●●●ご褒美の時間
えーここで突然ですが、跳子先生による"要求を通す3ステップ"をお教えします。
1.まず最初にもっと無茶な要求をする。
「お前らそれはさすがに無理だろう…!」
「えー、何でもって言ったじゃないですか…。」
※ただし相手を怒らせない程度の無茶にするよう注意が必要です。
2.次に本題を"格下げした願い"として要求する。
「じゃあ、皆で練習後に近くでやってるっていう縁日に行きたいです。」
「ううむ…。まぁでもまだそれくらいなら…?」
※相手が関西出身の方なら、ここで1.を上回る無茶を入れてツッコミを受けるのも有りです。
3.相手が攻めてくるであろう論点を潰しておく。
「しかし、練習時間が短くなるようでは元も子も…」
「なので皆で話し合って、明日は一時間"早く"練習を始めようと思ってます!」
※想定外の論点が出た場合には臨機応変に落ち着いて対処をしましょう。
…ということで澤村・跳子組によって勝ち得たこの時間。
合宿5日目、夜。
近くでやっていると聞いた大きなお寺の縁日に、全学校揃ってやってきた。
約束通り練習を一時間早く終え、かといって屋台でお金を使いすぎないために食事も済ませてきた。
「「おぉぉ〜ッ!祭りだァ!」」
普段は厳かな雰囲気を保つ参道に連なる、色とりどりの屋台に目を輝かせる部員たち。
中心地では盆踊りも開催され、和太鼓の音がここまで響いてくる。
集まった人たちは皆笑顔で楽しんでいた。
人混みの邪魔にならないところで、各校部長が注意事項と集合時間・場所を言い聞かせた後、ようやく自由行動となる。
飛び跳ねながら喜んで会場に向かって行く部員たちの姿。
食べ物狙いであろう日向・影山には、何故か梟谷のマネージャーの一人も一緒になって付いていく。
心配そうに見つめる澤村に、ひょっこりと顔を出した跳子が話しかける。
『…またお父さんの顔になってますね?先輩。』
「鈴木!」
『あっちではスガ先輩がお母さんの顔をしてました。』
「…イヤなことを言うんじゃありません。」
くすくすと笑う跳子の姿を澤村はもう一度見つめ、思っていた疑問を口にする。
「それにしても…マネージャーたちはよく私服なんて持ってきてたな?」
男は皆ジャージしか合宿に持ってきていなかったのでそのままだったが、女子マネたちは1着だけ私服を持ってきていたようでせっかくだからと着替えてお祭りに来ていた。
澤村の言葉に一瞬驚いた顔をし、その後急にアハハ〜と笑う跳子。
何かをごまかそうとして目をそらしているように見えた。
「…鈴木。」
『っひゃい!』
「…前回の遠征で行こうとしてたところ、今回も諦めてなかったのか?」
『!!』
自分からゆっくり離れようとした跳子に声をかけた途端その後ろ姿がピタリと固まるのを見て、澤村は自分の言葉が図星を刺したことがわかった。
ギギギ…とサビてしまった機械のような動きで跳子が自分の方を振り向く。
眉毛が下がって、しゅーんと落ち込んだ小動物のようだ。
そこまで怖がらなくても…と澤村が苦笑するが、まぁそれも普段の自分が蒔いた種かと思い直す。
「…別に怒ってないから大丈夫だよ。」
『うぅ…ごめんなさい。ちょっと夢を捨てきれなくて…。』
「本当に怒ってないって。俺としては可愛い姿を見れてラッキーだしな。」
『!!』
赤くなった顔を見て澤村が笑えば、からかわれたと跳子が怒りだす。
それを見ていた烏野3年生3人と谷地が、少し話した後そっとその場から離れた。
「…まぁ少しは二人にしてやるべ。」
「そうだなぁ。この時間を作ってくれた二人へのご褒美だな。」
「そうね。まぁ澤村なら、安心かな…。」
「跳子ちゃん、嬉しそう…!」
幸せそうな二人を残し、お祭り会場に入る4人。
清水が谷地と二人で行動しようとするのを、菅原が慌てて止める。
「ダメだよ!注意事項にもあっただろう?"女の子だけで行動するべからず"って!」
「そうだよ危ないよ!何かあったら…!…あっても俺に何かできるかな…。」
「ななな何かって…。はっ!まさか暗殺…?」
「…なんか余計不安なんだけど。」
想像だけで東峰が青くなる。それを見た谷地も青くなる。
辛辣な言葉を吐く清水をまぁまぁと菅原が宥めながら、4人で回ることにした。
「…あれ?アイツらは?」
『潔子先輩と仁花ちゃんもいない!?』
ふと気づくと残っているのは自分たち二人だけだと気付き、それぞれが気を使われたのだと心の中で思う。
(ありがたいが…また後でからかうつもりだな…。)
(二人とも…嬉しいけど恥ずかしいよ…!)
