長編、企画 | ナノ

強くなれ



(デュース。先に2点差をつけた方が勝ち…!)

今流れは烏野にある−
跳子は沸き上がる興奮を抑えられなかった。
皆が諦めずに掴みとったチャンスだ。

烏野ベンチでは、デュースを引き寄せた影山・日向が、西谷によってぐりぐりと褒められている。
そんな高まる士気の中、影山は先ほど見た光景が忘れられなかった。

(国見もあんな風に必死になってボール追うのか…。)

中学時代、幾度となくぶつかったかつてのチームメイト。
影山はいつも本気でやらない国見に対し、怒りを持って接していた。
対する国見の冷たい視線。アイツはあの時なんと言った−?

「影山!」

思考を過去に飛ばしていた影山を現実に引き戻す、日向の声。

「ブロード、何回でも打つかんな!決まるまで!」
「オオ。」
「行くぞ!」
「「「ッシャアア!」」」

日向は跳ぶ、打つ、走る、戻る、そしてまた跳んだ。何度でも。
しかし思いとは裏腹に身体には限界も来る。
いつも通り跳んだつもりが、膝がカクンと抜けたように感じた。

「!!?」

(!日向のジャンプ力が落ちてる!タイミングが合わない!)

それでも手を伸ばして無理矢理ボールに当てる。
それがフェイントとなって、ボールが青城に落ちた。

『〜〜〜運も来てるっ!』
「今度は−烏野が王手だ…!」

「…落ち着いて行こう。獲り返す。」
「おう。」

及川のその言葉通り、落ち着いて岩泉が1点を返した。
そしてここで−

「ここでまた及川クンのサーブかよ…!!」

及川が、ボールに思いを込める。
顔をあげた時に、跳子の顔が目に入った。

(…勝つのは俺達だ。もっと高い舞台へ行く。)

もっと上、倒すべき相手、白鳥沢、そして牛若−!

(…及川さん?何を−誰を見てるの?)

跳子の心がざわつく。
しかしそれは一瞬だった。

(この一本で…アドバンテージを取り戻す!!)

強烈なサーブが、西谷に向かって行く。

「西谷アァ」

西谷の目に映るボール、瞬時の判断、そして西谷はそれを−避けた。

「アウト…アウトだ…!」
「及川がサーブ、ミスった…!」

館内が騒然となる。
跳子自身も信じられない思いだった。

(青城が…崩れる?!さっき何を考えたの、及川さん−?)

しかし、烏野有利に揺れる館内を黙らせるように、岩泉の一発が決まる。

「これでチャラな。どっちだって同じ1点だ。」

((岩泉さん、カッケー!))

「岩ちゃんに負けた気分…!」

青城ベンチの入畑監督がホッと息を吐く。

(岩泉の1点と一言で、チームが崩れるのが免れた。)
(…さすが岩泉さん。)

持ち直し、笑顔を取り戻した青城を見て跳子も何故かホッとしてしまった。

2点を追う戦いは獲って獲られてを繰り返し、30点を超える。
どちらのチームもぎりぎりで保っていた。
どちらも31点を迎えた時、ここでまた及川のサーブとなった。
先ほどの失敗が残っているのかどことなく固い表情の及川に、岩泉が声をかける。

「お前試合中にウシワカの顔チラついてんならブットバスからな。」

図星をついた岩泉の一言に、及川の心臓がギクリとする。

(確かにさっきのサーブの前、跳子ちゃんを見てちょっと過ったけども)

「目の前の相手さえ見えてない奴が、その先に居る相手を倒せるもんかよ」
「!!」

頭を殴られるような、目が覚めるような思いだった。

「…そうだね」

笑う及川の気迫が増した。
それをゾクリと感じ取った澤村が思わず叫ぶ。

「ッ!一本で切る!!!」
「ッス!!」

今まで練習を続けてきた。一本ずつ一本ずつ。
自分は天才ではないと知っている。
それでもひたすらに打ち続けた。
−ただ自分の目の前の相手を倒すために。

(!!)

跳子も寒気を感じた。
見とれるくらいにキレイなフォーム。
こんな場面でも見入ってしまうくらいの美しさだった。

恐らく、今日一日の中で最高のサーブ。
澤村が辛うじて上げるが、そのまま青城に返っていく。

「〜くそスマン!」
「あんなの上がるだけで有難いっつーの!」

及川がトスをあげたのは…

(逆サイド!?ライト…!)
(また国見…!?)

