長編、企画 | ナノ

金烏と玉兎


翌日も暑い日だった。
練習の休憩中に輝く宝石のような存在のスイカが差し入れられ、ハムスターの如く頬張る烏野のところに黒尾がスッと近寄った。

「あー…スマン。」
「?なんだよ」
「…昨日お宅のメガネ君の機嫌損ねちゃったかもしんない。」

疑問に思う澤村や他の部員たちに、黒尾が昨日の自主練の事を話す。

「お宅のチビちゃんに負けちゃうよ−って挑発を…。」

黒尾の言葉に、東峰だけが心当たりがあるような顔をする。

「確かに月島は日向に引け目を感じてるトコあるよな…」
「「?」」

同じポジションだからわかる事なのか、他の者には"月島の引け目"と言われてもピンと来ない。
そして田中から語られる、小さな巨人と同じチームにいた月島の兄(かもしれない者)の存在。
そのまま休憩が終わり、結局真実を確かめることのないまま練習の続きが始まる。


「−東峰さんは、嫌じゃないんですか?」
「?何が?」

東峰が飲み物を渡したついでに、珍しく月島が話しかける。

「下から強烈な才能が迫ってくる感じ。」
「あーまぁ心は休まらないかな…。」

野生のような日向の闘争心。
子供のような日向の向上心。
その全てが成長に繋がり、皆の導火線にも火をつけるが、身近な者からは脅威にもなる。

「…俺と月島はさ、ポジションとか役割的に日向とライバル関係に近いから、ヒヨコみたいだった日向が日に日に成長するのを人一倍感じるんだろうな。」

アハハと力なく笑う東峰が一転して、エースの顔になる。

「…−でも俺は、負けるつもりは無いよ。」

月島が無言で東峰を見つめる。

(なぜそこまで思えるのかがわからないんだ…。)


音駒の休憩時間中、猫又監督からの伝言を伝えに烏野のベンチに来た跳子は、烏養が月島について"合格点をとっていても100点を目指さない"と評したのが聞こえた。
確かに彼を表現すると腑に落ちる言葉かもしれないと思った。
逆に言えば、持ち合わせている力が高いので合格点はとれてしまうのだ。

(意識の問題、なのかな…。)

用事を済ませてまた音駒に戻ろうとする跳子の目に、澤村と西谷の衝突が目に入る。

『…っ!!』
「み…皆気合い入ってますね…。」
「皆今までに無いくらいやる気に満ちてるんだけど、たまに…ちょっと怖いくらいでさ…。」
「?」
『あまりに集中しすぎて周りが見えなくなる時があるんだよ。…こないだの日向くんみたいに。』
「!跳子ちゃん!」

後ろにいた跳子の言葉に、清水がコクリと頷く。

影山のレシーブを田中がフォローする。
レフトのエースへのボールが少し短くなってしまった。

日向の目が、ボールに吸い込まれる。獲物を狙った顔だ。

(また…っ!)

跳子が声を出そうとするが、空気が瞬時に張りつめる。
日向もそれに気づき、信号を発している東峰に意識が向く。

" 俺 の ボ ー ル だ "

そして日向が、退いた。

(−!!東峰さんが…エースがコートを、支配した…!)

(−予想…以上…!!)

猫又にもその空気が伝わる。

(−ライバルとの緊張感は成長には必要不可欠。だがチーム内が無法地帯になっては元も子も無い。
そこを一本引き締めてみせたな、烏野のエース…!)

