大丈夫!?」
「…お茶いる?」
「水もありますよ?」

平均190cmはありそうな男の人に囲まれている谷地。
その姿は見る者にも不安を与え、森然主将が隣りに声をかける。

「なんか…あそこの絵面がヤバイ…」
「おー…町中だったら通報されそうッスね…」
「あっでも、鈴木さんが向かっていくぞ…!」


跳子が谷地に歩み寄ると涙目のままガクガク震えていた。

『仁花ちゃん、アレが人生の味ってどんな人生送ってるの…。』
「跳子ちゃん!えっとね、劇的に苦い…!」
『みんないい人だから、素直にお茶かお水もらいなよ…。しかも一人は仲間だよ…。』
「えっあっうん。」

そして谷地が尾長に水をもらっていると、心配になった澤村が近くに来て東峰に話しかける。

「オイ旭。お前谷地さんに不用意に近づくなって言っただろう!」
「えっ!?俺!?」
『澤村先輩、もうちょっとオブラートに包んであげてください…。』
「ひぃぃ!私が悪いんです!ご、ごめんなさい!」

次いで生川のマネージャーがやってきた。

「跳子ちゃん、谷地ちゃん!」
『あ、こんにちは!』
「お疲れ様です!」

そして周囲をチラっと見回し、ニヤーっと悪い顔で微笑んだ。

「…跳子ちゃんの好みの男性がここには二人もいますなー。」
『ちょっ』
「「「ブッ…!」」」

周囲の人間が飲み物を吹き出す。澤村にもシッカリ聞こえていた。

「な、何を…!」

(好みの男性ってなんだ−!?)

生川マネは楽しそうに、自分のところの主将に話しかける。

「よかったねー!跳子ちゃん、他校のかっこいい人であんたの名前出たよー!」
「は!?」
「あとねー、梟谷の鷲尾も出てたよ!」
「…っ?」
『ちょっとダメ〜っ!』

止めても楽しそうに繰り返す生川マネに、仕返しにバラしてやろうと跳子があの夜を思い出す。

(〜〜っダメだ言えない〜っ!)

彼女がかっこいい人で出したのは確か澤村だった。
ここでそれを言って、もし澤村が彼女を好きになったらどうしようと跳子は考えてしまう。

そこにひょっこり黒尾が顔を出した。

「盛り上がってんじゃねーか?なんの話だ?」
『黒尾さん!』
「あ、黒尾は…残念!フラれた!」
「は?」
『わーわーダメですって!』

結局黒尾にも話すだけ話して生川マネは去っていった。
若干本気でブスくれる黒尾。

「ひでーなー跳子ちゃん。」
『いや、そういう意味じゃなくて、ですね…。』
「俺らの方では、俺は跳子ちゃんがいいってちゃんと言ったんだけどな。」
『ふぇっ!?』

お行儀悪く箸をくわえながら、黒尾が横目で跳子を見る。

「んで?なんでアイツらなの?」
『…うぅ。』
「それ、俺も聞きたいな。」

ニコやかを努めながら澤村も入ってきた。
代わりに谷地が思い出す。

「跳子ちゃん、寡黙でシッカリした人に弱い…だっけ?」
『んも〜…。なんかそんな時にお名前出してごめんなさい…』
「い、いや…」
「こちらこそ、なんかうちのマネージャーが変な事言って、悪いな…。」

跳子が生川の主将と鷲尾に謝り、言われた二人が顔を赤くする。
黙って聞いていた澤村が心に決めた。

(…そういうタイプには近づけないようにしよう…。伊達の青根とか危険そうだ…!)


谷地と無事肉を取り、跳子がマネージャーたちの元へ戻ってきた。
ご飯を食べながら女の子たちの話に花が咲く。
部員たちから見れば、そこは天国とも言うべき癒しの空間だった。

『もー、さっきのヒドイです!』

跳子が生川マネに言えば、ごめんごめんと笑って答えてくる。
梟谷マネも森然マネも、話を聞いて笑っていた。

「それにしても…烏野の3年生てしっかりしてそうですよねー。」
「そう??"下"に問題児が多いからかな…。」

清水の答えに「マジですかぁ〜」と感心したように皆が言う。
そして笑いながら話を続けていると、跳子が突然驚きの声を出した。

『!!何このお肉、超美味しい…!』
「え、何何?」

跳子の言葉にまず食いついたのは、口の中が食べ物でいっぱいの梟谷マネだった。

『いや、尋常じゃない柔らかさの美味しいお肉を今食べたものでつい…。』
「…そういえば監督が、当たりで松坂牛がどっかにあるって…!」
「跳子ちゃん!それどの辺で取った?!!」
『え、あの、確かあそこの網で…』

指をさす方向をチラリと見極め、梟谷マネの目が光った。

「あそこね!ちょっと行ってくる!」
「ちょい待ち!…ヤバイ食い尽くされる!うちらも行くよ!」
「谷地ちゃんも行こう!私たちと一緒ならお肉、とれるでしょ?」
「は、ハイ!!」

さっきまでの花咲く空気は何処へやら…。
残ったのは、落ち着いている清水とポカーンとしている跳子だけだ。

『…私何切れかとっちゃってたからどうぞって思ってたんですけど…行っちゃいましたね。潔子先輩、いかがですか?』
「ううん。ありがと、大丈夫。…実は私、何故かそればっかり当たってたからたくさん食べたの。」
『!?(さ、さすが潔子先輩…!!)』