影山の目に、及川のトスに合わせて跳ぶ国見の姿が目に入る。
瞬間のフラッシュバック−
そうだ、あの時国見が言ったのは−

「常にガムシャラな事が、="本気"なのかよ。」

影山にはその意味がわからなかった。
当然のように、常に必死であるべきと考えていた。
それが本気の証拠である、と。
冷たい目。言っても無駄だとでも言いたげな国見の目−

国見の打ったスパイクを、影山が眼前で弾いた。
そのまま再度相手のコートに返る。
着地した国見がそのまま走る。

「チャンスボール!!」

「アイツ他の連中よりキレがある…!?まだ余力があるのか…!?」

走る国見の頭には、いつかの及川の言葉が過っていた。

国見の"本気"を解ってやれる者は少ない。
そんな中、及川だけがその理由を言わずともわかってくれたのだ。

−"効率よく・燃費よく・常に冷静"が国見ちゃんの裏の武器なんだからさ−
−皆が疲れた終盤にガッツリ働いてもらうからね−

今がその時だと、国見自身が一番よくわかっていた。
その国見のフェイントが決まる。

「青城っ…逆転し返したあああ!」

湧く青城のコート。
その中心で笑う国見を見て、影山が愕然とする。

3年間ずっと一緒のチームだった。
けど試合中に普通に笑う国見を、今日初めて見た。

及川の手にかかれば、という事か。
自分との差。なぜ−

(なんなんだアンタ。アンタみたいな人にどうやって太刀打ちすれば−)
(影山くん!?)

跳子の目に、静かに崩れそうになっている影山が映る。
しかし−

「…山くん!影山さん!!」
「!?」

また日向の声で、影山がハッと我に返る。

「おいまさかビビってんか、ダッセー。」
(イラッ)
「ふがしっ」

いつもの攻防が始まり、他のチームメイトも影山に駆け寄る。

「スマン影山。次絶対お前のトコへボール、返してみせる。」
「!」
「そしたらあとはいつも通り、お前がベストだと思う攻撃をすればいい。」

…それは紛れもなく、自分に寄せられた"信頼"の証だった。

『影山くん!今目の前にいるのは誰?』
「!!」

跳子の声が聞こえる。
今目の前にいるのは…?北一じゃない、烏野だ。
影山の目の前には、今の自分のチームメイトが笑顔で揃っている。

「影山ァー!迷ってんじゃ無ぇぞーっ」
「!!!」

もう一人の烏野のセッターの声が響く。

「"うちの連中はァ!!"」

そうだ。教えてもらったハズだ。
解っている。独りじゃない。

「…"ちゃんと皆強い"」

もう影山に迷いは無い。恐怖も無い。
孤独だった王様は、もう信頼と仲間を得てチームの一人になったのだ。

(…いいチームだなぁ。)

跳子は自分のチームを誇りに思った。
烏野に来れてよかった。

(後は、勝つだけ−)

そして皆、再び倒すべき相手を見据える。

その目の見た及川が、サーブポジションで一人ボヤく。

「…あぁ嫌だなぁ…ホント厄介。」

(…飛雄。急速に進化するお前に、俺は負けるのかもしれないね。でも−)

及川のサーブ。
強打に備える二人。が−

「前ェェーー!!」

ここにきて、及川のフェイント。
澤村が拾うも、速攻できる体制ではない。
こんな時にボールが来るのはもちろん、エースだ。

「旭、行けえぇえ!」

ブロックをふっ飛ばすも、リベロに拾われる。
そして青城のエースのターンだ。
田中が弾く。相手のコートに返り、金田一が直接叩く。
それを西谷が拾った。

「オラアァァ!!」

西谷が吠える。
少し乱れた返球に、影山が落下点に向かう。
日向が、走った。

「金田一、国見!」
「「!ハイ!」」

−今、この位置、このタイミング、この角度で!!
ドンピシャ!!!

絶対的信頼を持って目を瞑る日向に送られる、影山のトス。
神業速攻−!!

そして−

それを完全に読んでいた、青葉城西の3枚ブロックによって弾かれた。
目を開ける日向。ボールはもうすでに後ろ。
西谷・影山が飛びつくが、−間に合わなかった。

…いつかお前に負ける日が来るかもしれない−でも、

「それは今日じゃない。」


試合終了−

青城 33-31 烏野

セットカウント2対1で、勝者は青葉城西高校。


信じたくなかった。相手が喜んでいる。負けたのか−?

