長編、企画 | ナノ

田中龍之介に嘘をつく


『げっ!何コレ!』

そう大きな声を出してから思わず、"好きな人に嫌いって言う"と書かれた紙をぐしゃりと握りつぶした。
そんな私を余所に、友人たちは「イエーイ」と楽しそうな声を出す。

「よーし、じゃ田中呼ぼうかー。」
『は?な、何で田中を、』
「跳子、バレてないとでも思ってたの?」
『はぁっ!?』

まさか気持ちを見透かされていたなんて思っていなかった私は、開いた口をパクパクとさせるだけで。
しかし、そのままでは当然のように進行していきそうな状況に、ハッと慌てて声を出した。

『やっ!ままま万が一そうだとしても、嫌いってなんで、』
「いつも田中にそんな感じのこと言ってるじゃん、跳子。」
『え、や、でも!』

確かに、田中と喋ればすぐ喧嘩腰になってしまい、ムカつくだのなんだのと言ってしまうけど!

『それとこれは別だと思うし、っていうか私別に田中のこと好きじゃないし!』
「あー、ハイハイ。」
「いい加減認めればいいのに。」
「もーじゃあこうしてあげるから。」

そう言いながら面倒くさそうに、くしゃくしゃになった罰ゲームの用紙の"好きな人"を"田中"に書き直される。

『ぴ、ピンポイントで名指し!?』
「これで文句ないでしょ?」
『あるよ!っていうか文句しかないよ!』

そんな私の言葉なんて聞くつもりもないように、手際よくスマホをいじる友人。
止めようと思ってもすでに遅かったようで、友人のスマホがブブッと短い動きを見せる。

「おっ、タイミングばっちり。田中部活でちょうど学校来たとこだって。」

タイミング最悪だ!
そう思いつつ、何故か私は外に連れ出される羽目になってしまったのだ。



「何だよ、俺すぐ部活なんだけ―…って、跳子!?」

呼び出された場所に立ちつくす田中の背中に近づくと、足音が聞こえたのかヤツが振り向いた。
そこに呼び出した友人ではなく私がいたことに、驚いたような顔を見せる。

「あー、そっか。お前も部活か。」
『う、うん。』
「俺、なんか知らねーけど呼び出しくらって…、」
『た、田中!!』
「ハイィッ!?」

私の声の大きさに、田中が圧されたように姿勢を正した。
後は、嫌いって言えばいいだけ。簡単じゃないか!

『き、きき、きらっ、キラキラっ、』
「あ?キラキラ?」

ところが、全然簡単じゃなかった。
会話の前後がないまま嫌いとだけ言うのは、かなり難しい。
私の様子に、力が抜けたように不思議そうな表情を浮かべる田中と目が合う。

そりゃそうだよ。難しいのは当然だ。
だって、本当は私は―、

『好き、です。』
「は。」

思わずポロリとこぼれ落ちた本音に、二人の間の空気が固まる。

(わ、私、今―!?)

ポカンと口を開けたまま動かない田中。
私はと言えば、自分のやらかした失態の大きさに、みるみる顔の温度が上がっていく。

『あ、じゃなくて…!!』
「へ?」
『あの、今日エイプリルフールで、だから…!』
「エイプリルフール…?」

もう最初から説明しよう。
んでもって、好きって言葉はなんとか誤魔化そう。

そう思ったのに、今度は田中がガーンとショックを受けたように青くなっていく。

『ちょ、田中、どうした?』
「エイプリルフールってことは、今日言われるのって嘘なんだよな…。」
『えっ、』
「つまり、跳子は、俺のこと…。」

(えぇっ!?)

つまり、私が田中のことを好きって言った=田中が嫌いってこと!?

その場でガクンと膝を折る田中に対し、私は慌てて否定をする。
当初の目的もすっかり忘れ、私は何をどうしたらいいのかわからなくなってきて。

『や、違うの!嘘じゃないよ!』
「うそ、じゃない…?」
『あの、ホントは田中に嫌いって言おうとして…!』
「っ!?俺、マジでそんなに嫌われて…!」
『そっ、そうじゃないのー!!』

ますますショックを受けて頭を抱え始めた田中に、私は必死で首を振った。

どこからか、友人たちの爆笑が聞こえる。

腹は立つけど、今はそんなこと言ってられない。
もう、こんなのどうしたって素直になるしかないじゃないか。

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