長編、企画 | ナノ

億・万・笑・者


澤村と跳子が並んで水の中を進む。
身体が水を纏って、負荷で動きがゆっくりと緩慢になる。
当たり前の事なのに澤村といるだけそれすら特別な事のように思えて、跳子は少し笑った。

チラリとこちらを見た澤村と目が合い、少し恥ずかしそうに澤村が口にした。

「…あー…、言ってなかったが…。水着、似合ってる。」
『!ありがとうございます…!』

(ただ、あまり他の奴らには見せたくないけどな。)

続く言葉は喉の奥に飲み込んで、澤村は苦笑いを浮かべる。

その時、何か大きな虫が羽音を立てて跳子の耳元を通り過ぎた。

『きゃぁっ!!』
「えっ?!」

パニックを起こした跳子が思わず、澤村の腕に抱きつく。
羽音はもうしていなかったが、頭についているかもしれない不安でブンブン首を振る。

「おっオイ、鈴木!」
『いやぁ!虫!?頭にっ…!!』

恐怖で無意識に腕に抱き着く力が強くなる。つまり…

(胸がっ…!!もろに腕に…!)

「ぉ落ち着け。ちょっと見てみるから!」

バクバク落ち着かない自分の心臓にも言い聞かせながら、反対側の手で跳子の髪に少し触れる。
つい撫でてしまうことが多いソレが、今日はしっとりと濡れている。

「…大丈夫だ。何もついていないぞ。」
『…ほんと、ですか?』

ピシャーーーンッ

澤村には、雷が落ちたような衝撃が走った気がした。
まだ自身の腕にひっついたままの、涙目上目遣い(濡れ髪水着ver.)に澤村の理性がグラついてくる。

(なんだ?!俺はこれは何かを試されているのか…!?)

『?…先輩?』
「…。」

無言で戦う澤村の姿に、さすがに見ていられなくなった黒尾が近づく。

「…跳子ちゃん。」
『黒尾さん?』
「さっきの虫、飛んでったの見えたから平気ダロ。」

ホッとした跳子が力を緩めるとともに澤村の腕に抱き着いてしまっていたことに気付き、ごめんなさい!と慌てて腕を離した。

そして少し乱れた髪のピンを直すため、少しプールの端によって器用に手でまとめる。
その姿を見守りながら、黒尾が澤村の肩に手を置いた。

「…あーその、お前はよく頑張った。」
「っほっとけ!!」
「でも役得じゃねーの?」
「…。」

それは否定できない澤村だった。


『そういえば、昨日は残念でしたね。』
「あーまぁ仕方ねぇな。」

跳子が黒尾に話しかける。
昨日の勝負の結果、結局男を背負っていたハンデが響き、音駒が最下位となったのだ。

『私お掃除手伝いましょうか?』
「いや、練習終わった後もやることあるだろ?人数もいるし大丈夫だ。」
「悪いな。頼んだ。」
「そういやそっちもどうすんだ?"1位のご褒美"は。監督たちが何でも一つ頼みを聞いてくれるんだって?」

黒尾の問いに、澤村と跳子が楽しそうに顔を見合わせる。

「それについて、後で休憩時間あたりに各主将に相談しに行こうと思ってたんだが…。」

そう言って澤村が黒尾に簡単に話をする。

「−と思ってるんだが、どうだ?」
「おもしろそうじゃねーか。うちはもちろん賛成だ。」
『よかったです!森然のマネさんに話を聞いてから行きたくて…我儘言っちゃいました。そのかわり、明日はちょっと早起きが必要になっちゃいますけど。』
「まぁ夏だしそれは全然大丈夫だろ。…でも本当にいいのか?俺らまで。」

澤村も跳子もニッと歯を見せて笑う。

「当たり前だろ。」
『楽しいことは"全員"で、そして"全力"で楽しまないと、ですよ!』


−後は監督たちを説き伏せるのみ。

何でも聞いてくれる、とは言ってもそうはいかないのが大人の事情である。

「っつか、そこが最大の難関じゃねーの?」
「まぁそうなんだが…。」

監督に話に行く際には、澤村と一緒に跳子も一緒に行くと自ら進言していた。
2人がチラリと跳子を見る。

跳子は「大丈夫です!」とガッツポーズしてみせた。


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