長編、企画 | ナノ

因縁の相手



伊達工業の試合が早く終わったこともあり、跳子は烏野対常波の試合の終盤を見ることができた。

「うおぉっしゃあああ!」
「たった1点で喜びすぎじゃねーか俺ら?!」

常波の14点目が入った。対する烏野はマッチポイント。
それでも跳子は悔しいと、小さく歯ぎしりをする。

「くっそがぁぁ!次は!ぜってぇ!拾う!!」
「一本!!取り返すぞ!」

あぁ、みんな本気だ。
どんな時でも同じ思いでいられることに嬉しく思う。

跳子の目の前で、澤村が放つスパイクが決まり…

ピピーーーッ

試合終了の笛が鳴った。
烏野高校のIH予選初戦突破の瞬間、そして−

「…勝った」
「…おう」
「…次。次も試合…ある?」
「…おう。勝ったからな。」
「"勝った"…!次もまた、試合ができる…!」

勝利に飢えた小さいケモノが、初めて勝利の味を知った瞬間だった。


体育館から出てきたみんなの元へたどりつく。

『皆さん!お疲れ様です!』
「「「鈴木!!」」」
『初戦突破おめでとうございます!』

みんなが満面の笑みで迎えてくれた。

『次の試合、伊達工に決まりました。烏養コーチと皆さんに伝えたい点がいくつか…』
「澤村!!」
「!?池尻?」

後方から先ほどまでの対戦相手が澤村を呼ぶ。
皆、澤村と同じように振り向いた。

「勝てよ!たくさん勝てよ!…俺たちの分も!!」

他に言いたい言葉もあったかもしれない。
本当は言いたくないのかもしれない。
それでも、顔をゆがませて必死に伝える池尻に澤村は応える。

「…あぁ、受け取った。」

握った手から、意志を、無念を、勝利への想いを託される。
そして勝者は次に進む。

跳子は振り向こうとして、やめる。
まだ彼が、澤村に何かを伝えようとこちらを見ているような気がした。
その表情を自分が見てはいけないと思った。

やがて、池尻が烏野と反対方向に歩き始めた。
その後ろ姿を、日向が目に焼き付けるようにして見送った。
彼らのバレーボールを、ここまで来た事を、対戦した自分たちは知っているのだ。



『…と、気付いた点はこんな感じです。』
「おぉ。ありがとな。」
『とにかくブロックはもちろん、あの最初の強烈なサーブは拾わないとですね。なのでオーダーとしては…』
「あと、ここなんだが…」

次の試合まで、選手が軽く食事をとっている間に跳子と烏養が話し合う。
時にビデオを観ながら、真剣に。

『サインの種類も少な目でした。ブロックポイントが主なので、コンビネーションはこれと…あとこのパターンがほとんどだと思います。』

言いながら持ってきたノートPCに画像を移す。
次の青葉城西戦でまたビデオを使用するため、バッテリーも確認する。

『もう行かないと。タオルで場所は取ってるんですが、青城戦は観戦者が多いので…!』

一人一人に声をかける時間はなかった。
でも少しなら…と、近くにいた東峰・西谷の方に向かっていく。

『東峰先輩!みんなを、そして自分も信じてあげてください。』
「!跳子ちゃん。…うん、信じるよ。ありがとう。」
『西谷先輩!背中は託しますよ、守護神!!』
「おぅ!任せとけ!!鈴木!」

そして跳子は最後に誰かを探すように少しだけまわりを見回す。
目的の人と視線をかわすと、お互いにコクリと頷き合った。
そのまま慌ただしく、次に観る席に向かっていった。

澤村はその背中にもう一度、頷いた。


青城の観覧席から、コートを見守る。
ここは本当に女の子が多いので、なんだか不思議な感じだ。
青城戦はまだコートの準備をしていて始まる様子はない。
先に奥のコートで、烏野対伊達工の公式WUが始まろうとしていた。
みんなの様子が、遠目にも固くなっているように見える。
跳子が祈るように見守る中、伊達工の応援一色だった音を切り裂いて、烏野守護神の声が響き渡った。

「んローリングッサンダァァァ、ッアゲインッ!!」

観客の声が一瞬やんで、烏野のみんなの声が聞こえる。
そして再び西谷の声−。

「よっしゃあ!心配することなんか何も無ぇ!皆前だけ見てけよォ!背中は俺が護ってやるぜ。」

(((かっ…カッコいい〜〜っ!!)))

