長編、企画 | ナノ

再び捕らわれの身



7月6日(金)

跳子は1泊2日の荷物が詰まったバッグを、バスの荷物入れにしまう。

(おじいちゃん、なんかすごい心配してたなぁ。)

確かに中学時代にも遠征や合宿はあったが、高校に入ってからは初めてだ。
初めての送り出しに焦る祖父の姿を思い出し、跳子は一人笑ってしまう。

「何笑ってるんだ?」
『!澤村先輩!』

思い出し笑いを見られてしまったことが恥ずかしくて、跳子は早口で理由を話す。
跳子の祖父の焦りの原因に思い当たるふしがありすぎて、澤村も思わず吹き出してしまった。
それを見て一瞬キョトンとしていたが、澤村の楽しそうな姿にもう一度跳子も笑う。

東京行きの夜行バスに皆で乗り込む。
澤村は窓際を跳子に譲り、その隣に自分が座った。

バスが静かに走り出し、最初は威勢よく騒いでいた皆もすぐに眠りに落ちて行く。
今日も遅くまで練習してからの出発なので、無理もないことだった。

跳子は皆を起こさないように、小さな声で澤村に話しかける。

『日向くん達、残念でしたね…。』
「今回は結構頑張っていたからなぁ…。」

期末テストの結果、日向も影山も一つだけ赤点になってしまったのだ。
明日の午前中だけ補習となってしまい、今このバスには乗っていない。

(でも田中先輩がどうにかしてくれるって…どうするんだろう?)

「鈴木、もう寝た方がいい。明日が辛くなるぞ。」
『…はい。』

こんな夜に澤村の隣にいれる事がなんだか特別っぽくて、跳子は少し眠るのがもったいなかった。
でもこれ以上遅くなると澤村が明日辛くなってしまうだろうと考え、素直に言うことを聞く。

夏場のバスは空調を強めに設定されている。
跳子は膝に掛けていたブランケットにくるまり、目を瞑る。
テストと部活でここのところ疲れていたのか、すぐに睡魔がやってきた。

跳子が目を瞑ったのを見て、澤村も眠ろうと腕を組んで背もたれに寄りかかる。
少しすると自分の左肩にコテンと軽い衝撃を感じる。
目を開けて確認してみると、跳子の小さな頭が澤村の肩にもたれてきていた。
一瞬焦るも、自分の肩を枕に幸せそうに眠る跳子の姿が可愛くて、澤村の顔に笑みがこぼれた。
澤村は跳子を起こさないようにそっと組んでいた腕を外し、ずり落ちそうなブランケットを直してやった。

もう一度愛しそうに寝顔を見やって前を向くと、前の座席からニヤニヤ見ている菅原と生暖かい目をした東峰の姿があった。

澤村は思わずビクつきそうになるのを必死に抑え、真っ赤になりながら睨み付ける。

(早く寝ろっ!!)

どうやら二人にも伝わったらしく、顔が見えなくなったと同時に目の前の背もたれがきしんだ。

ふぅ、と一つ息を吐いて、澤村ももう一度目を瞑る。
左肩から小さな寝息を感じる。
あまり意識をしすぎると眠れなくなりそうだが、今ならなんだか幸せな夢を見れそうだと澤村は思った。


夜行バスはほぼ定刻通りに到着した。
皆それぞれ運転手に礼を言ってバスを降り、そこからは電車に乗り換える。
東京の通勤ラッシュの噂は聞いていたが、休日の朝はそうでもなかった。
しかし乗換口や電車の種類の多さは噂通りで、慣れていない澤村達は少々まごつくこともあった。

やっとのことで指定された駅につき、改札を出たところに音駒の主将と副主将が待っていてくれた。

手を軽くあげながら、お互い歩み寄っていく。
まずは挨拶かと思いきや、黒尾がにこやかに跳子の手を取った。

「じゃあ跳子ちゃんはこっちね。今回もマネよろしく!」
「早速か!!」

澤村がツッコミながら、その手を切り離す。
跳子が不思議そうに澤村を見上げた。

『でも仁花ちゃんは潔子先輩に仕事教えてもらわなきゃですし、やっぱり私が行く方がいいですよね?』
「ぐっ…!」

言葉に詰まる澤村を見て、黒尾が楽しそうに笑った。


「オオッ!あれはっ、あれはもしやスカイツリー!!?」
『違いますよ田中先輩!東京タワーですよ!』
「いや、あれは普通の鉄塔だね」
「ぶっひゃひゃひゃひゃひゃ」

ありえない会話に、海は優しく真実を教え、黒尾は大爆笑する。
笑いすぎて出てきた涙を拭きながら、黒尾は疑問に思っていたことを澤村に聞いた。

「っていうかオイ。」
「!」
「さっきっから思ってたんだが…なんか人足んなくねーか?」
「実は−」

澤村は、二人が赤点で補習になったことを簡単に説明する。

「え。じゃああの超人コンビ、今頃補修受けてんの?」
「ああ…。まぁでも…」
「うおおお!!?」

途中で雄叫びが聞こえ、話が中断する。

見れば山本が、烏野のマネージャー達の前で膝をついて天を仰いでいた。

「じょっ…じょっ…!女子が3人になっとる…!!」
「…。」

清水が谷地と跳子を守るように背中に隠すが、そのさらに前に田中が出る。

「見たか虎よ…これが烏野の本気なのです。」
「くっ…!眩しいっ…!」

見事なアルカイックスマイルを決める田中の後ろから、マネたちがそそくさと退散する。
そして跳子がふと気づいたように、黒尾と海に走り寄ってきた。

『黒尾さん、海さん。そういえば私友達に勧められて行ってみたいところがあるんですけど。』
「?」
『コレです!』

跳子は持っていた紙をピラリと渡す。

・東京ディズニーランド&シー
・東京タワー
・スカイツリー
・お台場
・アルタ前
・ハチ公
・中華街
・八景島

「…これ、全部行けると思ってるの?今回全然時間ないよな?」

しかもいくつか神奈川と千葉が入っているが、もはやそういう問題ではない。
そのうち一つ見れるかどうかというくらいの日程なのだ。

『?東京は交通の便がいいから、なんとかなるんじゃないかって。』
「いや、無理だろ。」
「うん、無理だね。」
『えぇぇ〜』

今度は二人ともツッコミにまわる。
悲しそうに顔を歪めた跳子に、黒尾が思いついたように言い直した。

「…今度来た時にゆっくり連れてってやるよ。」
『わぁ!ありがとうござ…』

黒尾の悪い笑顔に不穏な空気を感じ取った澤村が飛んでくる。

「鈴木!もういいから着替えて来い。清水達はもう向かってるぞ。」
『わっ!本当だ!じゃあ行ってきます!』

跳子はペコリとお辞儀をして、二人ににこやかに見送られながら清水と谷地を追いかけた。

「…大変だねぇ主将さん。」
「そう思ってるなら、余計な手出しはやめてくれ…。」
「さーてね。」

悪びれもせずに言った後、黒尾の顔つきが変わった。

「じゃあ準備できたらすぐに体育館行くぞ。…もう他の連中も集まって来てる。」
「…おう。」

東京まで来て手ブラで帰るつもりはない。
烏たちの顔つきも変わった。


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