長編、企画 | ナノ

決意表明



初めて見る体育じゃないバレーボールは音も速さも体験したことのない迫力で、見ているだけで胸が熱くなってドキドキした。

「大丈夫??」
「アッハイ!」

流れ弾に当たりそうになったところを見ていたのか、清水と跳子が谷地に駆け寄る。

「烏野はね、昔は全国大会行けるくらい強かったの。」
「ぜんこく…!」

全国大会。谷地には想像できなかった。
テレビで見たこともあるが、自分とはかけ離れた世界のことだった。

「…今度こそ行くんだ。全国の舞台…!」
『ハイ…!』

部員達を見つめる清水と跳子の真剣な目に、それを支えるマネージャーにもそれ相応の覚悟と努力がいるんだと感じた。

谷地はその日、清水と一緒に帰ることになったために着替え終わるのを待っていた。
すると体育館の中から鳥養と武田の会話が聞こえてきた。
どうやら遠征費などお金の問題のようで、武田が自身の貯金を崩そうとまでしていた。

(そっか…。当然だけど、部活にも色々とお金がかかるよね…。)

谷地が何となく考えているところに、日向が声をかける。

「谷地さん、マネージャーやる!?」
「あっえーっと」
「よね!?」

すでに日向の中ではやることが確定らしい。
するとあんなに人見知りしていた田中と西谷も谷地に呼びかけた。

「ヘイ!1年ガールヘイ!!」
「!」
「君、是非烏野バレー部に入ってくれたまえよ。」
「え!?」
「君がいると潔子さんがよくしゃべる。」

そんな二人の後ろから、澤村の鉄拳制裁が落ちる。

「そんな勧誘があるかバカ!」
『田中先輩、西谷先輩…さすがに失礼デス。』
「ゴメンねぇ。バカでねぇ全く。」
「い…いえ、その、うれしいです」

(((えっ!?あの勧誘が!?)))

みんな驚くが、谷地は自信なさげにうつむいたまま話を続けた。

「私、自分から進んで何かやったりとか、逆に何かに必要とされたりする事ってなかったので…。」
『…。』

跳子は少し、谷地の気持ちがわかるような気がした。
中学の時の自分、自らやりたい事がなく、両親と若くんをとったら何もない自分−。

「劇とかやっても絶対"その他大勢"の一人なんです。村人Bとか木とか。」

そう、だからそんな村人Bの自分を誘ってもらって嬉しかったのだ。
でもきっと全国大会を目指す主人公達の側にいて、役に立てるなんて思えなかった。

そのまま話の論点がずれてしまい、谷地は結論を出さないまま黙ってしまったが、跳子はその姿を何となく見つめていた。


翌日も結局谷地は体育館に来ていた。
急遽決まった、扇西高校との練習試合だ。
気合いを入れ闘争心を燃やす日向を見て、谷地は大会や本番でもないのに何故頑張れるのか疑問に思う。

「負けたくないことに理由って要る?」

日向には疑問に思うこと自体がわからない。
もちろん影山もだった。

「知るかそんなもん。ハラが減って飯が食いたい事に理由があんのか」

(食欲とかと同じレベルなんだ…?)

谷地は、何かに勝とうと思ったことがなかった。
だから負けたくないとも思うこともなかった。

『仁花ちゃん。』

何か考えてる様子の谷地に跳子が話しかけた。

『…私もね、ずっと自分の意思で何かやったことがなかったんだ。』
「!私と同じ…?」
『勉強もバレーも、親に言われたからとか大切な人がやってたからで、自分が誰かに勝ちたい、とかじゃなかった。』
「…。」
『でも今はね、そんな自分に負けたくないって思う。だから自分のできることから頑張ろうと思ってるの。
そしたらきっかけがどうあれ、それがかけがえのないものになればそれでいいと思えるようになったんだ。』

そう言って笑った跳子の言葉が、谷地の中になんだか暖かく残った。


扇西高校が来訪し、とうとう試合が始まる。
なんのまとまりもなくバラバラな会話を続ける部員たちを見て、思わず谷地は呟いた。

「"烏合の衆"…」

それを聞いていた清水と跳子が噴き出す。

「烏合…確かに烏だしね。」
『仁花ちゃん、うまいこと言うね!』
「…でも試合になるとけっこう息が合うんだよ?」

「烏野ファイ!」
「「「オォース!」」」

気合いを入れ、掛け声と共にコートに入る部員たち。
その顔つきは先ほどとは明らかに違っていた。

「…!」


試合は練習とはまた違う空気があった。
相手がいる。敵がいる。負けたくない。勝ちたい。
その気持ちだけで、満足することなくひたすらに上を目指していく。
それは谷地が感じたことのない気持ちだった。

