長編、企画 | ナノ

いざ尋常に、


合宿3日目、午後。

少しずつではあるが皆だんだんとミスが減り、セット毎の点差も縮まっていた。
日々着実に進化を重ねているのだ。
日向と影山の衝突が再びあったものの、練習は概ね順調に進んでいく。

この日は全員練習を少し早めに切り上げ、バレーボール部にはあまり縁のないグラウンドのトラックに集合がかかっていた。
皆何が始まるのかとザワついていると、各監督が前に並び、猫又監督が代表して話し始める。

「えー今回の合宿では森然高校からのご好意で、明日4日目にリフレッシュと体力づくりを兼ねてプールを貸してもらえる事になっている。」

おぉぉ!と各校が盛り上がりを見せる。
毎日暑い中体育館に篭って練習に励んでいる皆にとって、最高の朗報であると言えた。
確かに持ち物に水着と書かれていたが、お風呂も普通に入れる環境であったために何に使うのか全くわかっていなかったが、そういえばスケジュールに"体力づくり"とだけ記載された時間があったと跳子は思い出した。

しかしあくまでそれは明日の話。
今グラウンドに集合をかけられている答えにはなっていなかった。

「…監督!それはいいんですけど、今なんでここに集合になってるんスか!?」

音駒の山本が、皆が思っているであろう単純な疑問を大きな声で口にする。
それを聞いた途端、猫又監督の人当たりのいい笑顔がニヤーっとしたものに変貌する。

「…それは、だな。確かにプールは貸してはもらえるが、しかし終わったら清掃しておく事が条件だ。かと言ってここにいる全員で掃除しても逆に非効率となるだろう。」

そこでだ、と言葉を咳払いで一区切りし、猫又監督は続ける。

「各校代表者で勝負してもらい、最下位の学校が皆を代表して清掃することにした!そして1位の学校には特賞もあるぞぉ!」

一瞬の音の空白の後、先ほどよりもさらに気合いの入った雄叫びが飛ぶ。

「ヘイヘイヘーイ!負けなきゃいいんだろ!?余裕ー!!」
「へっ!うちだって負けねぇぜ!!」
「…勝ちあるのみ。」
「あーぁ、ノせられちゃってまぁ…。」
「とか言いつつ負けるつもりなんてないだろう?うちもだ。」

「あー!静かに!!」

猫又監督がざわめく各校を一度落ち着かせ、話を続ける。

「まぁお前らがノリ気で何よりだわ。んで種目についてだが、各監督で(ちょっと酒が入ってる時に)話し合った結果−」



「…だからって"人間たすきリレー"ってなんだよ…。」

澤村がストレッチをしながらため息をつく。

人間たすきリレーとは、そのまんま人間がたすきのリレーだ。
要は、誰か一人をたすきの代わりにおんぶして繋いでいき、リレーをしろと言うのだ。
というか普通のリレーでもいいと思うのだが、それだと面白くないとか何とか…。

(ありゃ監督陣で酒入ってる時に決めたな…。)

もう一度深いため息を吐いた時、黒尾がニコニコしながら近づいてきた。

「よぉ。」
「おぅ。…なんだよ?」

この爽やか笑顔にいい思い出はない。澤村は警戒しつつ黒尾に対峙した。

「モノは相談なんだが、跳子ちゃんを−」
「貸さんぞ。」

途中でピンと来た澤村の一刀両断。

「んだよ。お前んとこ3人も女子マネいるんだからいーじゃねーか。」
「ダメだ。うちのたすきは鈴木って決まったんだからな。」
『えっ!?せっ先輩!?』

これから皆で話し合って決めると思っていたのに、何故かすでに話が進んでいる。
清水と谷地がホッとした顔で跳子の肩を叩く。

『えっ!?これホントもう確定事項!?』

売り言葉に買い言葉的な会話で決まってしまい、澤村も跳子に申し訳ないと思いつつももう引くに引けない。

「各校毎って言ってただろう?普段のサポートならまだしも、勝負するからには鈴木は烏野!当然だろう?」
「あー、ハイハイ。わぁったよ。」

やはりたすきには体重の軽い女の子が選ばれる。
音駒には女子マネがいないという時点で多少不利ではあったが、今回ばかりは譲れない。
澤村にとって跳子が音駒のメンバーにおんぶされている姿なんて…

(…見たいわけないだろうが。)

『〜〜ッ澤村せんぱぃ〜!』
「うぉっ!鈴木!…あ〜、スマン!」

立ち去る黒尾を見送って振り向いてみれば、恨みがましい目をした跳子の姿があり、澤村は手を合わせて謝罪するしかなかった。



梟谷のブースでは肩をブンブン振り回しながら、木兎が聞く。

「んで、お前らどっちが軽いんだ?」
「…この単細胞バカはほんっとにデリカシーないわね…!」
「??なんだ?」

聞かれた二人のマネージャーにはたまったものではない。
わなわなと震えるマネージャーの怒りの原因に気付いていない木兎に、隣の音駒のブースから黒尾が声をかける。

「木兎〜。たすきは重い方がトレーニングになるぞー。」
「おぉそうか!じゃあお前らどっちが重いんだ??」
「「…木兎アンタ、いい加減にしろー!」」
「ぐあっ!」

ため息をついた赤葦が、ひっそりとあみだくじで決めていた。


そしてそれを見てひとしきり笑っていた黒尾が、部員たちの方を振り返った。

「…まぁここは芝山か研磨しかいないな。」

芝山はハイッと大きな声を出して返事をするが、対照的に研磨は嫌な顔全開で返事すらするつもりはない。

「何だよ研磨。走るわけじゃないからいーじゃねーか。」

そのまま話を進めようとするが、リエーフが大きな声を出した。

「えー?夜久さんじゃないんですか?サイズ的に!」
「ちょっ…!」
「…。」

犬岡が止めようとするももうすでに遅かった。

「アグァッ!!」

ゆらりと背後に現れた夜久のケツキックがリエーフにお見舞いされる。

「夜久さんに禁句の身長の話をするとは…バカが。」
「…アイツは本当に学習能力がないな…!」


生川・森然は順当にマネージャーがたすきに選ばれ、各校の代表選手がグラウンドの中央に集められる。
走る者、背負われる者、見守る者それぞれに緊張が走る。


いざ尋常に…勝負の時間が迫る。


|

Topへ