長編、企画 | ナノ

家庭教師の○○



コン、コンー

跳子が遠慮がちにノックをすると、すぐに澤村が顔を出した。

「おぉ、鈴木。もうみんな着替え終わってるから入っていいぞ。」
『失礼しまーす…。』

いつも掃除する時には普通に入れるが、皆がいる時の部室に入るのはなんとなく緊張する。

今日から部活後少しの時間だけだが、部室でテスト勉強をすることになった。
みんなで、というよりもむしろバカ4人に叩き込むためなので、教える立場である澤村が先に帰るわけにはいかない。
いつもより多少遅くなってしまうが変わらず送ってくれるというので、跳子もここで勉強することにしたのだ。

中に入ってすぐに1年生の4人が固まっているゾーンを発見し、そちらにパタパタと近付く。

『月島くん、今何やってるの?』
「鈴木。…影山の小テスト結果見てるけど。」
『じゃあ私、よければ日向くんの方見るよ。』
「!ちょっと!」

嫌な顔をして止めようとする月島をスルーして、よろしくね、と笑顔を向けながら、跳子は空いていた日向の隣に座った。
その笑顔を間近で見たためにすでにK.O.されている日向には全く気付かず、跳子は日向の手元にある現代文の小テストを覗き込んだ。

(勉強だったら多少は自信あるもの!)

『あ、日向くん。この問2〜4なんだけど。現代文の長文を読むのが苦手だったら、先に問題を読んで、その問いになってる文章の付近だけ読んでみるってのも手なんだよ?』
「〜〜っ!」
『??』

日向にポイントを教えてみるが、真っ赤になって何も言わない。
ちゃんと聞こえてないのかな?と跳子は少し距離を詰めてみる。
日向はさらに縮まった距離にビクリとして、持っていた小テストを地に落とした。

「!!!」
『それでねここの問5の場合…日向くん?聞いてる?』
「−ひゃいっ!」

床に落ちたテストを指さし、何の意図もなく上目遣いで見てくる跳子に、日向はただ言葉にならない音を発するだけだった。
見るに見かねた澤村と月島がため息をついて間に入る。

「…あー、鈴木。…お前は教えなくていい。」
『えぇっ?先輩?』
「いいから、邪魔しないで。」
『月島くん!?ひどい!』
「…いいから。もう勘弁してやってくれ…。」
『??』

…跳子は数分で家庭教師を解雇されてしまった。


「日向、問6の一つ目は?」

【問6】
(1)無慈悲な者にも、時に慈悲の心から、涙を流すことがある、という意味のことわざ。

 答.鬼の目にも( 金ぼう )

「痛い!!」
「お前、鬼に酷いんじゃないか?」
「"鬼に金棒"だと思ったの??問題文は読んでないのかな??」
「うっせーなーもー!!」
『でもちょっともったいない間違いだよねぇ。』

惜しくても間違いは間違いなのだが、もう少し落ち着けば多少は伸びそうだった。
それに比べて…。

「超基礎的な数学の公式とか英単語くらいは自分で何とかしなよ!?」
『というかそれは他人には何ともできないよね…。』
「日本人に英語がわかるか!!!」

開き直る影山に、月島が怒りを隠せないひきつった顔になる。

「じゃあ東京行きはあきらめるんだね。」
「ムッ。」

その様子を見ていた澤村が月島の背後に立った。

「影山。」
「?」
「Bクイック。」
「!!」

その後も澤村に出されるサインに、条件反射のように影山はスパスパと答える。

『おー素晴らしい。』
「これ、どのくらいで覚えた?」
「?教えてもらった日?スかね。」
「…それで暗記ができないとは言わせないからな。」
「「!!」」

澤村の消えた笑顔の行方が気になるところだったが、最終下校時刻も近いためそのまま本日は切り上げとなった。

「鈴木、ほら帰るぞ。」
『はーい。では、お先に失礼します。』

澤村に呼ばれ、跳子が急ぎ足でドア口に向かった。
お疲れーと一声かけた菅原が、もうすでに見慣れるくらいに普通の光景となった二人の背中を見送る。

「…なんというか、もう"送ってく"っていうか"一緒に帰る"って感じだよなぁ。」
「ハハッ、確かに。」

ボソリと呟いた菅原に、東峰が笑って答える。
おかげですっかり部室の鍵当番は二人の持ち回りだ。
今日は坂ノ下で大地が来るのを待って、肉まんでも奢らせよう−
そんな話をしながら部室の電気を消した。


『潔子先輩!!』

週明けの昼休み、別々にマネージャー勧誘を続けていた清水を、跳子が慌てて探しとめた。

「どうしたの、跳子。」
『あのっ5組の女の子がちょっと話を聞いてくれて。実際の仕事内容とか、潔子先輩から話してもらった方がいいかと思って待っててもらってるんです!』
「ほんと!?」
『ちょっと返しが不思議な子ではあるんですが…。』

