長編、企画 | ナノ

勝負!!



走る方は代表4名によるトラック半周(200m)ずつの勝負だ。
ただしアンカーは各校主将で確定である。
烏野高校は、人がたすきであるものの体力よりも瞬発力で選んだ結果、月島→日向→影山→澤村の順となった。

第一走者がたすきを背負ってスタート位置につく。
月島の背におぶさった跳子が遠慮がちに声をかける。

『あの…月島くん、重くてゴメンね…。大丈夫?』
「…平気なわけないでしょ。」
『あぅぅ。』
「…そういう意味じゃないよ。」
『?』

おぶった状態で話すので、いつもより声が近い。
そして背中に、支える手にあたる、女子特有のふわふわした感触…

月島の耳が赤くなっているのに、跳子が気付くわけがなかった。

そして音駒以外の各校が同様の状態であることに気付き、観覧者たちはこの勝負の過酷さを知る。

(((羨ま…、もとい恐ろしいぜ…人間たすきリレー…!)))


レースは思ったよりも難しい勝負となった。
どんなに走りが早くても、たすきを渡す(つまりおんぶをする)度に完全に止まるからだ。
月島が長い足を駆使して同率1位のまま日向へと繋ぐが、少しもたついてしまった。

『日向くんっ、お願いします!』
「っひゃあうぅっ!」
『?』

背中についた途端に日向がビクリと奇声を発する。

それでも順調に走る日向が僅差で2位につけているものの勝負は最後までわからない。

日向から影山にパスされる時、1位で次の第三走者に移っていた森然マネが隣で少しバランスを崩した。

「…キャッ」
『危ないっ!』

ちょうど日向から降りようとしていた跳子が思わず森然マネに手を伸ばし、少し校庭に膝をつく。
結果としてどちらも大きくバランスを崩すことはなかった。

「鈴木!」
『うん!!』

すぐさま影山の背中に飛び乗ると、ものすごいスピードで1位に追いつこうとしている。

「主将!」
「よくやった影山!鈴木!来い!」
『ッハイ!!』 

今度はスムーズに移動ができた。
立ち上がる澤村に跳子がギュッとしがみつく。

(うぉっ)

いつか抱き締めた時の柔らかさが澤村の背中に甦る。
しかし今は勝負の最中だから気にしないようにと必死に雑念を捨て、澤村は走り始める。

1位だった森然が少し移動に手間取っていたのもあり、そのままスピードに乗った澤村がゴールテープを切った。

「「「うぉぉぉぉ!!」」」

盛り上がる烏野の部員たちに向け、澤村と跳子がニッと笑ってピースを贈りながら皆の元へ向かう。

「スガーッ!タオルー!」
「『??』」

皆の近くまで来ると澤村が突然叫んだ。
不思議そうな顔をしながら菅原が投げたタオルを、澤村が跳子を器用に片手で支えたままもう片方の手でキャッチする。

そしてそのまま降ろされるかと思いきや、首にタオルをかけ、跳子を背負ったままグラウンドの外に向かう。

『澤村先輩!?あの、降ろして…』
「ダメだ。」
『え!?』

勝負の最中は気にならなかったが、おんぶされているこの状況ははかなり恥ずかしい。
こんなにくっついているのは、跳子が澤村になぐさめてもらったあの夜以来だ。

『せんぱ、』
「…鈴木、怪我してるだろう。」
『!!』
「大丈夫って言いたいんだろうが、洗っておいた方がいい。」

先に言われてしまっては、もう跳子は大丈夫とは言えなくなってしまう。
怪我、という大げさな物ではないが、確かに先ほど膝をついた時に少し足を擦りむいていた。
体育館ならまだしもグラウンドの砂が入ってるかもしれないので、跳子はそのまま澤村の背中に揺られながら水道のある場所へ向かった。


傷口はやはり大したことはなく、水で流して洗ってみても少し血がにじんでいる程度だった。
澤村に渡されたタオルで申し訳なく思いながらも水をふき取る。

『あの、ありがとうございました…』
「おう。」

お礼を言う跳子の頭をポンっと優しく叩いて、澤村はもう一度跳子に背中を向ける。

「ん。戻るぞ。…乗れ。」
『!!全然歩けますし、大丈夫ですよ!』
「ほら。いいから。」

歩けないような怪我ではもちろんない。
それにまた自らあの背中に乗るのはかなり恥ずかしい。
しかし澤村の温かい声とこちらを振り返る優しい視線に、跳子は戸惑いながらも素直に従うしかなかった。

いつも見ていて安心するあの広い背中に触れる事ができるのは嬉しいけれど、自分の心臓の音が澤村に聞こえてしまいそうで、またさらに鼓動が早まる。

ドキドキする自分の心臓とは裏腹に、しがみつく跳子の腕にはギュっと力が入る。
誰にも見られたくないほど赤いであろう自分の顔を、澤村の肩口に隠すように伏せる。

−今好きだと言ってしまいたい−
−好きだと言ったらどうなるのか−


一緒にいるだけで幸せなこの毎日が、気まずくなるのはどうしても怖かった。

…ゆっくりと跳子が顔をあげる。
澤村の耳も同じくらい赤くなっていたが、前にある夕日が眩しくて跳子にはわからない。

二人で夕日に照らされながら、黙々と歩く。
嫌な沈黙ではなかったけど、ひたすらに胸が苦しかった。


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