長編、企画 | ナノ

学生の本分


「俺達は優劣を決める試合で負けた。」

部活を始める前に鳥養が話し始める。

「−で今日のIH予選の決勝、優勝は白鳥沢。準優勝は青城だ。」
「「!」」

青葉城西は強かった。自分たちの全てをもってしても勝てなかった。
それを上回る白鳥沢の強さか−

「次の目標はもうわかってると思うが−春高だ。」

このメンバーでの最後の戦い。
皆の喉がゴクリと鳴る。

「とりあえず、ここは主将に一発気合入れてもらおうか。」

澤村が頷く。静かに、でも力強い言葉で気合いを入れる。

「…昔烏野が、一度だけ行った舞台だ。もう一度あそこへ行く。東京オレンジコートだ。」
「「「うおっしゃあああ!!」」」

そのためには、今のままじゃダメだ。全員が思っていた。
県内ですら勝ち進めない今の自分たちでは、そこにはたどり着けない。

(練習試合が全然足りねぇ…!どうする…?)

武田が必死に組んでくれてはいるが、やはり一度疎遠になってしまった絆を取り戻すのは、容易ではなかった。

鳥養が考えを巡らせている中、その武田が飛び込んできた。

「!?先生!?」
「武ちゃん!?大丈夫か!?」

勢い余って床に顔面をぶつけ鼻血を出しているが、それ以上に興奮している。
息せき切って何か言っていた。
跳子があわててティッシュを取り出す。

「い…行きますよね!?−東京!!」
「東京!?東京ってもしかして、"音駒"ですか!?」
「練習試合っスか?」

武田が笑顔で頷いて続ける。

「でも今回は音駒だけじゃないんだ。」
「??」
「"梟谷学園グループ"。−音駒を含む関東の数校でできているグループで、今回猫又監督の計らいで、その合同練習試合に参加させてもらえることになりました!」
「うおぉお!!」
「そういうグループはツテ無しじゃなかなか入れるモンじゃないんだが…猫又監督に感謝だな。…あとまたしつこく頼んでくれたであろう先生にもな。」
「いや僕はそんな…」
「「「アザース!!」」」

恐縮していた武田が前を向き直る。

「−細かい事はまた後でお話ししますね!取り敢えず皆の意思は−」
「勿論、」
「「「行きます!!」」」

武田は、自分のしたことでみんなの士気が高まっているのを見て、素直に嬉しかった。
そして満足げに笑うと、鳥養に後を任せてまた慌ただしく職員室に戻って行く。

跳子は思わず隣にいた澤村と手を叩いて喜んだ。

『東京です!遠征です!スゴイです!』
「オォ!武田先生のおかげだな!」

澤村の頭に一瞬音駒の黒尾のニヤニヤ顔が浮かび、一抹の不安が過るもやはり遠征は嬉しかった。

東峰、菅原、清水も3人並んで話していた。

「忙しくなるなぁ…!」
「だな!清水もな!初遠征だもんな!」
「…うん。私も頑張る。」
「「??」」

そして練習が始まり、跳子は清水とマネージャー業務をこなす。
その作業の合間に、清水が跳子に自身の決意を話そうと決めた。

『潔子先輩が残ってくれて、本当に嬉しいです。』
「うん。そう言ってくれてありがと。…あのね、跳子。」
『?ハイ!』
「私…もう一人マネージャーを探そうと思うの。」
『!!』
「あのね、跳子がどうこうじゃなくて…!」

珍しく慌てる清水に、跳子がクスリと笑う。

『わかっています。ベンチ入りマネ、ですよね。』
「…うん。」
『私も手伝います!一緒に探します!』
「ありがとう。…でも跳子、人見知りなんでしょ?大丈夫かなぁ?」
『うっ。潔子先輩のためならできますよ…!』

にやりと笑った清水に、必死に返す跳子。
そして二人で笑い合った。


翌日−

清水が1年生の校舎を歩く。
ざわつく廊下の様子が気になって、日向が教室から顔を出した。

「!!きっ、清水先輩っ!?」
「!」
「こっこんなトコで、どう、Do…」
「…日向、あのね。」
「ファフ!!」
「1年生の中でどの部活にも入ってない子ってわかる?」
「??」

その手にはバレーボール部のチラシがあった。
結局その日の休み時間には、清水も跳子もマネージャー候補は見つけられなかった。


部活後のミーティングで武田が当面のスケジュールを口頭で伝える。
しかし昨日のテンションはどこへ行ったのか、心なしか元気がないように見える。
話は昨日の東京遠征の内容に及び、武田とは逆に部員達はわくわくと浮き足立ち始めた。

「−学校からの承諾も、"基本的に"は大丈夫。」
「費用もとりあえず目途はついてる」
「ただ−」
「「「??」」」

グイとメガネをあげる武田の目が見えない。

「−来月になったら…期末テストあるの、わかるよね?」

ちーーーーーん
先ほどまで一番浮足立っていた4人の、表情が無くなった。

「わかるよね?」

武田はその4人にだけ念を押すように、もう一度言葉にする。
4人はフイッと視線をはずした。
残りのメンバーはなんとなく予想がつき始めていた。

「−で、予想ついてるかもしれないけど、赤点で補習になる教科がある場合…」

教頭の言葉を借りれば、補習は週末のため完全にかぶってしまうので「遠征は物理的に無理」とのことだった。

その言葉に田中・西谷が逃げ出し、日向はどもり、影山は呼吸停止となる。
バレー部最大のピンチがこんなところで訪れようとは…。

日向がコーチに泣きつくも、学生の本分が学業である限り鳥養にも何もできない。

敢え無く捕獲された田中・西谷が菩薩と化し、山口にAEDで助けれらたにも関わらず意識は戻らない影山。
彼らの成績を知っている武田は、もはや呪文のように「ヤレバデキル」しか言えない。

