長編、企画 | ナノ

可能性の欠片



烏野に緊張が走っている。コートがピリつくような張りつめた空気。

−"今のままじゃだめだ"−

(薄々感じていた事を日向に突き付けられたな…)
(このままではひたすら貪欲に成長し続ける日向に−喰われる)

意識の変化は成長の兆し。
それを感じ取り言葉にしたのは、ここにいる唯一の教師だった。

「皆さんはここに居るチームの中で一番弱いですね??」

笑顔で言い切る武田にムッとするも、現時点では何も言い返せない。
そんな部員達を見て、武田は言葉を続ける。

「彼らをただの"敵"と見るのか、それとも技を吸収すべき"師"と見るのか。
君達が弱いということは伸びしろがあるということ。こんな楽しみなこと無いでしょう?」
「「「!」」」

(そうだ…喰われる前に、全員で化けてやる。)

仲間でライバル。
皆の目に光が戻ってきた頃、日向と影山がこの場にいない事に鳥養が気付いた。


その二人は、鳥養から数メートル壁を隔てた先で向き合っていた。
出ていくのに気づいた菅原が、間に入ってフォローをしている。

「空中での最後の一瞬まで、自分で戦いたい。」
「…あの速攻はお前の最大の武器だ」
「!」
「そんであの速攻にとって"ほんの少しのズレ"は"致命的なズレ"になる。あの速攻にお前の意思は必要ない。」

そうハッキリと口にし、影山が体育館に戻って行く。

(影山は感情的に否定してるんじゃない。客観的な"事実"を言ってる…)

これは菅原が心配していた"言い争い"じゃない、冷静な"話し合い"だった。

「−ごめん日向。俺も…今影山の意見聞いてたら今回は影山の意見が正しいと思ったよ」
「!」
「あー…俺も菅原派だな。」
『…。』
「!鳥養さん!跳子ちゃんも!」

体育館から鳥養と跳子が出てくる。少し前から話が聞こえていた。

『…私は、日向くん派ですかね?』
「!!」
『難しいことだからこそ、やってみる価値があると思います。』
「跳子ちゃん、でも…」
『確かに今でも変人速攻は強力な武器です。変えたくないと保守的になるのもわかります。でも…変化を恐れていたら進化も拒んでしまいます。それはこの遠征に求めていた答えと違いませんか?』

跳子の言葉にも力強さを感じる。
それを聞いていた日向がゆっくりと顔をあげた。

「しかしあの一瞬を空中でどうこうしようってのも、正直難しい話だと思うぜ?」
「…でも調子がいい時はスローモーションみたいに見えるんです。青城と練習試合やった時の最後の一点、大お…及川さんの顔が、目が見えました。」

(顔?目?「そんな気がした」ってことか?)

「3対3で初めて速攻決めた時も、"向こう側"が見えました。頂からの景色が見えました。」
「『!!』」

(−…日向には、見えている!?)
(稀にそんなスパイカーがいるって聞いたことはあるけど…。)

日向の目に映る、可能性の欠片。

(…影山の神業的セットアップを、空中で日向が自分の意思で捌くことができたら−?)

あまりに非現実的な事に鳥養は自分自身に首を振る。
しかし一度考えてしまった"もしも"からは逃れることができない。

(もしも、もしもできたらあのコンビは、"小さな巨人"をも超える空中戦の覇者となる−!)

何をどうしたらいいかはまだわからない。
しかし鳥養は、日向とその進化を信じ、見てみたいと思い始めていた。



「ありがとうございました!」
「「「したー!!」」」

怒涛の2日間が終わり、思い思いに別れを告げる。
猫又が鳥養・武田が話しているところに、跳子も挨拶に伺う。

「次は再来週…夏休みの合宿だな。」
「ハイ!宜しくお願いします!」
『猫又監督!色々とありがとうございました。』
「いやいやこちらこそ。また次もよろしくな。…烏野は今が正念場だな。」
『…大丈夫です。烏ですから、むしろ食い荒らしちゃいますよ?』

大胆な跳子の言葉に、3人の大人たちが声を出して笑う。

「言うなぁ鈴木さん!次会う時が楽しみだ。」

深々とお辞儀をしてその場を離れた跳子に、今度はリエーフが駆けてくる。

「跳子ー!」
『リ、エーフさん。』
「跳子、いつ東京にくる?」
『??』

再来週から始まる夏合宿について、今年は烏野も参加するという話を先ほど監督が全員の前でしたばかりだった。

『?みんなと同じだから再来週だよ?』
「それは合宿だろ!そうじゃなくていつ東京に住む?」
『ぶっ!そんは予定ないよ!!』
「えーー!音駒のマネなのに?!」

突拍子もない言葉に跳子はびっくりするが、リエーフの様子からすると冗談ではないらしい。
返しに困り始めた時、後ろからグイと手を引かれた。

「"臨時の"、な。もうそろそろ行くぞ。」
『あ、ハイ!澤村先輩!じゃあリエーフさん、また再来週にね。』
「なんだよ〜。まぁまたな跳子!」


ここで出会った戦友たちが見送る中、皆でもう一度振り向いて手を振る。
強くなるために自分たちができる事をそれぞれが考え始めていた。


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