長編、企画 | ナノ

あー夏休み


『へぇ!それで日向くん、ずっとボールを持ってるんだね!』

尊敬するような跳子の眼差しに、シュルシュルと器用にボールを扱いながら日向がニッと笑顔を返した。

影山も鳥養コーチの指導の元、日向のためとも言える新たな練習を始めたと聞いた。
そして他の皆もただそれを見ているわけではない。
自分たちがやるべきことを考え、それぞれが新たな武器を身につけるべく動き出す。
新生烏野が次の進化に向けて、貪欲に見るモノ全てを貪り始めたのだ。


終業式を終え、とうとう明日から夏休みに入るため、生徒たちはにわかに浮き足立っていた。
1年4組ももちろん例外ではなく、教室内は夏休みの予定についての話題でもちきりだ。
跳子の席の前と隣を陣取ったちえとゆかが、んーっと一つ大きく伸びをする。

「やっと明日から夏休みかぁ。」
「といっても、跳子は部活で全然変わり映えのない毎日だよねぇ。」
『そんなことないよ!授業もないし、陽が長いから朝から夜までがっつり充実した練習ができるんだもん!全然違うよー!』
「そういう意味じゃないんだけどね…。」
『??』

友人たちの苦笑いの意味がわからずに跳子が小さく首を傾げると、その首についた細いチェーンがシャラリと小さく揺れる。
ちえとゆかが互いに顔を見合わせてニヤーっと笑った。

「…それはそうと跳子さん〜。」
「私たちぃ〜、ちょぉ〜っと気になってる事があるんですけどぉ〜。」
『え、な、何?』

滅多に使わない敬語とわざとらしく語尾を伸ばして話す二人に、跳子は小さく警戒をする。

「「その首のヒカリモノは何!?」」
『!!』

思いもよらない言葉に跳子が思わずバッとネックレスを隠すように手を伸ばすが、二人の追及は止まらない。

「跳子、アクセ全然つけてなかったのに急に毎日つけてるんだもん!」
「なになに?彼氏できたの?!」
『ちっ違うよ!私が思わず物欲しそうに見ちゃっただけで、澤村先輩優しいから記念にって…』
「やっぱ澤村先輩かー!」
『あっ…!』
「ちょっと跳子!正直に今全部話すまで部活に行かせないわよー!」

真っ赤になって焦る跳子を見て、ちえとゆかが楽しそうに笑う。
ちょっとばかりそういう点で心配なこの友人の、幸せそうな恋愛話で前期を締めくくれて嬉しかった。
そしてこの夏休み中に少しでも進展してくれればいいのにと二人は心で祈った。



「夏!!休み!!だーっ!!」
「田中、暑苦しい。」

体育館から叫ぶ田中に、後ろから菅原が気怠くツッコミを入れた。
今年は夏休みに入るとすぐに東京でのグループ合宿が始まる。

いつも通り練習を終えた後、一度帰って荷物を持ってからもう一度学校に集合する。
前回同様、深夜に出発し翌日早朝に到着する予定だ。
ただ今回はOBの滝ノ上が運転をしてくれるため、合宿所に直接向かうことができる。

前回の遠征では行きのバスに乗れなかった日向が、鼻息荒く興奮する。

「やべー!やべー!夜中に出発するってドキドキする!!」
「前回お前ら遅刻だったもんな…。」
「単細胞はいいよね…どこでも寝られてさ…。」
「「なんだと!!」」

呆れるような月島の言葉に日向と一緒に田中も反応するが、深夜だからと菅原が止めに入った。

それを見て笑っていた跳子の右手がふっと軽くなる。
驚いて振り返ると、一週間分の荷物が入った大きな旅行バッグを澤村が軽々と持ち上げていた。

「これ、バスの荷物入れに積んでもいい分か?」
『あっスミマセン!』

財布や携帯などは小さなバッグにしまって持っているから大丈夫なハズだと、跳子は澤村に頷いて答えた。
荷物を積み終わって戻ってきた澤村に改めてお礼を伝える。

「さすがに前回に比べたらみんな荷物が大きいな。」
『そうですね。山口くんはMy枕まで持ってきてるみたいですよ。』
「それはスゴイな…。それでもバスでは使えないだろうしなぁ。鈴木は大丈夫か?」
『大丈夫だと思います。月島くんみたいにこういう時にずっと眠りが浅いのとか大変ですよね…。』
「…眠れなそうだったら、また肩使ってもいいぞ?」

