長編、企画 | ナノ

獅子奮迅



体育館に入ると、練習をしていた各校の面々がギラリとした目で烏野を見る。

東京・梟谷学園
神奈川・生川高校
埼玉・森然高校
そして東京・音駒高校

いずれも一癖も二癖もありそうな雰囲気を醸し出している。

「アップとったらあとはひたすら全チームでぐるぐると試合をやる。」
「おう」
「1セット毎に、負けた方は罰でフライングコート1周。」

黒尾が簡単に説明をし、烏野もアップをとるためにコートに入る。

跳子は黒尾と共に音駒のベンチに向かい、猫又監督に挨拶をするとにこやかに歓迎してくれる。
その後皆の前で黒尾に紹介され、緊張気味に跳子がお辞儀をした。

「あー、今回も烏野の鈴木さんが臨時マネで手伝ってくれる。前回宮城遠征に行ってないヤツは初だな。」
『烏野1年の鈴木跳子です。皆さんのお力になれるよう頑張りますので、よろしくお願いします。』

顔をあげ、口々によろしくーなどと言ってくれる皆の方を見回すと、跳子をジーっと見つめている一際背の高い外国人風の男の子と目があった。

『??』

目を反らす事もできず、跳子はとりあえず笑顔をつくってみる。
するとそれをきっかけに、その男の子がぐんぐんと跳子の方に歩み寄ってきた。

(え?え?!)

目の前に立つと更に背の高さが際立つ。
疑問だらけで立ち尽くす跳子の目をもう一度じっと覗き込むと−

「「『!???』」」

−いきなりギューっと抱き締めた。
あまりの事に跳子も、音駒のメンバーも呆気にとられてしまう。

「っリエーフ!てめ何やってんだ!」
「クロさん、この小さいの、俺持って帰っていいですか??」
「はぁ?!!」

黒尾が止めるも、リエーフは笑顔で言い放つ。
ギシッと固まったままだった跳子も我に返った。

『ああああの、ははは離し…!』
「…リエーフ。お前いい加減にしろよ」
「えぇー?」
「お前にやるくらいなら、俺が持って帰るわ!」
『あのっ、一体何の話ですか!!』

やっと離れたリエーフが、まだ息荒い跳子の手を取ってぶんぶんと上下に降る。

「俺、灰羽リエーフ1年。よろしく跳子!」
『は、はぁ…よろしく。』

(外人さんのスキンシップはスゴいなぁ…)

※彼は日本生まれ日本育ちです。

リエーフを引き剥がすのに成功し一息ついた黒尾が、ハッとしたように烏野の方を見る。

(さすがにこれを澤村に見られたら、鈴木を取り返されちまうか…?)

問題の人物は騒ぎのあったこちらを見てはいるが、キョトンと首をかしげていた。
どうやら音駒の人の壁で見えなかったようだ。
念のためその周囲も見回す。

(…チッ!あの二人には見られたか。)

驚いた顔をして固まっている菅原と東峰が黒尾の目に入る。
黒尾は二人に向け、片手を前に出し首を軽く折り曲げて小さく謝罪をする。

「…旭、俺はこの遠征を無事に過ごしたい。」
「…同じく。」
「とりあえず音駒には遠征の恩があるし、一回は目を瞑るか…。」
「大地にバレたら…惨劇の雨が降ると思うしな…。」
「…でも跳子ちゃんは俺達にとっても大事なマネージャーだ。二度目はないな。」

二人は黒尾に向かって、にこやかに黒いジェスチャーを送る。

("ツギハ、ナイ"…か。随分と愛されてるなー鈴木。まぁわかるけどな。)

一先ず事態は落ち着いた。しかし罪には罰だ。
黒尾は振り向くと同時に、リエーフをギロリと睨む。

「リエーフ、てめぇは1試合目そこで正座してろ。」
「!?」



(うわぁ全身ゴムみたい。しなやか、で強い…!)

音駒のベンチで試合を観ながら、跳子はまた一人の天才を目の当たりにする。
いや、これを天才と呼んでいいのかどうかはわからないが、天賦の才に恵まれたことは間違いなかった。

天に与えられた躰−

牛島の全てを制圧するような圧倒的な剛さとはまた違った、柔軟でしなやかな強さ。
見た物を即座に吸収し、すぐさまやってのける身体能力。
そのしなる腕から繰り出されるスパイクが、相手のコートに音を響かせながら跳ねた。

(でも…こっちも面白い!!)

参加高校にはそれぞれのカラーがあり、現在の音駒の対戦相手である森然高校はシンクロ攻撃を得意としているようだった。
多彩に技を放ち、相手を翻弄しその兵力を分散するようなコンビネーション。
全員が囮で、全員が攻撃だ。

(これ、うちにもできないかな…?)

スコアをとると同時に自分用のメモも取る。

笛の音に跳子が顔をあげると、隣のコートで烏野の仲間たちがペナルティを受けていた。
強くなるためとは言え、悔しいという気持ちには変わりない。

みんなは決して弱くはない。
それでもこの練り上げられた強さと特徴的な戦いに長けた学校を相手にするには、やはり苦戦してしまう。
攻撃に幅を持たすには、やはりあの囮が必要になってくるのだ。
でも、それだけでいいのか−…

『…あっ!』

体育館の扉がきしんで開くと、一人のグラマーな女性が立っていた。
その後ろにいたのは−

「"主役"は遅れて登場ってか?ハラ立つわ〜」

−烏野の誇る変人コンビ、日向と影山の到着だ。


日向・影山の神業速攻が決まり、烏野が9セット目にしてようやく初勝利を納めた頃、音駒vs生川の試合も決着を迎えようとしていた。

勝利するも日向に笑顔はない。

(後半…もうあの速攻に付いて来られてた…)

今のままではいつまでも通用しない。無敵な攻撃なんてない。
今までも止められてきたのだ。伊達工、青城に音駒の犬岡−

「!あれっ?」

そして、日向が初めてリエーフの存在に気付く。
かつて自分を止めた犬岡が控えに居て、コートに立っている男。

"一体何者なのか…?"

それは烏野の変人コンビも同じように評される。

「…今年は面白くなりそうだな。」

成長に貪欲なケモノ達の目が光り、熱い夏の始まりを告げた。


音駒vs生川で本日全ての試合を終え、皆体育館から出て移動する。

「跳子!」
『あ、灰羽さん。』
「リエーフでいい!跳子、一緒にご飯食べよう。」
『え、えっとあの…。』

スっと手を取られ、そのままずるずると引きずられていく跳子。
懲りていないリエーフに呆れる黒尾と、その背後に迫る黒い影。

「オイ…」
「!(やべっ)」
「なんだアレは…!」
「いや、大丈夫だ。なんだ、その…懐いた猫がじゃれてるようなもんだ。」
「…猫は猫でもライオンじゃねーか…!」

(おぉ澤村、大正解。)

苦笑いしながら、黒尾は心でツッコむ。


"リエーフ"
−その意味はロシア語で"獅子"。


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