「私見てるだけなのにこう…こう…!」
「ぐわああってキた!?」
「!!キた!」
「じゃあマネージャーやって!」

日向と会話ができる谷地を遠目に見て、月島がボソリと言う。

「…ちょっと会話がね。意味不明だよね。」
『いや、仁花ちゃん、ちょっと変わってるとこあるだけだと…。』

「あっそういえば俺もやった事あるよ、"村人B"!!」
「…えっ?」
「んで主役より目立とうとして怒られた!」

鼻で笑う影山に、日向が力強く言い返す。

「"村人B"には"村人B"のカッコ良さがあんだよ!!」
「…!」
『そうだよ!視点が違うってだけで村人Bからしたら主役だよ。村人Bを主役にした物語を自分で作っちゃえばいいじゃない!』
「…!!」

(村人Bのカッコよさ…。主役…。私に、できること−。)

家に帰り、谷地は机に向かった。
お母さんの部屋からポスターデザインの本も引っ張り出す。
褒められたことがあること。少しでも自信があるもの。
絵、レイアウト、カラーリング−
頭の中にあるイメージをなんとなく紙に描いてみる。

きっとそれは簡単なことでもいい。
自分の中で何かが大きく変われるかもしれない。


仕事から一度帰った母親に、谷地はバレー部に誘われている事を話した。
少し前向きにやってみたいと思い始めていた。

「本気でやってる人の中に入って、中途半端やるのは一番失礼な事だからね。」
「…!」

会社を経営する強い女性の言葉は、谷地自身を否定するものではなかったが、芽生えかけてた気持ちにまた迷いが生じてしまう。
頑張ってるあの人達に、やはり自分では力になれないかもしれない。


翌日も、谷地はまだ迷っていた。
そんな谷地に清水がそっと声をかける。

「スタートに必要なのはチョコっとの好奇心くらいだよ。」
「!…」

それなら谷地はもう持っていた。好奇心、はある。
やってみたい。でも自分には無理かもしれない。
初めての想いに、谷地は答えを出す方法が解らなかった。


部活が終わり、みんなでぞろぞろと部室を出る。
スマホをいじっていた菅原が驚きの声をあげた。

「!おいおいおい。"ウシワカ"が世界ユースに入ってら…」
「世界ユース?」
「簡単に言うと19歳以下の日本代表。」
「日本代表!!に!!ウシワカ!!…ジャパン!!!」
「…俺たちは春高でこいつを倒さないといけないワケだ…。」
『ほんと…嫌になっちゃいますよねぇ…。』

そう言いながらも少し嬉しそうな跳子に、澤村は耳打ちする。

「…鈴木は聞いてたのか?」
『昨日若くんからメールもらいました。おめでとうって送ったら、"当然だ"的な返信が来て、なんかもう笑っちゃいました。』
「本当に嫌になるなぁ…。」

(嫌になるというか、敵としては厄介すぎる…。)

澤村の悩みの種は尽きないが、一方で日向は燃え盛って、谷地に話しかける。

「ヤベェな!気合い入るな!」
「!?うえっ、あっ、うん…」
「…?もしかしてお母さんに言われた事気にしてんの?」
「うっ、あっ、いや…」
「じゃあさ、言えば?」
「えっ」

言うなり日向が谷地の腕をつかんで、ものすごいスピードで走り出す。
見ようによっては少女マンガのようなワンシーンだが、それにしても早すぎる。
取り残された部員たちは二人が走り去った方をボー然と見送るしかなかった。

「…一体今、何が…!?」
「あれ、拉致ってヤツじゃないか?」
『はっ犯罪…!?』


その頃、谷地の母親は先日のやり取りを見ていた後輩に諭されていた。

「先輩だって最初から強かったわけじゃないでしょ?」
「…。」
「同じような強さ求めちゃダメですよ。仁花ちゃんはこれから強くなるんだから。」

娘のためを思って言った事ではあったが、確かに自分でもちょっと言い方がキツかったような気がしているので何も言い返せない。
その時、道路の反対側から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「おがあさああああん!!」
「!?」

見れば娘が力強く立っていた。
自分の子があんな大きな声を出せる事を初めて知った。

「村人Bも戦えます!」

「へっ!?」「村人B?」

「私バレー部のマネージャーやるからああああ!!!」
「…そ、そう…がんばって…」
「うん!!!」

言ってやったのだ。自分の口で。

振り向いて、日向をニッと笑いあう。

それは谷地仁花の、ヘタレな自分から卒業するための決意表明だった。


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