気を取り直すようにんんっと咳払いをした澤村が、跳子の方を見る。
「まぁそれじゃ二人で回りながら探すか。俺と一緒でもいいか?」
『あっはい!もちろんです!』
煌びやかな提灯がともる会場に足を踏み入れ、たくさんの人の流れにそって歩く。
しかしあまり広くない参道には帰ろうと逆に歩く人もいて、油断するとはぐれてしまいそうだ。
細い一本道が十字路になったところで、少し人の流れが落ち着いた。
脇にそれたところで、澤村が鼻をかきながら跳子に話しかけた。
「あーー…、その。手、繋いでもいいか?」
『え…っ!』
「裾、掴んでもらってもいいんだが…。はぐれそうで心配だ。」
『あの、じゃあ、手、お願いします…。』
「…おう。…行くか。」
恐る恐る出す跳子の右手を、澤村の大きな手がギュっと握る。
そして手を引くように前を歩き始めた。
(手、汗、かいちゃいそう…。)
跳子がそんな不安な気持ちを抱えながらも、この手を離したいとは思えなかった。
目の前を歩く堂々とした背中についていけることが幸せだった。
「さ、じゃあめいっぱい楽しむか!鈴木。」
『そうですね。』
「何か食いたい物はあるか?奢ってやるぞ!」
『ありがとうございます。あの、じゃあ分けて食べませんか?』
少し胸がいっぱいで、跳子はたくさんは食べられそうにない。
その言葉に澤村が「いいのか?」とニッと笑った。
「お嬢ちゃん可愛いね!可愛い子には特盛りサービスだ!!」
跳子が注文して渡されたモノを見て、澤村が感嘆の声を出す。
「…鈴木が頼むとなんだかお得だな…。」
『女の子みんなに言ってるんですよ〜。』
それもあるかもしれないが、この量にはそれだけじゃないモノを感じる。
道を逸れたところにあった段差に腰かけ、二人で焼きそばとじゃがバタを食べ始めた。
「こんな夏らしいイベントに参加するの、久しぶりだなぁ。」
『えっ?皆で行ったりは…?』
「部活帰りでも男だらけだと、こんな風に行こうとはならなかったからな。」
『そうなんですね…。』
跳子は少し考えて、ショートカットの可愛らしい3年生と話しているのを見た時から何となくずっと気になっていたことを聞いてみようと決心した。
『あの、先輩…。彼女さん、とかは…?』
「ははっ。いるわけないだろう?」
跳子の言葉が意外だったのか、澤村が大きな声で笑う。
「部活漬けのこんな男、誰でもイヤだと思うぞ。」
『そんなことないですよ!!』
澤村の言葉を思わず大きく否定し、跳子はハッとする。
言ってしまったことをごまかすこともできず、小さい声で続けた。
『先輩は素敵ですから…、先輩の彼女になる人は絶対に幸せだと、思います…。』
「…ありがとな。鈴木がそう言ってくれて嬉しいよ。」
優しく目を細めた澤村が、跳子の頭をそっとなでる。
自分の言葉に恥ずかしくなってうつむいていた跳子が顔をあげる。
「鈴木、俺は…」
『澤村先輩…、あの、』
同時に話し始めた二人が、目を合わせてキョトンとする。
何故かどちらも顔を赤くしたまま、譲り合いが始まり決着がつかなくなってしまった。
『…ちょっと甘い物、食べたいです。』
「…そうだな。じゃあ行くか。」
言おうとしていた言葉を飲み込んで、二人は立ち上がって光溢れる方へ歩き出す。
今度はどちらともなく、自然に手を繋いでいた。
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勢いで書いてしまいましたが、原作の5日目夜の自主練習は結局帰った後に物足りなくて始めた体でお願いします…!
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