思わず跳子も日向たちの思いにシンクロした。

(本当に頼りになります!もう心配はしません!)

祈るように握っていた手を開いて、跳子も大きな声で叫んだ。

『烏野ー!!ファイッ!!』

さすがに距離があるため注目を浴びてしまったが、みんなにも届いたようで「オォ!!」といつも通りの笑顔でガッツポーズを返してくれた。


烏野対伊達工戦が序盤から白熱の試合展開を予想させる中、変人コンビの超速攻が決まった。

(おしっ!)

その時、跳子の目の前のコートでも動きがあった。
青葉城西が出てきたのだ。反対側のコートにも大岬高校が出てくる。

(ここからは目の前の試合に集中しないと…!)

中学時代にも跳子が何度か見た、及川・岩泉のコンビだ。

烏野が第1セットを獲った頃、青葉城西vs大岬高校の公式WUが終わろうとしていた。



(サーブの精度が…あの頃より断然あがってる…。)

唖然とする思いで、跳子は及川を見つめた。
確かに昔からすごいとは思っていたが、当時の彼にはムラも多かった。
何よりも、言い方は悪いが、影山や牛島に比べると及川は"天才"というわけではなかった。

(どれだけ努力したんだろう…。)

とにかくサービスエースで決める率が恐ろしい。
烏野はどうしてもレシーブが弱いからだ。

(昔から全員の長所を最大にいかすのよね、及川さんて…。しかも短所すら長所にしてしまうところもあるし。)

終始相手に流れを渡すことなく、青葉城西は1セット目を終えようとしていた。

「…"王者"も"ダークホース"も全部食って、全国に行くのは俺たちだよ。」

(?)

そう口にした及川の視線を追ってみると、烏野が体育館から出ていくところだった。
一瞬跳子は試合結果が気になって、及川から目を離しそうになる。

(!集中しないと!…多分みんなここに来てくれる。)

そして青城の1セット目が終了し、烏野のみんなが跳子の近くの席に集まった。

「鈴木、伊達工にリベンジしたぞ。」
『!おめでとうございます!やりましたね!』
「あぁ。だからこの試合の勝者が…明日の対戦相手だ。」
『今のところやはり青城、ですね…ん?』

コートチェンジをする青葉城西の及川がこちらを見上げており、そして岩泉と何か話している。

(みんなが来たから、かな?)

「岩ちゃん、あの烏野のとこにいる可愛い子。すっごい見覚えあるんだけど…。」
「あぁ?…あぁ、言われてみれば。」
「だよね!…なんだろ、結構前なような…。」
「中学ん時じゃねーか?」
「…!あ、白鳥沢の跳子ちゃん!?」

会話の内容は観客席からはわからなかったが、こちらを見てピラピラと及川が手を振ってきた。
すぐに岩泉に窘められていたが、周囲の女の子の黄色い声が響き渡る。

「「「(ムカッ)」」」

烏野の面々には、明らかに跳子に向けられたことがすぐにわかった。
実は及川は以前清水に話しかけ(てシカトされ)た前科があるため、さらに腹立ちが増す。
特に澤村・月島あたりの無言のオーラは、空気をもゆがませそうだ。

しかし跳子自身は自分に振られたとは少しも思っておらず…。

(すごい人気だな…!あんなに胡散くさ…いやいや。)


長年の牛島の"北一の及川に近寄るな"教育により、及川には何となく手厳しい跳子だった。


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