(これが、東峰さんの答えか…。)

それは月島の目にも突きつけられた。



「…俺はそこまで心配してないよ。」

菅原の問いに冷たいとも思える答えを出す澤村に、跳子は以前同じように言われた事を思い出す。

「俺たちはまだ発展途上もいいとこだし、"才能の限界"なんてわかんないだろー。−もしそれを感じる事があったとしたって、それでも上を目指さずにはいられない。
…理屈も理由もわかんないけどさ。」
「確かに。」
「そッスね。」

(そっか…。月島くんは、そこに理由を求めちゃうんだ…。)

澤村の言葉が、昨日の月島の言葉の意味に繋がる。

「…それにしても、あまり他の男の事で頭がいっぱいなのを見るのも微妙だな。」

跳子の頭に澤村の手がポンと置かれ、跳子は思考の淵から意識を戻す。

『えっ?何ですか?』
「…何でもないよ。」



−山口なら月島に何て言う?−

日向にしたのと同じ問いを返され、山口は考える。

(俺…?俺は…。)

スマートで、かっこよくて、憧れて、ずっと羨ましかった。

(なのに、最近のツッキーは…!)

山口の足が、動き出した。月島の背中を見つける。

「ヅッギイィイイィ!!!」
「!!?」

「…最近のツッキーはカッコ悪いよ!!」
「!…果てしなく上には上が居る。絶対に"一番"になんかなれない。それをわかってるのに皆どんな原動力で動いてんだよ!?」
「そんなモンッ…プライド以外に何が要るんだ!!?」

月島はプライドを冷たく固めて壁に利用し、山口は熱いそれを強さへのエネルギーにした。
自尊心・誇り・勝ちへの執着。
どちらも本来の温度は一緒のはずだった。

(僕がぐだぐだと考える事より、山口の一言の方がずっとカッコ良かった)

理由はわかった。理屈が要らない事も。でも納得ができない。
月島が向かった先は、昨日と同じ第3体育館だった。

「−僕は単純に疑問なんですが、どうしてそんなに必死にやるんですか?」
「…あーっ眼鏡君さ。」
「月島です…」
「月島くんさ!バレーボール、楽しい?」

木兎の質問の意味がわからず、月島が首を傾げる。
自分の問いの答えに関係するとも思えなかった。
楽しいと思った事…そんな風に感じるバレーをしていたことはなかった。

「いや…特には…」
「それはさ、へたくそだからじゃない?」

ピシッ
そんな事を言われたことはない月島のプライドの壁に亀裂が走る。

「−"その瞬間"が有るか、無いか、だ。」

その瞬間は、一先ず次とか将来とかどうでもいいんだと木兎は言う。
自分の力が発揮された快感が全て。

「−ただもしも"その瞬間"が来たら、それがお前がバレーにハマる瞬間だ。」
「…!」



翌日の練習中、跳子が赤葦と目が合ったのでそのまま話しかける。
自主練習の事と言い、月島の固い殻を壊してくれたであろううちの一人だ。

先ほどの試合で、意識の変化は突然やってきた。

「止めなくてもいいんですか」
「「「!?」」」

月島の意外な言葉。皆にはその目が冷たく燃えているように見えた。
澤村から簡単な話を聞き、自主練のメンバーが与える影響が大きいのではないかと跳子は思っていた。

『赤葦さん!先日はありがとうございました!』
「いや、うちも彼には木兎さんが色々と絡んで相手してもらってるので。」
『月島くんに絡むなんて、なかなかですね。』
「うちのウサギは単純なんです。」

赤葦が木兎を見ながらため息をつく。
可愛らしいウサギには到底見えない、大きな体躯を持つ全国区エースがそんな風に言われるとは。
跳子は思わず笑った。

『…うちのはカラスくんもウサギさんも、あぁ見えて何気に獰猛ですしねぇ。』
「…?」

不思議そうに赤葦が跳子の視線を追って気付く。

「あぁ、"彼ら"ですか。…なるほど。金烏玉兎。"太陽に烏、月に兎"ですね。」

こちらも到底可愛らしい動物とは程遠いなと二人で静かに笑う。

視線の先にいる日向と月島が、また何かやり合い始める。

太陽に烏、月に兎。

可愛らしく見えてもケモノはケモノ。
それぞれの武器を磨いて、ライバルたちは進化する。


|

Topへ