恐るべし清水潔子の引きの強さに跳子が驚愕していると、問題児の回収を終えて戻る途中の澤村が、通りがかりに二人に話しかける。

「あれ?二人だけか?さっきまで皆で居ただろ?」
「澤村。」
『澤村先輩!』

清水が理由となった松坂牛肉の話をするのを一緒に聞きながら、跳子がチラリと澤村を見る。

(そういえば、私まだちゃんと昨日のお礼言ってないんだよね…。)

「そんな肉あったのか!俺は食ってないなぁ。…つーか清水、さすがだな…。」
「何が?」
「いや…。」
『あっあの、澤村先輩。私まだあるので召し上がりますか?』
「えっ?いや、いいよ!それは鈴木のだろう?」
『いや、そうなんですけど…その…』

清水が何かピンときたように「飲み物を取ってくる」と席を外した。

『…澤村先輩、昨日はありがとうございました。えっと、運んでいただいたって…。』
「!あ、あぁ。気にしなくていいよ。体調はもう大丈夫か?」

朝跳子の顔色を見て大丈夫そうだとは思ってはいたが、改めて本人が頷く姿を見て安心した。

『私全然覚えていなくて、お礼が遅くなってごめんなさい。』
「いいよ本当に。とにかく、あまり無理するんじゃないぞ。」

(それに、覚えられていても色々と困ることが…)

澤村が少し罪悪感に似た気持ちを抱えるが、跳子はそれには気付かずに続けた。

『これがお礼というわけじゃないんですけど…いかがですか?』
「ははっ、そういう事なら貰おうかな?」
『!ぜひ!ハイ、どうぞ。』

パァァっと顔を輝かせた跳子が、まだ温かいお肉を箸で澤村の前に差し出した。
擬音をつけるとしたら、「あ〜〜ん」という姿だ。

「!っえっと…。」
『え?…あっ!ごめんなさい…!先輩両手が塞がってると思ったらつい…!』

確かに紙皿と紙コップを手にする澤村の手は塞がっていた。
自分の行動に慌てて恥ずかしそうに俯く跳子を見て、澤村も少し赤くなりながらそっと周囲を見回す。
…皆肉に夢中でこちらを見ている者はいなそうだ。

「いや…せっかくだから、そのまま貰おうかな。」
『え…。』
「ホラ。」

少し前かがみになって口を開けて待っている澤村に、跳子がおずおずと肉を運んだ。
パクリと箸ごと食いついてからそっと離れる。

「…ん。んまい。ありがとな、鈴木。」
『いえ…。』

果たして本当に肉の味がわかったのかどうかはわからないが、そんな雰囲気にマネージャーたちが戻れなくなっていることに二人は気付いていなかった。


BBQセットの上がだいぶ落ち着いてきた頃、跳子が澤村と一緒に歩いていると、第3体育館仲間(月島の自主練メンバー)に声をかけられた。

『木兎さん、赤葦さんも!お疲れ様です!』
「おー鈴木ちゃん、肉!食ってるか〜?」
「こんにちは。」
「跳子だ!跳子!」
「リエーフ、テメーじっとしてろよ。」

もちろん、黒尾とリエーフと月島も一緒だ。

『木兎さん、本当に月島くんと仲良いですよね。』
「ちょっと鈴木、ほんとヤメて…。」
「ウォォイツッキー!どういう反応だソレ!」
「…だから"ツッキー"やめて貰っていいですか?」

(このウサギさん達は、本当にいいコンビだと思うんだけどなぁ。)
(まぁ確かにな。ウサギには全く見えないがな。)

ひそひそ話ながら、跳子と澤村がくすっと笑った。


『そういえば木兎さん!日向くんから聞きましたよ!全国で"5本の指"、スゴイですよねっ!!』
「おっそうか!?わははは」
『ハイ!私あんなに人を惹きつける花形プレイヤー初めて観ましたっ!』
「!!!」
「…チビちゃんに並ぶ天然煽て上手がここにもいたな…。」

黒尾がため息をつきながら木兎を見ると、なんだかプルプル震えている。

(なんだコレ!この子に褒められるの気持ちいい!ぃやっぱ俺最強ー!)

「気に入った!鈴木ちゃん、梟谷に来いよ!」
『え。』
「「「はぁ!?」」」

木兎の突然の爆弾発言に猛反発するのは音駒のリエーフと黒尾だ。

「ダメッスよ!跳子は音駒に来るんだ!」
「そうだ木兎!ふざけんな!あのバカを止めろ赤葦!」
「…いや、無理です。鈴木さん来てくれるのなら、うちとしては嬉しいので。」
「「「はぁぁ!??」」」


肉の争奪戦が落ち着けば、今度は一部で跳子の争奪戦が勃発。
もちろんそれを烏野が許すハズもなく…。

「…ふざけるな!どこにもやるか!鈴木は俺のだ!!」

澤村の一言に全員がピタリと止まる。
冷静に見えて、そうでもない月島がわなわなとしながらツッコんだ。

「…主将…"俺の"呼ばわりやめてもらっていいですか…?それを言うなら鈴木は"ウチの"、です。」
「ハッ…!」


この勝負の勝者は、誰…?


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