澤村が言いながらニッと楽しそうに笑う。
前回の遠征時にいつの間にか澤村の肩に寄りかかり、そのまま到着までぐっすりと眠っていたことを跳子は思い出した。
起きた時にあまりの恥ずかしさと申し訳なさで大慌てで謝罪をする姿を、澤村に大笑いされたことも。

『うぅぅ。もうそれは言わないでくださいってば…!』
「ハハッ本当に全然俺は構わないんだけどな。」
『絶対重かったですよね…。』
「そんなこと、あるわけがないだろう。」

赤くなって俯く跳子の頭をポンと一つ叩き、少し意地悪しすぎたかと澤村が冗談めかす。

「じゃあ今回は俺が肩を借りるとするかな。」

それは名案とばかりに跳子はぱぁっと明るく顔をあげた。

『あっ全然いいですよ!肩でも膝でも全然使ってください!』
「膝…!?…は、さすがにマズイだろう…!」
『えっ?あっ!そう、ですよね…。間違えました…。』

今度は互いに真っ赤になって下を向く。
そのままギクシャクと二人ともその場を離れ、澤村がバスに乗り込もうとする。
その後ろについていた菅原と東峰がボソリと口にした。

「…大地。膝枕は俺ら的にも勘弁してくれ。」
「…さすがに目のやり場に困るというか…。」
「やるわけないだろう!!」

言いながら赤い耳の友人の姿に、菅原と東峰も耐え切れずに笑い出した。



「なあなあ!スカイツリーどこ!?」
「えっスカイツリー…?」
「あっ!アレってもしかして東京タワー!?」
「エ゙ッ…」

聞きながら日向の期待でキラキラした目に見つめられ、研磨が答えに詰まる。
前回の遠征時にも迎えに出た黒尾と海は、後ろからニヤニヤニコニコとその姿を見つめていた。

「なんなの宮城には鉄塔無いの?あの会話デジャブるんだけど。」
「東京にある鉄塔は大体東京タワーに見えるんだよ地方人は!」
「おい暴言。あとここ埼玉な。」

夏合宿の会場は、埼玉の森然高校だ。
頭上には自然に囲まれた校舎が見え、そこに長い長い階段が続く。
その階段の一番上から、長い足で一段飛ばしに駆け下りてくるリエーフの姿が見えた。

「日向ー!身長伸びたかー!?」
「リエーフ、うるさい。」
「第一声から失礼だな!」

日向と笑いながら話し、そのまま何かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡した。

「いたっ!!跳子ー!」
『リエーフさん、おはようございます。』
「今回も音駒マネだろ?」
『そうですね、またよろしくお願いします。』

澤村が止める間もなく、にっこりとほほ笑んで了承する跳子。
もうすでに遠征時には音駒マネだと彼女の中で決定事項となってしまったようだ。

目の前のこぼれるような笑顔に、リエーフがまたガバリと抱き着こうとする。

「〜〜っ跳子っ!可愛…っ」
『キャッ…!?』 

すんでのところで、跳子は両肩を引かれて後ろに倒れ込む。
そしてポスリと彼女の肩を引いた澤村・黒尾の二人に背中を預けた。
跳子を二人で支えながら、その頭上でボソボソと両キャプテンが言い合う。

「鈴木本人が決めたことだから臨時マネは仕方ないが、とにかくあのライオンを何とかしろ!」
「何とかと言われてもな。とりあえず一週間は跳子ちゃんは音駒っつーことで。」
「のやろ…!…あと、その手を離せ。」
「…お前もな。」
「「……。」」
『??』

無言の牽制の末、護るように跳子を両側から抱きしめていた手を二人同時にパッと離す。
清水に呼ばれた跳子は、そのまま二人にペコリとお辞儀をして走っていった。

(何も起こらない…わけないか。)

その背中を見ながら、先が思いやられるとばかりに澤村がため息をつく。
隣りにいた黒尾がクックッと喉を鳴らして笑っていた。

「俺らも行くか。」
「…おぅ。」

(それでもやるからには何か掴んで帰らないとな。)

しっかりとした決意を固め、澤村が階段へ向かって足を踏み出した。



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