二人は谷地が待つ5組の前の廊下に急ぐ。

『待たせてごめんね!谷地さん!』
「ふひっ。いっいえ!」
『こちらがバレー部3年生のマネージャーの清水潔子先輩。』
「よろしくね。それで早速なんだけど…」

(うへ〜…美人…。鈴木さんもだけど…美人…。あっ周りの人もすごい見てる…)

「−なんだけど見学だけでもどうかな??」
「うへ!?ハイッ」
「『!!』」
「本当?ありがとう!じゃあ放課後また来ますね!」
『あ、でも谷地さん今日委員会なんだよね?顔見せだけでもお願いしていい?』
「ひょっ?はぃっ!」
『ありがとう!!』

去っていく二人に見とれていた谷地が、ハッと気が付いた。

(バ、バレー部!?運動に疎い私みたいなのが!?)

すっかり勢いに流されてしまったことを焦る谷地だったが、あんなに一生懸命こんな自分を勧誘してくれた二人の姿を思い出し、とりあえず行くだけ行ってみようと決めた。


そして放課後。谷地が緊張でカチンコチンに固まる中、清水が体育館内に声をかけた。

「あの!ちょっといいかな!」
「「「!?」」」

みんなが清水の元に集まる中、その後ろで跳子と話す知らない女の子を見て日向が大きな声をあげる。

「新しい人見つかったんスね!」
「「何何〜何スか〜」」

「えっと新しいマネージャーとして仮入部の−」
「!!やっ、谷地仁花です!!」

皆がおぉ〜とかすげ〜とか、感嘆詞を吐きながらわらわらと集まってくる。
一際大きい東峰が優しく声をかける。

「1年生?」
「うひ!?」

しかし初対面の女子には、そのはるか上から見下ろしてくる強面にあまり免疫がないため大概恐怖の対象となる。
谷地も例外ではなかった。

「いっち、1年5組であります!!」

((あります…))

「旭ちょっと引っ込め!」
「ええ!?」

慌てて澤村が引き離しにかかる。
言葉のチョイスがいちいち不思議だがいい子そうだ。

菅原がにこやかに谷地を見ていると、そちらを見た谷地がビクッと肩を震わせた。

「?」

あまり驚かれるような覚えはないので振り向いてみると、自分の影から田中と西谷が谷地を凝視していた。

「?コラ!!」

(あの二人意外と人見知りするのかな…。)
(女子なら誰でも食いつくわけじゃないんだ…)

それを見て月島と山口が、先輩への認識を少し改める結果となった。

新マネージャーの加入に盛り上がる部員達に、清水が「まだ仮であること」と「今日は顔見せだけ」と伝えると、谷地は体育館から出て委員会に向かった。

(うおおお。勢いで来ちゃったけどデカイ人いっぱいだァァ〜)

不安になっていくが、さらに不安なことを思い出した。

(ハッ!あんな美人の隣に2分近く立ってしまった…!ファンの人とかに暗殺されたらどうしよう!?)

そこから谷地は隠れながらという妙な動きで校内へ向かっていった。


「清水、新しいマネージャー勧誘してくれたのかァ〜!」

全く知らなかった澤村が、清水と跳子に近づいて感謝を告げた。

「うん…跳子と一緒にね。あと日向も協力してくれて。」
『でも私あまりお役に立てなかったです。』
「ううん、そんなことない。…烏野がこれからもっと強くなるために、自分の仕事もちゃんと引き継いでいかなくちゃって思った。」

「清水さんっ」
『潔子しぇんぱいっ』
「!?」

揃って涙を噴出す二人に、清水がギョッとして距離をとった。



翌日−

「…部活前後だけって話だったよね」
「「…。」」
「ね??」

月島に勉強を教えてもらおうと昼休みの1年4組に現れた日向と影山だったが、やはり月島に一蹴されていた。

「営業時間内に出直してくださーい。」

そう言ってヘッドフォンをつけ、外界との関わりを遮断する。

「ちなみに鈴木も友達とお昼食べに行ってていませーん。」

先回りするように言われた言葉に、日向と影山はすごすごと教室から出ていった。

「くっそ〜ケチ月島!ケチ島!」
「日向〜。」

廊下を歩く日向に、後ろから声をかけたのは教室でのやり取りを見ていた山口だった。

「昨日のさ、マネ候補で来てた子居たじゃん。あの子5組って言ってたから勉強得意かもよ?」
「!そっか!4・5組進学クラスだもんな!」

1年5組に乗り込んだ二人は、谷地に勉強を教えてもらった。
そしてバレーの話もたくさんした。

どこまでも真っ直ぐな日向の"直射日光"を真正面から浴び続け、若干ぐったりとなる谷地だったが、どこか羨ましいと感じていた。
何かに本気になったこともなければ、自分に特別なことができるとも思えなかった。
むしろ何かしようとしても足手まといになることが怖かった。

放課後、部活に出るためにジャージに着替えながらも谷地にはやはり自信はないままだった。
しかし日向の直射日光の影響からか、どこかに高揚する自分がいることにも気付き始めていた。


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