●●●たかが、されど
「うーん小気味よい!小気味よい程に!噛み合ってないねぇ!」
『あうぅっ』
烏野vs梟谷の試合を横目で見ながら、跳子の隣で猫又監督が笑う。
まだ皆の練習の成果はなかなか形になっていない。
日向と影山に至っては、今初めてお互いが前とは違うことを知ったくらいだ。
「どうしたんでしょうかね烏野…調子悪いんでしょうか?」
『いや、そういうわけじゃ…』
「ほほ!その逆じゃないか」
「?」
「カラスだけあってさすがの雑食性…こりゃ鈴木さんの言うとおり食い荒らされるかもな?」
『!ありがとうございます…!』
発展途上なカラスたちは、まさに今、現在進行形で急成長しているのだ。
その進化のスピードを敵ながら微笑ましく思い見つめる猫又監督の目に、一人の長身の選手が映る。
(−…ただ一人を除いて…かな?)
「見事全敗…」
「いっそ清々しいな…」
『お疲れ様です!』
ペナルティの裏山深緑坂道ダッシュを何本走ったか…もはや誰も覚えていなかった。
音駒のマネージャーの仕事を終えた跳子も皆の元にやってくる。
「おー跳子ちゃんお疲れ〜。…なんか久しぶり〜。」
『久しぶりって何ですかスガ先輩!とりあえず補給どうぞ。』
跳子が新しくドリンクを持ってきてくれたのでわさわさと群がる。
息を吹き返した皆は、それぞれの自主練習のために散っていく。
「あ、ツッキー!今からサーブやるんだけどツッキーは、」
「僕は風呂入って寝るから。」
即答する月島に山口が少しだけ食い下がるが、月島はさらに眉間に皺を寄せる。
「…練習なんて嫌って程やってるじゃん。ガムシャラにやればいいってモンじゃないでしょ。」
「そ、そうだね…」
体育館を出ていく月島の背中に山口が小さく呟く。
「…そう…なんだけどさ…。」
月島が部屋に戻ろうと、第3体育館の前を通る。
チカチカとする光に虫が集まり、中からバレーボールの音が響く。
「−あ!チョットそこの!烏野の!メガネの!」
「!?」
「ちょっとブロック跳んでくんない?」
悪い顔で手招きをするのは音駒の主将、さらにその横に立つのは梟谷の主将とセッターだ。
リエーフがコート外に這いつくばっているが、気にしないようにした。
爽やかに逃げようとするも、結局月島は黒尾の挑発に乗せられることとなった。
「−君、MBならも少しブロック練習した方がいいんじゃない?」
「(ムカッ)」
「そんなんじゃ跳子ちゃん、マジで音駒にもらっちゃうよ。」
「(ムカムカッ)」
「跳子っ!?どこ?」
「…リエーフ。まだまだ元気そーだな、オイ。」
月島が足を踏み入れた体育館には、夏の熱気がこもっているように感じた。
ドリンクボトルを片付け終わり、まだ自主練を続ける皆の元に戻ろうとしていた跳子が何気なく見た体育館には、月島がスパイク練習をしている姿があった。
(月島くんが、自主練!?)
跳子は少し驚くも嬉しくなって、少しの間そこから練習を覗き見ることにする。
月島と共にブロックに跳んだ黒尾が、木兎のクロスをがっちりと止めた。
(さすが黒尾さん!…あの空中に居る一瞬で相手を読むって本当スゴイなァ…。)
皆ボールに触れるのなんてほんの一瞬なのに、瞬時にたくさんの駆け引きがコートを駆け巡る。
木兎が月島に何かを言ったらしく、一瞬悔しそうな顔をしてそのまま言い返したようだ。
ケンカになっても何ができるわけでもないが、思わず跳子が皆に近づいていく。
「悠長な事言ってるとあのチビちゃんに良いトコ全部持ってかれんじゃねーの。」
黒尾のその言葉に、月島がピタリと固まる。
そして最上級の爽やかそうな作り笑顔で、振り向いた。
「…それは仕方ないんじゃないですかね〜。日向と僕じゃ元の才能が違いますからね〜。」
「「?」」
『!』
言葉の後に跳子がそこに居たことに気づいたらしく、月島は少し気まずそうに眼をそらす。
そこに音駒の部員たちがぞろぞろとやってきたので、月島は体育館から笑顔で立ち去った。
「なんか…地雷踏んだんじゃないスか黒尾さん…。」
「怒らした。」
『黒尾さん…。』
赤葦と木兎の言葉と跳子の目線にギクリとしながら黒尾が答える。
「いや…だって思わないだろ。」
「何を?」
「身長も頭脳も持ち合わせてるメガネ君が、チビちゃんを対等どころか敵わない存在として見てるなんてさ。」
『…。』
確かに、日向は未知数の可能性を持っているが、まだまだ技術では月島に敵わない。
負けず嫌いなハズの月島が口にした、敗北宣言ともとれる言葉に跳子は引っ掛かりを覚える。
(月島くんが頑なに気にしているのは、潜在能力と才能−?)
跳子も第3体育館を出て、少しあたりを見回して月島を探す。
(もう、いないよね…。)
跳子はため息をついて、元の目的だった烏野の皆がいる第1体育館に向かった。
近くまできた時、予想外に第1体育館から月島が出てきたので思わず足を止める。
館内に向ける月島の目は、複雑な色を帯びていた。
「−たかが、部活だろ。」
ぼそりと口にした月島の低い声が、かろうじて跳子の耳に届く。
夏の虫の音にかき消されそうなほど、小さな声だった。
(−なんでそんな風にやるんだ。そんな風にやるから−)
「…あとで苦しくなるんだろ。」
冷たい口調とは裏腹な、少し悲しそうな目。
でもどこか大切な人を守るような優しさすら秘めているように感じる。
体育館に背を向ける月島が、目の前の跳子の存在に気付く。
「!!…鈴木。」
『月島、くん…。』
跳子には、口に出せずに助けを求めていた過去の自分の姿と重なって見えた。
『月島くん。負けるの嫌い、だよね?』
「…!」
『負けるのが、置いて行かれるのが嫌なのに、なんでそれを隠して平気なフリをするの…?』
跳子の言葉に月島は一瞬顔を歪めるが、すぐに取り繕った。
「世の中には天才っているでしょ。白鳥沢のウシワカとか、いくら凡人が頑張っても敵わないような。…なのに頑張る意味が僕にはわからないだけ。」
月島が知らないであろうが、こんな時に自分の幼馴染の名前が出るとは思っていなかったので跳子が少なからず動揺する。
それを肯定と捉えたのか、月島が小さく笑う。
「…鈴木が気にすることじゃないから。」
だから放っておいて−
月島の、諦めたような、でも諦めきれないような悲しい笑顔はもう見たくない。
気にしない風を装っていても、誰よりも1番にこだわってるように見える。
それでも去っていく月島の背中が拒絶を表していて、跳子は見送ることしかできなかった。
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