天を仰いでいた澤村がグッと眉間に力を込めて前を向く。
そして膝をついている二人に歩み寄る。

「日向、影山。整列だ。」
「…キャプテン、すみませ…」
「今のはミスじゃない。…ミスじゃないから、謝るな。」

整列する。でも前が、見えない。

「「ありがとうございました!」」

握手をし、すれ違う。及川と影山。勝者と、敗者。

そして応援してくれた観覧席に向け、再び並ぶ。

「整列!…ありがとうございました!」
「「「したーっ!!」」」

青葉城西を応援していた人たちからも、惜しみない拍手が送られる。
いい試合だった。善戦した。頑張った。
聞こえる拍手の音とその声に、また涙をこらえるように力を入れた。

ベンチに戻り、日向は自分が目を瞑っていた瞬間の事を聞こうとした。

「…あの…最後の−ブロッ…」

しかしその言葉を遮るように、次のチームが準備に現れる。

「泉石ファイオェーイ!」

「…すぐに撤収だ。次のチームのアップが始まる。」

鳥養が撤収の指示を出す。
チラリと日向が反対側のコートを見る。
青葉城西がそこにはいた。

「青城は少し時間を空けてから、続けて準々決勝だ。」

コートに残るのは強い奴だけ。
わかっていたことだ。
敗者はここには居られない。

IH最終成績:県予選3回戦敗退


跳子は、しばらくの間その場から動けなかった。
烏野高校が撤収し、自分が情報収集を終えた泉石のアップが始まった頃、ようやく腰をあげることができた。
皆の側に行きたい。行かないと−。
感情を失くしたように泣くこともしないまま、フラフラと階段を下りていった。


跳子が歩く先に、草むらに座り込む日向と影山、そしてその前に立つ武田の姿が見えた。

「…"負け"は弱さの証明ですか?」
「…?」
「君達にとって、"負け"は試練なんじゃないですか?地に這いつくばった後、また立って歩けるのか、という−。君達がそこに這いつくばったままならば、それこそが弱さの証明です。」

強くなりたい。
武田の言葉に、日向と影山が地から手を離し、しっかりと立ち上がった。

ダレル・ロイヤルの手紙−
跳子が思い出す。
敗者はいつまでもグラウンドに横たわったまま、だったか。
しかし二人はすぐに立ち上がって、武田の後ろを駆けて行く。

私も、強くなるんだ。二人と同じように。もう負けたくない。
跳子はボーっとしたままだった顔をピシャリと叩き、今度はしっかりとした足取りで皆の後に続いた。


簡単なミーティングを終え、そのまま準々決勝をみんなで見る。
自分たちとフルセットを行ったにも関わらず、青葉城西が泉石を2-0で下した。


「よし、じゃあ飯行くぞ。」

もちろんオゴリだ、と鳥養が言う。
意外な言葉に、皆キョトンとしたまま動かなかった。

「飯…スか…?いや、でも」
「いいから食うんだよ。」

代表して発言した澤村の言葉を遮って、鳥養は続けた。
そしてすぐに歩き出す。

居酒屋おすわり。
準備中の看板が出ているそのお店に入ると、テーブルの上いっぱいに食事が並んでいた。
鳥養がおばさんにお礼を伝えている間も、皆まだ意味がわからず落ち着かない様子で座っていた。
正直、負けたことで胸がいっぱいで食事に意識が向けられなかった。

「−走ったりとか、跳んだりとか。筋肉に負荷がかかれば筋繊維が切れる」

そんなみんなの疑問顔に答えるように話しながら、鳥養が席に着いた。

「それを飯食って修復する。そうやって筋肉がつく。そうやって強くなる。…だから食え。ちゃんとした飯をな」

「い…いただきます。」
「「「いただきます。」」」
「はーいどうぞー。」

間延びしたおばさんの声を合図に、皆ゆっくりと箸を伸ばす。
口に入れる。噛む。飲み込む。−美味しかった。
皆、だんだんと箸を進めるスピードがあがっていった。
身体が欲していた栄養を吸収していく。

−食え、食え。少しずつ、でも確実に強くなれ。−

大人たちの無言の応援と優しさが見守る中、雛カラスたちは無言で食べ続ける。

オイシイ、クヤシイ、ツヨクナリタイ。
いつしか皆の目には涙が溢れていた。


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