長編、企画 | ナノ

思い出のカタチ



「どこか行きたいところ、あるか?」
『そうですね…。後でちょっと行ってみたいカフェがあります。』
「ははっ、女の子って感じだな。」

とりあえず駅前についた二人はプラプラと歩く。
澤村が普通に話してくれるので、跳子は少し緊張から解放された。

(きっと鳥養コーチの言葉を意識してるのは私だけよね…。)

少し胸がチクリと痛んだが、今一緒にいられる時間を大切にしようと跳子は頭を振る。
部活中心の二人には、貴重な時間であることは間違いなかった。

「おっ。」

澤村がゲームセンターに反応を示す。
跳子にはあまり縁のない場所だったが、澤村と一緒ならと思ってコクリと頷いた。



『なんだか久しぶりに"遊んだ!"って感じです!』
「そうだな。久しぶりすぎて全然知らないゲームばっかりだったよ…。」
『澤村先輩、そのセリフおじさんぽいですよ。』
「ピチピチの現役高校生だっつーの。」

くだらない事を言いながら笑い合って、跳子の言っていたカフェに向かう。
途中に通りがかった露店で、ふと目を引く物があって跳子が足を止めた。

「鈴木?どうした?」
『あ、ごめんなさい。ちょっと気になるのがあったんで…。』

そう言って跳子は、小さな羽のチャームがついた細いチェーンのネックレスを手に取った。
色々なチャームが売られていて、気分によって自分で変えたり複数つけたりもできるようだ。
澤村が覗き込んでへぇ、と感心するような声を出した。

「そういえば鈴木は普段こういうのつけてないよな。」
『ん〜そうですね。可愛いなとは思うんですが、どうしても部活に邪魔になっちゃいそうで…。』
「それもそうか。似合いそうだけどな。」
『!そ、うですか…。ありがとうございます。』

そんな二人の様子を見て、店員の若い女の人が話しかけてきた。

「それ、オススメなんだ。実は共通のチャームが付けられる指輪もあってね。」

笑顔で指をさした先には、確かにチャームをさげることのできる指輪がある。
サンプルで付いているチャームは四葉のクローバーとイニシャルだ。
お姉さんがカチっとチャームをつける金具部分を開けて、クローバーを蝶に変えた。

『わぁ可愛いですね!』
「すごいな…。」
「本体の指輪やネックレスチェーンは一つでいいから、少しずつチャームを増やしてくだけで色々楽しめるのよ。彼氏におねだりして買ってもらっちゃえば?」
「『えっっ!?』」

赤くなる二人を見て、お姉さんがカラカラと笑い始めた。

「ごめんごめん。まぁ好きに見てってよ。」

まだ戻らない顔の熱さを感じながら、跳子は最初に手に取ったネックレスについていた羽のチャームをもう一度手にする。

(でも、少しずつチャームと一緒に思い出が増えていくって、なんかいいな…。)

そんな跳子の様子を見て、横から澤村が声をかけた。

「…それ、気になるのか?」
『そうですね。可愛いし、なんか飛べそうで縁起よさそうじゃないですか?』

考えていた内容が恥ずかしくて、跳子は冗談めかしてそんな風に言ってみる。

「じゃあそれと…ネックレスの方でください。」
『えっ!!?』
「もう一つ、俺が選んでもいいか?」
『さ、澤村先輩!?』

跳子の声が聞こえていないかのように澤村がチャームをいくつか手に取る。
そしてシンプルな一粒のストーンを選んだ。

「…じゃあ後これも。」
『いや、先輩ってば!』
「鈴木、包んでもらうか?つけてくか?」
『聞いてくださいってば…!』

なんだか跳子は申し訳なさに泣きそうになってきた。
無理に買って欲しい雰囲気を出してしまったんだろうか−。

「…悪い。なんか今日の記念になったらと思ってさ。」
『でも、』
「…本当はさ、ただ俺があげたくなったんだよ。それをつけてる鈴木が見たいって。」
『…本当に、いいんですか?』
「あぁ。いつも頑張ってくれてるし、縁起よさそうならなおさらいいだろ。…つけてくれるか?」
『ハ、イ…。ありがとう…ございます。』

うつむいてお礼をいう跳子の頭を、澤村の大きな手が行き来する。

「こちらこそ、いつもありがとな。」

店員さんに跳子がそのまま着けていきたい事を伝えると、すぐに澤村にネックレスが手渡される。
澤村はちょっと戸惑った顔をしていたが、店員さんに促されるまま慣れない手つきで留め具をはずし、跳子の首に鎖を回した。

「…これ、難しいな。…よいしょ」

うなじに集中する澤村の息がかかる。髪を軽くあげながら、跳子は少し身じろぎする。

「っと、ついた。うん。やっぱり似合うよ。…可愛い。」

跳子は鏡を覗き込む。

(似合うって、可愛いって言ってもらえた。本当は、すごく嬉しい…!)

はにかんでいると、鏡の中で澤村と目が合う。
跳子は振り向いて顔を合わせ、今度は笑顔でもう一度お礼を言った。


レジで店員のお姉さんが小声で澤村に言う。

「まだそういう段階じゃなかったか〜。ごめんね。」
『そうですね。…指輪はまぁできたらまたいつか。』

お姉さんがウィンクしながら、「やるねぇ!」と澤村の背中を軽く叩いた。



跳子の行ってみたかったカフェに寄って、お目当てのラテアートを楽しむ。
ネックレスのお礼に、今度は跳子が御馳走させてもらうつもりだ。

『あの森然高校のシンクロ攻撃、烏野でもできるんじゃないかと思って…。』
「俺もちょっと思った!呼吸を合わせるためには反復練習しかないよな。」
『やっぱりサーブが強いと試合展開早いですよね。』
「サービスエースはなぁ。力でいくと旭か…あとは山口のジャンプフローターに期待だな。」

最初は違う話をしていたはずが、いつの間にか部活の話になっていた。
こうなると、もういつもの二人だ。

その時、澤村の電話が鳴った。
跳子とふと顔を見合わせてから通話ボタンを押す。

「鳥養さん?」
「悪い澤村!影山の電話番号知らねーか!?」
「影山の番号ですか?わかりますが…」

澤村が会話中の電話を操作しようとしたが、すぐに向かいで跳子が自分の携帯で番号を検索していた。
それを見て鳥養に番号を伝える。

「助かった!じゃあデートの邪魔して悪かったな!」
「なっ…!」

澤村が鳥養の言葉に反論しようとするも電話はすでに切れていた。
ぶちぶちと言いながら電話をしまう姿を、跳子が不思議そうに見る。

『?どうしたんですか?』
「いやっ何でも!…なんか進展あったのかもな。」
『そうだといいですね!』
「…そろそろ、行くか。」

結局二人とも自分の進展よりも、部活の事を気にしてしまう。
そんな自分に気付いて、相手にわからないようにそれぞれ苦笑いを浮かべる。

((今はきっと、それでちょうどいい。))

それでも今日二人で一緒に過ごした幸せは、忘れられない夏の思い出の始まりとなる。
跳子は無意識に首元に光る金色の羽を手で押さえた。
並ぶ二人の距離が、ほんの少しだけ縮まったような気がした。

(いつかこんな日が)
(日常になりますように−)


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