●●●青城の要
その後も危なげなく青葉城西が2セット目を獲ったことで、次の対戦相手が決まった。
帰りのバスの中、皆疲れ切って眠っていた。
連続で2試合を戦い抜いたのだ。
当然のことだった。
跳子はみんなの寝息が聞こえる中、流れる車窓をぼんやり見つめて考えていた。
先ほどの試合を観て、鳥養はセッターを"オーケストラの指揮者"と例えた。
影山は以前"支配者"と言ったという。
そのどちらもわかるような気がする、と跳子は思う。
闘いも音楽も、指揮する者が変われば例え演者が一緒でも、絶対に同じものにはならない。
だから同じ意味で、跳子はセッターを"演出家"のようだと思っていた。
及川は最強の名匠だと思う。
どんな扱いにくい兵士も、癖のある演者も、及川という男にかかると最大の力を発揮するのだ。
それは、無理矢理でも強制でもない。
しかしどこか脅迫的に、信頼させる力がある。
及川は天才ではないからこそ、仲間をより一層理解できるのかもしれない。
(若くんも…及川さんのことはよく言っていたな…。)
明日倒すべき強敵のことを考えながら、跳子も少し目を閉じることにした。
学校に着くと同時に、職員室の窓から武田を呼ぶ声が響いた。
「バレー部がテレビに映ってますよーっ!」
「「!!テレビ!?」」
たった今の瞬間まで寝ていたはずなのにその単語に素早い反応を見せ、バスを飛び下りる田中・西谷・日向。
残りの面々もそれに驚きつつ、職員室に向かった。
「ローカルニュースじゃないですか」
「「うるせぇ!テレビはテレビだ!」」
田中と西谷が、ため息をつく月島にかみつく。
ニュースでは各試合会場の注目校を写し出していき、そうなるともちろん−
【一方Iブロックは、"大エース"牛島若利君擁する"王者"、白鳥沢学園の初戦です。】
(若くん…!)
圧倒的な力で、相手をねじふせる幼馴染の姿を久しぶりに目にした。
「25-6って…」
東峰がつぶやく。
敵として見るとこんなに怖いんだ、と跳子は改めて痛感する。
【そして続いての注目はAブロック…】
「今日やった体育館だ!」
日向が興奮した様子で声に出すも、しばらくは青城の及川が映るだけだった。
みな死んだ魚のような目で見流す。
【…伊達工業をまさかのストレートで下し勝ち上がってきた、"古豪"烏野高校です】
自分たちの学校名が登場し、皆の目に期待の輝きが戻ってきたが−
【そこで及川君に、明日の3回戦の相手の烏野高校の印象を聞いてみました】
再び映ったのは及川のワンショットであり、そのまま放送が終了した。
「「「……。」」」
「ぼっ…冒頭には一瞬試合シーンが映ってたんだよ!?皆かっこよかったよ!?」
まさかの事態に責任を感じ、呼び止めた先生は慌ててフォローする。
「…先生、ありがとうございました。」
「あっいや…」
「よーしそれじゃあ−」
ー や る か ー
先生は自分のせいで生徒が犯罪に走ってしまいそうな、ただならぬ空気を感じた。
「何を!?」
「ミッ、ミーティングですよ!」
鳥養は一通りバスの中で跳子からの報告も受けていたため、そのまま速やかにミーティングを始める。
明日は"変人速攻"をすでに知っている青城との戦いだ。
作戦を伝え、油断を引き締め、しかしみんなを鼓舞することも忘れない。
フォーメーション確認に入った時、町内会チームの森がやってきた。
「コレ、今日の試合ッス。」
「おーっサンキュー!」
青城vs大岬のDVDロムだった。
「青葉城西の試合ですか?」
「おう。鈴木のとは違う角度からのも頼んどいたんだ。」
武田は改めて、鳥養といういい指導者がコーチを引き受けてくれたことに感謝した。
「鳥養くんには僕がオゴリますね…!」
「マジで!?」
…ちょっと軽い時もあるが。
結局ミーティングと軽い調整で、今日は解散となった。
「試合には勝つ。勝たなきゃ先には進めねぇ!」
「よっしゃー!!」
「…スガ、旭。−明日も生き残るぞ。」
「「−おお。」」
「行くぜ。3年生と…全国。」
「「おお。」」
それぞれの背中を見て、それぞれの想いを確認しあう。
跳子も澤村との帰り道、あまり話すことはないまま静かに闘志を分かち合った。
翌日−
烏野高校男子バレーボール部を乗せたバスが、再び仙台市体育館に到着する。
荷物をおろし、入り口に向かう前方にニコニコと一行を待ち受ける及川の姿があった。
「やっ!」
視線を一直線に跳子に向けて右手をあげる。
一行を、ではなく跳子を待ち受けていたらしい。
(((コイツ…!)))
ピリつく部員をスルーして、真っ直ぐ最後方の跳子に向かって足を進める。
隣に立っていた清水が気丈にも跳子を背中にかばおうとするが、跳子はそれを止め、及川に向けて丁寧に挨拶をした。
『おはようございます。…お久しぶりです、及川さん。』
「跳子ちゃん久しぶり!烏野といるから昨日は一瞬気付かなかったよー。…ってそうじゃないよ!なんで烏野にいんの!?練習試合の時はいなかったよね?」
『そうですね。4月の終わりに入部させていただいたので。』
「というか、あんなにうちに来てって言ったのに!」
『…ハハッ』
「何その乾いた笑い!?」
跳子の対応を見て、ピリついた空気が少しだけ和らぐ。
どうやら顔見知りのようだが、珍しく跳子の態度が冷ためだった。
そこにもう一人、体育館の方から白いジャージが現れた。
「クソ及川!何やってやがる!」
『!岩泉さん!お久しぶりです!』
今度はいつもの跳子だった。
「お、おぉ。鈴木。久しぶりだな。」
「岩ちゃん、昨日は全然わかんなかったくせに…」
「うるせーぞ及川!」
『…大変ですね、相変わらず子守役で…。』
「相変わらず俺にだけヒドイな!!」
烏野メンバーからするとなんだか珍しいものを見ている気がする。
「っつか及川!てめー早くしろ!」
「ハイハイわかったよ、岩ちゃん。じゃあ跳子ちゃん、またね?」
また、とは言わずにペコリと再びお辞儀で返す跳子。
そして立ち去り際に及川は烏野メンバーを見回し、冷笑と共に一言残していく。
「…いくら跳子ちゃんがいても…負けないよ」
−ゾクッ
IH予選二日目の激闘が、今始まる。
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