月島だけがそんなみんなの様子を楽しげに見ていた。

「あはは阿鼻叫喚。」
『月島くん…そんな冷静に…。(ほんと、性格わる…)』
「何か言った?鈴木。」
『ななな何もっ。』

そんな死屍累々な状況の中、主将の声が響く。

「狼狽えるな!!!」

ゆらりと尋常じゃない空気を醸し出しながら、澤村が立ち上がる。
その顔を正面から見た、菅原と東峰が固まった。

「テストまでまだ時間はあるんだ…。このバカ4人抜きで烏野のMAXが発揮できるか!?いやできない!!」
「うれしいような悲しいような。」
『おぉ。澤村先輩、反語表現。』
「…鈴木も大概冷静だと思うけど。」

澤村の背後に青白い炎が宿って見える。

「やってやる…全員で…東京行ってやる…!」
「目ぇ据わってる!!」
「こわい!!」


そのまま部活を終え、澤村によって部室で正座させられるバカ4人。

「…いいかお前ら。まずお前らが絶対にこれから守ることは」
「「……。」」
「授業中に寝ないこと!!」

ギクーーっと肩を震えさせる4人。

「そっからなのか…」

ザクザクと図星をつかれ、瀕死の4人に澤村は言い聞かせる。

「−で、わかんない事はわかんないままにすんな。俺達で多分教えられるから。」
「大地さんっ」

それを聞いていた日向は、影山にある提案をする。

「はぁ!?嫌だ!!」

影山が即却下するも、日向だって喜んで提案しているわけがない。

「おい!ワガママ言うな!遠征行けなくてもいいのか!」
「…チッ…」

そしてそれを実行すべく、すでに帰宅した月島・山口を追いかける。

「月島!!!−さん!」
「「!?」」
「勉強教えてくれ!!…さい!」

突然声をかけられ、日向の必死の頼みに月島は当然のように答える。

「えっ。嫌だけど。」
「ぐぬ…」

しかし日向も東京遠征のために、退くわけにはいかない。
状況が状況だけに、山口もさすがに日向側の味方についた。

「1日数十分とか!それか勉強法をチョコッととかでも!」
「部活前後にちょっとくらいならいいんじゃない…?」
「…。」

それでもうんとは言わない月島を見て、影山が舌打ちをする。

「チッ、日向。やっぱ鈴木に勉強聞くぞ。」
「…!!」
「えっ。でも鈴木さんに習うの、優しそうだけど緊張す…」
「チョット待ちなよ。」

それを聞いていた月島の顔色が変わった。

「別に教えてあげないこともないケド。」
「!!ほんとか!?」
「ただ小さい方にばっか頼ませるって卑怯じゃないの?そっちのでっかい方。」
「!!」

影山にとっては屈辱だ。しかし背に腹は代えられないのだ。

「−…勉強…教えてください…」
「ハイ??」

聞こえないフリをする月島に、影山が勢いよく頭を振りかぶった。

「勉強をォォォオ!!教えて下さいゴラァァア!!」
「わぁ!!?」

あまりの勢いに言わせた月島がどん引いた。
そして−

「うるせぇぞお前ら!近所迷惑だ!」

結局揃って鳥養に怒られるのだ。



「はぁぁ…。」

跳子と帰りながら、澤村が盛大なため息をついていた。
それを見て跳子がクスクスと笑う。

『大変ですね、主将って。』
「お前完全に他人事だなぁ…。というかこれって主将の仕事か?」
『むしろバレー部のお父さんですからね!』
「はぁ…。バカ2人だったのが4人になるとは…。」
『あはっ大変ですね、お父さん。』
「じゃあ鈴木はお母さんだな。あいつらを頼…」
『えっ?!』
「ん?」

驚いて顔を赤らめた跳子を見て、澤村は自分の発言を思い返す。
何気なく言ったつもりでいたが、よく考えてみれば夫婦発言だ。
そして跳子もまた、冗談なのはわかっているのに澤村の発言に反応してしまったことを悔いていた。

((やばいっ))

なんとか取り戻そうと、澤村が話題を変えた。

「そ、そういえば鈴木。青城の及川とか知り合いだったのか?」
『え、あ、ハイ、あの顔見知りというか…。中学時代は北一を観ることが多かったので。』
「そうか。なんというか…別に全然いいんだが。珍しく及川に厳しくないか?」
『…そうですかね?んー、ただ中学の時に若くんに"アイツは女の敵だ"って教えてもらって…。あまりいいイメージはないんですよね。そんなに違いましたか、私…。直した方が…。』
「いや、全然!そのままでいいぞ!」
『…?そうですか?ならよかったです。』

牛島、グッジョブ。
澤村は心の底から、初めて牛島に感謝した。


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