長編、企画 | ナノ

伸ばした手の先に



これでまた戦える。
青城を追い詰める手段を手に入れた。
そう思ったのも束の間−

「!?10番ノーマーク!?」
「…?」
「フリーで行ったれ日向ァァァア!」

ここにきて青城は、日向のブロードに対しブロックはつかずにレシーブで対応してくる策を取った。

「渡ナイスレシーブ!」
「!!」

(この短時間で日向への対応を変えてきたっつーのか!?)
(何て切り替えの早−)

ストンッ

烏野の一瞬の動揺を見逃さず、畳み掛けるような及川のツーアタックが決まる。

これが青城の強さの要でもあった。
どんな時でも、互いの意思疎通と考えることを止めない。
どんな時でも、最善策を探して足掻け。

思考を止めるな。
気持ちを止めるな。
目も耳も感覚全てを使って最善の一手を。

そして及川のサーブにより、流れも運も青城よりに傾きはじめる。
それを断ち切るべく、烏野は2回目のタイムアウトを取らざるを得なかった。

青城 19-16 烏野

3点差−
しかし今できることは全てやっている。
選手に声をかけながら、鳥養は必死に考えていた。

(何か…何かないか…!切り札とかじゃなくていい。ほんの少し空気を変える一本が欲しい…!!)

時間はどんどんと過ぎていく。
考える鳥養の耳に、かつての仲間たちの応援の声が耳に入る。

(…!!)

思わず振り向いた鳥養と目が合い、応援していた嶋田は困惑の表情を浮かべた。


青城のタッチネットで辛くも烏野に1点が追加され、日向が後衛にさがる。
つまり日向のサーブだった。

日向のサーブが入るよう祈りを捧げている嶋田に、滝ノ上が恐る恐る声をかける。

「…オイ嶋田、アレ…」
「?」

選手交代の笛が鳴る。
嶋田の目に信じられない光景が映った。

震える手で交代用のプレートを握って立っていたのは、最近嶋田にジャンプフローターサーブを教わり始めた山口だった。

「ったっ!?忠が…ピンチサーバー!?」
『ジャンプフローター…山口くんに賭けるんだ…。』

突然のことに、山口は今の状況がわからなくなった。
現実なのかこれは?頭にはひたすらハテナマークが浮かぶ。
しかし、手が震えてる。冷や汗が流れる。
緊張する身体は、頭とは逆にしっかりと現状を理解していた。

(確かに試合には出たいって思ってた。でも、ヤバイヤバイヤバイ!!)

「まだせいぜいマグレ当たりだって言ったろうがぁぁぁ!」
「…その"マグレ当たり"ですら欲しいってことなんだろ。」
「…。」

ボヤいている嶋田にも本当はわかっていた。鳥養の気持ちも。
それでも、こんな恐ろしい場面で高校初試合となる山口の気持ちを考えると、恨み言も述べたくなるのだ。

「山口…流れ変えて来い!」
「は…はい…!」

あがったのは士気かプレッシャーか。
鳥養にはわからぬまま戦場に向かう山口に、敵が、仲間が、会場が注目する。
コートで迎える仲間が声をかける。
ベンチで送り出す仲間が激励を送る。
みなその緊張をほぐそうとしてくれ、それに応えて山口はサーブポジションに独りで立つ。

「…サーブポジションに立った瞬間は、誰だろうとその試合の主役だ。」

(恐い…でも−)

笛が響く。
山口の戦いの始まりの笛が。

(自分も戦えるって−証明しろ!!)

今の山口の全てをかけた一本が放たれ、そして−
無情にもボールはネットを超えずに落ちた。


「すっすみません…!」
「きっ気にすんな!」
「ドンマイ!」
「すみません…!!」

こんな時になんて声をかけたらいいのか。何を言っても気にするのはわかっている。
ベンチに戻った山口に、武田も鳥養も声をかける。

「ドンマイですよ、山口くん!」
「気にすんな。切り替えろ。」
「−ハイ、スミマセン…」

血が滲みそうなほど唇を噛みしめながらウォームアップゾーンに戻っていく山口に、コートから声がかかる。

「山口!!」

誰よりも自分を責めていた山口の肩がビクッと震えた。
恐る恐る、声をかけた澤村の方を振り向く。
今は何を言われても、自分は謝ることしかできない−

「は…す、すみませ−」
「次。決めろよ」

−"次"−

もう一度謝ろうとした山口の心に、澤村の言葉が広がる。
また次がある。チャンスがある。
今日を糧にまた、繋いでいけばいい。強くなればいい。
そのための"今"なのだ。

「−−ハイ!!」

そしてそれを見ていた部員たちの心にも、変化が生まれた。

(−烏野、空気が変わった−?)


「…こんなこと言うと薄情かもしんないスけど、今日一番の緊張から解放された気分です…」
「俺もだよ」

田中と東峰が口にする。
こんな緊張感の中、アイツは戦ったんだ。
その山口に気にさせないために自分たちがやるべきことは、勝つことだ。
そして"次"を与えることだ。
"次"を、次も戦うチャンスを自分たちで掴むのだ。


青城 20-18 烏野

跳子も言葉を発することなく、みんなを見つめていた。

(1点ずつ確実に。積み重ねるしかない。ブレイクもまずは1点から。)

皆の身体から炎のように立ち上がって見えるのは、オーラか闘志か。


澤村は、集中していた。
後がなくなった今、この試合で集中が一番高まっていることを自分でも理解していた。
焦りはない。
サーブ、スパイク、俺に来い。ぜんぶ−

(拾ってやる!!)

澤村の繋いだボールがふわりと浮く。
仲間、自分、相手、ボール。
ボールを落とすな。陣地を守れ。

「落ち着いて目の前の一点確実に獲る!」
「オス!」
「目の前の球が全部だぞ!!」

田中の打ったスパイクがブロックにかかる。
先ほどの澤村の声が蘇る。

("目の前の球が−全部"!)

誰もいない地面にボールがつく一瞬前に、田中の足がそれを蹴り上げる。

(足!!自分で…!)

さらにそれを日向が拾い上げ、烏野の連続得点が決まった。

負けない
負けたくない
負けてたまるか
負けるな!勝て!!

しかしそれはもちろん、ネットを挟んだ相手も同じだということを、対峙している澤村たちが一番わかっていた。

(−あぁ、こいつらも同じだ)


「青城、これでマッチポイント…!」

青城 24-22 烏野

心臓が、嫌な音を奏で始める。

「野郎共ビビるなァーッ!!」
「!!」
「前のめりで行くぜ」

守護神の鼓舞で、笑顔が戻る。
跳子も思わず微笑んだ。

東峰のスパイクで1点を返したが、相手のマッチポイントは変わらない。
田中の執念のレシーブで弾かれたボールが、ネットを越えようとしていた。
待ち構えていた及川の目の前で、影山が跳ぶ。

(ワンハンドトス…!)

強豪校、青葉城西。
その背中は遠い。
それでも手を伸ばす。−届かない
手を伸ばす。−離される
手を伸ばす。−逃がさない!
手を伸ばす。−掴み取れ!!!

影山のトスを信じて飛んでいた小さなカラスが、及川の上でスパイクを決める。

「烏野…土壇場で追いついた…!」
「デュース…!」

青城 24-24 烏野

青城の、そしてこの試合の最後のタイムアウトがとられた。


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