●●●誰か烏の雌雄を知らんや
帰りのバスは行きよりもさらに静かだった。
皆疲れ切っているはずなのに、眠っているというより何か考え込んでいるようだった。
行きと同じ時間をかけて、長距離バスは宮城に戻る。
「皆さんお疲れ様でした!」
学校に到着すると、武田が皆の前に立つ。
その表情にはさすがに疲れの色が見えていた。
「明日はお伝えした通り、体育館に点検作業が入るので部活はお休みです」
いくつかの連絡事項を伝え、今日はそのまま解散となる。
澤村や田中は部室に向かい、跳子は清水と遠征に持って行った備品をしまうため倉庫に向かう。
何か言葉を交わした日向と影山が、そのまま体育館に入っていくのに谷地が気付いた。
「あれ?二人はまだ帰らないの?」
谷地がボールとネットを用意する二人に声をかけると、日向にそのままボール出しを頼まれた。
「−もう一回ッ!」
何度も繰り返す目を開けた速攻。しかし一度としてうまくいかない。
このまま続けても意味はない。他にやるべきことはたくさんあるはずだ。
影山の言葉に日向が反論する。
「−それじゃあおれは上手くなれないままだ!」
「!」
イラついた影山もだんだんと口調が荒くなる。そんな二人に谷地がオロオロとし始める。
(−…くそ!俺の言ってる事の方が正しい筈なのに、なんでコイツは喰い下がる!?)
胸倉を掴まれ、それでも日向はめげずに叫ぶ。
「おれは自分で戦える強さが欲しい!」
「〜〜てめぇのワガママでチームのバランスが崩れんだろが!」
そしてとうとう掴み合いの喧嘩が始まる。
谷地が泣きそうになりながら、先輩を呼ぼうと体育館を飛び出す。
『仁花ちゃん!?どうしたの!?』
騒ぎが聞こえたようで、すぐ近くにいた跳子が向かってきていた。
「跳子ちゃん!どうしよう!ケンカ…はじまって…死ぬ…!」
『!?すぐそこに田中先輩いるからお願いして!』
「〜〜うんっ!」
跳子が谷地と入れ違うようにして体育館に入る。
投げ飛ばされた日向が、もう一度影山に向かっていくところだった。
(このままじゃケガしちゃう!)
先ほどまで洗っていたドリンクボトルが跳子の手元にあった。
その途中で慌ててきたために水が入ったままだ。
『〜〜いい加減にしなさいっ!!』
バシャッ−
跳子はその水を二人にぶっかける。
「「!?」」
『…頭、少しは冷えた…?』
かけられた水の冷たさと、なかなか見ることのない跳子の雰囲気に一瞬キョトンとなったところに、谷地が田中を連れてきた。
まだ取っ組み合った姿勢のままの二人に、田中の拳が止めに入る。
『…ありがとうございました、田中先輩。仁花ちゃん、二人の手当してあげてくれる?
私もこの水とコート片づけたらすぐ行くから。』
しぶしぶ谷地に連れられ、無言のまま手当へ向かう二人。
田中がボールやコートを片すのを手伝ってくれたので、すぐに終えることができた。
『田中先輩、すみませんがもう一つだけ、いいですか?』
「オォ!なんだ?」
『澤村先輩に今日は先に帰ると伝えてもらえますか?一応メールもしますが…。私ちょっとこのまま影山くんと話したくて…。』
田中が快く了承してくれたので、跳子はもう一度お礼を言って谷地たちの元へ向かった。
日向が谷地と、そして跳子は影山と帰ることになった。
無言で跳子の前を歩く影山の背中が、何となく落ち込んで見えた。
(影山くん…。)
いざとなるとどう切り出していいかわからない。
話したいとは言ったものの、跳子が何か明確な答えを持っているわけではない。
「…鈴木。俺、間違ってるのか…?」
『!…どちらが間違ってるかなんてわからない。というかどちらも間違ってないかもしれないよ。』
「…。」
『ただ、ね。影山くんはもう孤独な王様じゃないよね。でも影山くんが手に入れたのは"仲間"であって、意志のない"玩具の兵隊"じゃないよ?だから、それを必要ないから押さえろって言うのは、無理があると思う。』
「意志…。日向の、意志…。」
『それに、チームを考えた発言なのはわかるけど。強くなりたいという欲は決して日向くんの"ワガママ"ではないんじゃないかな?』
「!!」
影山は跳子の言葉にハッとする。
(誰もが強くなりたいと願っている。それを俺はさっき"ワガママ"と言ったのか…。)
『影山くんも、及川さんには出来ない自分だけの武器を手に入れたんだもんね。消極的になるのもわかるよ。怖いのも。でも、それだとそのままだよ。出来るかもしれないことをしないのは、影山くんらしくないと思う。』
(及川さんの出来ないこと…。そうか、俺は…。)
自分でも気づいていなかった、あの速攻という武器へ執着する理由。
答えは出なくても少しスッキリし、影山は跳子の方を向く。
「鈴木…その、悪ぃ。」
『…後先考えずぐんぐん前へ進む方が二人らしいよ!変人コンビの相方でしょ!!しっかりしなさいっ!』
落ち着きを取り戻したような影山の顔を見て跳子は少し安心する。
言葉尻と一緒に跳子にバシッと背中を叩かれ、影山は思いがけず前に足を進める。
痛くはなかったが、何故か少し泣きそうになって夜空を見上げた。
何か語るように星が一瞬瞬いたが、影山にはその言葉はわからなかった。
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